Rain Rain Drops

本、音楽、映画など。発作的に書いています

有山じゅんじ 『thinkin' of you』

2007-11-30 01:04:18 | 音楽

 有山じゅんじさんのCDアルバムthinkin’ of youを聴くことができました。(ああ、感謝です!)
 有山さんの音楽を聴くのはこれが初めて。
 大阪の宝シンガー、ギターの超絶技巧。
 そんなかたよった先入観だけで、わりと硬派なブルース、という感じ(って具体的にどういう感じだい、と言われると困るけど)を勝手にイメージしてしまってたのですが、聴き始めてびっくり。
 ほんとうにびっくりです。

 CDから聴こえてきた音楽は、ひたすら穏やかで優しく押し付けない…素晴らしいギターと歌だけで出来た音の絵本のようだ、と思いました。
 現実を少し離れた空間にふわっと清冽にひろがるイメージの世界。
 1曲1曲、不思議な夢の絵本をめくっていくようです。
 優しい夢、せつない夢、きれいな夢。楽しい夢。

 ちょっと人と時間軸が違うかのような、あどけなさを含んだ低くてソフトなすばらしいおじさん声(←書いてるそばから語弊感あり…)のせいか、ふと長新太の絵本を思い出しました。
 たしかに大人が描いているのに、子どもの描くようなシンプルな不思議さのある絵。物語。
 余計な説明などなくそこに置かれた世界観。
 その存在感。
 技巧を極めた大人の力量持って、あえてゆるゆると崩した線で作品を描く…。

 ただ有山さんの音楽は長新太の絵本ほど不条理さはキツくありません。
 聞き終えると心があったかいお湯で満たされたような気分になる、絶対になる、なんぴとも絶対になるって(確信!)。

「光る雪」という曲。
 ギターの音がキラキラ輝いて、あざやかに頭に浮かんでくる降りしきる光る雪の風景。

  雪の降る空
   寒い冬がまた来た
   君も僕も凍るぞ
   火をつけろ寒い冬
   みんなの心も凍るぞ

 音で創られた一枚の絵、この曲を初めて聴いて私は別の意味で凍りついたように釘付けになってしまいました。

 オリジナルの間に、ギターのインスト「It’s Only A Paper Moon」
 ギターの上に鼻歌みたいなハミングだけ入る「Over The Rainbow」
 
こんな可愛い曲が心地良くさりげなく入れられているところが、またなんとも素敵で…たまらないのでございます。あー弱い、こういうの


「いつかあの娘が戻ってきたら」
   二本の木が立っている
   話し相手が欲しいのは僕だけじゃない

   あの娘のことを考えながら
   同じところをぐるぐるまわれ
   歩いた距離を全部足したら
   そのうちきっとあの娘に会えるよ

 この感覚、なんだかどうも好きなのです。
 実はその昔、「たま」が非常に私は好きでした。
 彼らのメジャーデビュー第一作アルバムの『さんだる』は特に珠玉の名作だと今でも思うのです。
 続くアルバム『きゃべつ』『ひるね』も好きでした。
 先日検索してみたところ、数年前に解散してしまってましたなんと!

『さんだる』
の1曲目、「方向音痴」はこんな歌い出し。

   
たのしい方向音痴から
      ぼくらさびしい迷子になろうよ
   
誰も知らない玄関の
   
腐った軒下で泣いてよう

 
良いではありませんか…大好きだ。
 
そういうわけで、私の子どもたちは幼少時、たまの音楽で育った時期があるのでした。
 子どもらはCDを飽きずに繰り返し聴き、ドライブのおともにもたま
 一本のライブビデオを何回も見たがり、
 
   牛小屋でねた 昼まで
   牛小屋でねむり続けた
   空気のすきまをぬいつづけてゆく 牛の声
      「牛小屋」

などという怪しいシュールな世界を、それと知らずに小さな頭に染み込ませていたのでした。
それが良かったのかどうかは今だに不明ですけど。

 
その上、ひまな夕刻などに、興がのった母子は3人でCDに合わせ、

  
都に春が来ればいつも さびしい子供が行方不明だ
  
それはみんなさかな釣りに行っちゃったのだから
  
さがさないで さがさないでよ~
   「鐘の歌」

 と合唱してたりしたのです。
 今考えれば、けっこうアナーキーだった母子の夕暮れ時。

 
たまの音楽には彼らのイデタチ同様、キワモノ寸前で絶妙にとどまっている不条理さと、哀しい詩情があふれていました。
 たまのメインボーカルだった知久君の歌い方。これが有山さんとちょっと似てる気がする。
 ひょっとして有山さんの影響が?と思い、少し調べてみましたが、それはないようでした。ただ、たまは友部正人が好きで影響を受けているらしい。「いつかあの娘が戻ってきたら」は友部正人との共作なんですね。そこで少しつながりました。


 
不条理に近い、せつない詩情で歌われた有山さんのもう1曲、

「碧い夜」
   ああ碧い夜をうたう
   まっさおな夜に体溶けた
   君の目にうつらない
   透明人間になったよ
   碧い夜のずっとずっと向こうへ
   めらめらとゆらゆらとあやしい道は続くよ

 
ほんわかな 『thinkin’ of you』 ありやま世界にも、碧い闇は口を開けてめらめらとそこにある、どうしたってあるのです…でも、

 「Think of You」
   小さな窓から灯がもれてる
   think of you
   今ごろきっと君はビール片手に とんとん
   ほろ酔い気分で料理してる とんとん とんとん
   
think of you……

   まだまだほんと捨てたもんじゃない
   
こんな気持ちを今夜話してみよう

 
 き、究極………
 史上最高のラブソング
 歳とるのも悪くないなあ。
 こんなステキなステキな宝石みたいなラブソングに出会えるんだから
 味わえるんだから


「ありやまな夜だ」
   ありやまな ウ!
   ありやまな エイ!
   気持ちいい夜だ
   ありやまな ウ!
   ありやまな エイ!
   最高の夜だ

 そうそう、だからもうありやまな夜なんです。
 そうそうそうそう。そうなの。
 説明なんてできない。

   言葉でもない 
   音でもない
   夢でもない
   ふたりで腕くんで
   こんなありやまな夜だ

 それだけ。
 それだけで
嬉しい。
 かたよった先入観、かちかちの価値観、
肩にからまる寂しさ、重たさ
 みんなゆるゆるほどけてほかほか、ありやまな夜
 Wo エイ

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中島みゆき 「生きていてもいいですか」

2007-11-10 18:58:53 | 音楽

 中島みゆき大ファン(でもある)うたさんが、アルバム『生きていてもいいですか』 が最高傑作だと書いておられたので、ふと私もLP盤を取り出したはいいが聴けないので(レコードプレーヤーははるか昔に納戸の奥底)歌詞カードを読んでみました。
 CDの4倍はある、巨大(今はそう感じる)歌詞カードです。

 あらためて読んでみると、これは…一言でいうならば…「どん底」でございますね。
 孤独の極限と申しましょうか。
 ここに並べられた絶望の数々、やわな感傷などどこにもありません。
 これが中島みゆきの世界の核、根底に揺るぎなくあるもの。
 それをここまで表現してしまう、確かにこれは最高傑作かもしれません。


    泣いてるのはあたし一人
    
あんたなんかに泣かせない

 オープニングの「うらみ・ます」でまずこんなふうに、…そんじょそこらの悲しみじゃないんだ…とどん底宣言。

 そうまで言うほど、いったいどんな男をうらんでるのかというと、 
  

    ふられたての女くらい 
    だましやすものはないんだってね

 そんなことを誰かに言うような男だった。
 でも、始まりはそんなだったかもしれないけど、少しは愛されたんじゃ…
 
    あんた誰と賭けていたの 
    あたしの心はいくらだったの


 ええっー。
 救いがない。
 でもこれも経験、忘れてこれをコヤシに明日に向かっていくとか。

    うらみますうらみます
    あんたのこと死ぬまで

 …死ぬまでうらむんだ。


 しかし。
 
このどん底情念の「うらみ・ます」よりもはるかにおそろしいのがラスト曲「異国」です。
 この絶望感は、歌詞カードを読み通すのがこわいほど。
 こげ茶色の巨大歌詞カードからとどろいてくる、絶望の嗚咽ですね。

 とても引用する気になれないほどものがございます。
 ただひとつ。「帰りつく場所がない」ということが人間にとってどれほどの苦しみなのか、と思い知らされる気がします。


 このアルバムで唯一少しなぐさめが入る「泣きたい夜に」「蕎麦屋」


   泣きたい夜に一人はいけない 私のそばにおいで
    「泣きたい夜に」

   あのね、わかんない奴もいるさって
   あのね、わかんない奴もいるさって
   あんまり突然云うから 泣きたくなるんだ
    「蕎麦屋」

 そばにおいでと言ってくれる「私」も、おソバ食べながら無器用になぐさめてくれる「おまえ」も、そう言ってる彼らの方がもっと底深く絶望してる感じではありますが。

 巨大(に感じる)LPジャケットを確認したら、発売は1980年。
 
そういえばそのころの世の中は、今よりもおちゃらけてような気がする。
 
おちゃらけて少し舞い上がってもいるような時流、そこにいきなりごろんと、重たーい悲嘆の石を中島みゆきは置いたのでしょう。
 
そう思うとぞくぞくっとくるものが。
 
そういうことをしてしまえる、せずにはいられない、アーティスト魂に畏怖すると言いましょうか。

「キツネ狩りの歌」は、異色でかっこいい。
 このハスに構えた感じが素敵です。
 これぞ中島みゆき。
 フンだまされやしないわよ。見えてないと思ったら大間違いよ、ボーヤ。  
 みたいな。
 時流に乗っかっていい気になってウマい話おっかけてると痛い目に合うわよって感じかな。


「船を出すのなら九月」
 この歌、素晴らしい!

    船を出すのなら九月 誰も見ていない星の九月
    人を捨てるなら九月 人は皆 冬の仕度で夢中だ

    船を出すのなら九月 誰も皆 海を見飽きた頃の九月

 意味を感じとる以上に、深淵なイメージの世界がさっとひろがって。
 不思議な暗い色彩の絵画を見ているようで。
 傑作だぁと思うのです。

    あなたがいなくても 愛は愛は愛は
    愛は まるで星のようにある

 愛は愛は愛は……4回も繰り返さなくても。
 欲しい「愛」が遠いのはわかります。
 これが2番ではヒートアップし、

   あなたがいなくても 愛は愛は愛は
   
愛は どうせ砂のようにある

「砂」となり数は無制限に、しかも足元、と近づいてはくるけれど、
やはり「どうせ」なのです。投げてるじゃん。

 そして「エレーン」
 異国で極限の孤独の中で逝ったエレーンの物語。

   今夜雨は冷たい
   行く先もなしにおまえがいつまでも
   灯りの暖かに点ったにぎやかな窓を
   ひとつずつ のぞいてる

   今夜雨は冷たい

 そしてこれ以上は墜ちることがない暗闇の底で出てくる問いかけ、

   生きていてもいいですか

 できれば忘れたふりしたかったけどもう逃げられない。この問いかけ。
 あー、わたしこれでもけっこうなんやかんやで忙しいしぃ、また今度~。
 でたいていは終わりにしてしまう、この問いかけ。
 考え出したらゾッとして、にっちもさっちもいかなくなるかもしれないから、皆忘れたフリしてる、問いかけ。 

   エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
   エレーン その答を誰もが知ってるから誰も問えない

 私は生きていてもいいのですか。
 生きている資格があるのですか。

 アーティストってむごい。
 軽く軽く、考えなしに生きて行こうとする私たちの前に、いきなりごろんとこんな重たい石を置くのです。
(「傷口にわさびを塗るような」とおっしゃった方がいましたね)

 聞くのがこわい答えは、それが悪い答えだからでしょう。
 このアルバムの暗闇さ加減からすれば、その答えはおのずとわかるような気がします。
 人の最大の絶望は、自分が生きていることを否定されること。
 そういうことなのかもしれません。

 絶望をここまでとことん歌い上げられる中島みゆきのそら恐ろしさ。
 おそろしいけれど、どんな絶望を歌おうと、作品として表現しようとする行為というものはそもそもポジティブな行為なのだと思うのです。

 どっこい生きてるぜ!
 ってね。

 表現された「作品」の持つ力。このポジティブな力。
 歌詞の絶望感はとことんいっちゃってるのに、聴いたのちの思いは、

 生きたい
 生きたい

となるのです。
だからやめらない、音楽の不思議。

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COVER ALL YO! 「踊るか?」

2007-11-01 01:48:50 | 音楽

そうだ!

 ひとさまのブログに押しかけて叫んでないで、ここで思いのたけを叫べばいいんだった…
 あまりにも、めったに更新ができないんで、なんだかその発想がもう薄れてて(笑)


『COVER ALL YO!』
感動です! もうキタわ。 きた


 
激しい思い入れで、私にとっては神聖不可侵の領域にあった(←すごす『OKS・CD』、あれを聴いた時のシンジラレネーションな感動が、モロよみがえってきてしまいました。

踊るかからはじまるあの怒涛のリズム。止まらないリズム。
 とんでもなく緩急心得てて、押しに押してきてはスッと引く、また押す、はね上げる、からめとる、あの感じ。
 細胞が浮き立つ、あの感じ。
 信じられないほど立体感のある音世界。圧倒されて、気づけばもう動けない、あの感じ。
(…われながらひどい観念的さかげんです。知識が無い分、観念勝負するしかなくて。と開きなおりつつ)

 あの時の彼の怒濤の覇気が。よみがえったみたいで。
 さらに技巧・洗練ひき連れて戻ったみたいで。
 あー、どきどきする。

YOはとにかく、1曲目から最後まで、曲順の連なり重視で聴きたいと思うのです。ライブのように。そうするととにかく素敵! はげしくいい!


「Englishman in New York」
 Oh、ロイヤルストリングス
 この音楽に、この声に代わる声は1フレーズも考えられないという気がするくらい、声、ドンピシャ、と思う。
 素晴らしい…非のうちどころが見つからない…気がいたします。
 さりげなく見えて、アルバムの最初の1曲って命がけじゃないのかな。
 
とか、ふと。

「Superstition」
 凄み感じる芯のある声に、極上垂涎ギター。
 ああ、このハープがもう…。
 妖しくて激しくて技巧極めてて。ゾクゾクします。
 こういう肝入りハープをずっとずっと待ってたわ、とか思ってしまうワタシ……感涙。

「Your Song」
 低音歌声たまりません。
 まっすぐに歌うギターと声に、控えめにからむストリングスの美しいこと美しいこと。
 歌ってる「人間」の上で、空が音楽奏でてるみたいだ…

「True Colors」
 何度聴いても何度聴いても、最初のピアノの滲んだような一音から、身も心もとらわれてしまう。
 何やってても全部の動きが止まってしまう。
 お湯沸いてても火、止められません(危)。
 状況が許せば、泣きます。
 それにしてもこの歌唱力はどうだろう。
 全曲中で一番。もうしっかりみぞおちに入りましたから。

「RESPECT」
 …と泣いてる場合じゃなかった。
 R-E-S-P-E-C-T!

 さあ覚悟しないと!
 ここから最後まで、細胞踊る、右脳も左脳も踊る、トキめく、リズムと音の波打ち寄せる至福の時。
 上質でrainbowな時間だ!(どーいう表現


 緩急自在で、鼓動に深く寄り添うみたいに流れる、止まらないリズム。
 トクトクと脈打つ、まっすぐなエネルギーが底に流れているのをまざまざと感じる気がします。
 何かの作品にどうしようもなく惹きつけられるのは、表現者のそんな疑いようのないほどの心のエネルギーを感じた時なのかもしれないな、と思いました。
 そうなればもうそれは、ギター1本でとか、セッションでとか、関係ないこととなる。
 オリジナルだとかカバーだとか、それさえも超えてしまう。

 どうしてもオリジナル信仰、そして一人弾き語り信奉者だった自分の変化に自分でおどろきながら、そんなことを感じてしまうのでありました。

「HO」は今後ゆっくり味わうつもりです。

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