地域安寧を!

日本の安寧。未来への責任。次世代の幸せを憂い、創る。

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1.現代社会と病理 ②

2010年02月16日 | 政治
 現代病理に対して今日,「治療」を越えて「癒し」が多く語られるようになったのは,現代医学が構造的に抱え込んでいた矛盾に起因しているとも言われている。疾病構造の変化,つまり現代病理が多くのリスクファクターが原因となり,病気の原因を特定できないものが多くなってきたことにその原因の一端があると言われる。心身医学や行動医学もしくは行動療法などが既に注目を浴びてきているのも一つの証拠である。例えば,死因をみても明治から昭和の初期では「国民病」といわれていた肺炎,気管支炎,結核,赤痢,胃腸炎などの感染症疾患が主な死因であったが,昭和30年頃からは慢性疾患,成人病,生活習慣病といわれる悪性新生物,脳血管疾患,心疾患などの生活様式の現代化が原因とされる死因の増加が目立つ。平成21年の3大死因死亡数は、第1位が悪性新生物34万4000人、第2位心疾患17万9000人、第3位脳血管疾患12万1000人と推計されている(厚生省平成21年人口動態統計参照)。また,厚生統計資料の平成19年度の国民医療費は34兆1360億円、人口一人当たりの国民医療費は26万7200円となり、年々増加しているのは言うまでもない。一般診療医療費を主傷病による傷病分類別にみると、「循環器系の疾患」5兆4 3 5 3億円(21.2% ) が最も多く、次いで「新生物」3兆716億円( 12.0% )、「腎尿路生殖器系の疾患」2兆138 9億円(8.3%)、「呼吸器系の疾患」2兆11 91億円(8. 3%)、「精神及び行動の障害」1兆9 3 7 8億円(7.6%)となっている。これらライフスタイルが原因で起こる疾患は,従来の心理療法や近代科学思想に基づいた西洋医学の技術としての対症療法的な医療・治療モデルよりも、行動療法の方が費用対効果及び治療後の持続性についても優れているとも言われている。このような問題も含め,医療に関連した制度においても従来の医療モデルのその行き詰まりが二十年前より指摘されてはいるが、未だに抜本的な化解決策を見いだせずにいる。それはまた、医学で対処すべきものかは誰も知らない。


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文化とは

2010年02月12日 | 文化
 私は文化を、生活文化と芸術文化の二つに分けて考えています。これらが分けられるものでないことも承知していますが、現代社会のモラルや慣習、ライフスタイルや志向といったものを生活文化といい、美術や音楽、伝統やスポーツ活動などを芸術文化としています。子供への躾や高齢者への虐待、ポイ捨てや詐欺事件など、まさしく生活文化として考え直さなければならない課題が多く感じます。
 また、プロのアーティストやアスリートを除き、芸術は現実社会から離れたものとして位置付けています。後に触れることになるかもしれませんが、現代社会において伝統芸能やアート、スポーツやレクリエーションの意義はますます重要になっているように感じます。
 人間は、アルファ波とベータ波、アドレナリンとノルアドレナリン、交感神経と副交感神経のバランスが大事なのはご存知の通りですが、ストレスフルな日常とリラックスした非日常を、どのように生活の中に自然に取り入れることができるかが、ストレス社会での生活の質を向上することにつながるものと考えています。このバランスのとれた生活を、多くの方が当たり前のように自然に送ることができるようになるには、文化の醸成が不可欠だと思っています。特に先ほど申し上げた文化に対する二つの視点は重要だと考えています。
 さて、人間が動物として自然に地球環境の中で生きることができるように努めるべきだと思うのですが、政治に世界で利益や権力を求める人種が占領しているようではこのセンスは実現しないでしょう。その前に文化を求める民度が培われていないことも反省しなくてはなりません。みなさんはどうお考えになります?


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1.現代社会と病理 ①

2010年02月11日 | 政治
 産業革命以降、現代社会において欲望は肥大化を続け,大量生産・大量消費によって「豊かな」生活が爛熟しているように見える。しかし,実際のところは経済優先の競争社会の中で釈然としない不満足感が広まりつつあり,環境問題,犯罪の凶悪化など,漠然とした不安感に苛まされている。また,現代の日本では誰もが物質的な豊かさを手に入れ,一億総中流階級とも言われていた時代から構造的な不況が続き、物質的には豊かであるが極めて精神的に空虚なライフスタイルが蔓延しているようにも見うけられる。また,経済が悪化したために以前の中流階級はその階級からの転落という危機感を感じ,ますます仕事に必至になるという社会現象を起こしており、就職難も加わって所得への執着はますます強くなっていく気配を感じられる。見かけの豊かさの中で溺れていく人々の様子が浮かび上がる。  我が国の豊かさの追求,それは戦中・戦後の耐乏と欠乏の時代を潜り抜けてきた大多数の日本人にとって共通の目標であった。1955年頃に始動し,60年以降本格化する経済の高度成長は,他の先進国と呼ばれる国家と同様に「社会と個人」というテーマを大衆的規模で現実のものとさせた。そして近年,経済的に支えられた「豊かさ」の裏側には,社会がもたらすといわれる様々な問題が顕在化している。文明病とも呼ばれる成人病,躁鬱病や自律神経失調症の心因性慢性疾患などの様々な現代病理と称される問題がその例といえるでしょう。みなさんはいかがお考えでしょう。
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0.政治家の理念

2010年02月01日 | 政治
 政治家を色々と批判する人は多いが、全国民・全市民の100%指示される政治家はいない。それは政治には正義があるが、政党・政治家に正義はない、ということからも知ることができる。それは、誰がどんな理念を唱えようと哲学で言うような絶対的真理を説くことは不可能だからだ。吉田松陰が引いた孟子の言葉がある。  「自ら反(かえり)みて、縮(なお)くんば千万人といえども吾(われ)ゆかん」  政治家は実現したいと思う政策と実行力がすべて。確たる信念に裏打ちされているなら批判はもとより覚悟のうえ。とかく、政治家になることが目標の人が多く、政治家になって何をするかを考えていない議員も多いように感じる。  議員なることが目的でなく、手段でなければならない。自分の理念に従って言いたいことが言えないようでは政治家ではない。音楽家、書道家、舞踊家など家がつく稼業は、己の”道”を追求しているからこそ名乗ることが出来るはずだ。  さて、私の理念を一言で表現するなら Japanese Wellnessの確立 です。意味は、これからの国際社会の中で国や地方がどう日本人の幸福を実現させていくかを探究するということです。細かい意味は後々ご紹介させて頂くとして、ブログを開設するにあたりその名に理念を掲げさせて頂いた。最後に、やりたいことがある議員は、なっていたい議員より短命だが、この地域未来のために礎石にでもなれたらと馳せる。
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