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ナビゲーターは魂だ

ミヒャエル エンデ   鏡のなかの鏡ー迷宮より

2010-06-07 | 
あるとき 息子は、 ひきずっている網が 

    押さえられたに気づいて、 ふり返った。


アーチ門の下に すわっていた 片脚の乞食が、

     松葉杖の 片方を 網の目に からめていた。


「何をするんだ?」 と 彼は ただした。


「ご慈悲を!」 と 乞食が しわがれた 声でこたえた。


「慈悲を かけてくれても、 あんたに とっちゃ、

               大したことじゃ ないだろう。

 だが、おれは ずいぶん楽になる。


 あんたは 幸福者だから、 この 迷宮を 脱出するんだろう。


 だがおれは、 ずっと  ここに いつづける。

 けっして 幸福には ならねえからな。


 だから 頼む、 とにかく ほんのちょっとで いいから、

 おれの 不幸を もって 都市(まち)を でていってくれ。


 そうして くれりゃ、 おれも わずかながら、

 あんたの 脱出の お相伴(しょうばん)に あずかれるだろう。


 そうなりゃ、 おれも 慰められるって わけさ。」



幸福な者が 薄情で あることは、 めずらしい。


同情しやすいたちだから、 自分の あふれんばかりの 幸福を

          他人(ひと)にも わけあたえようと 思うのである。


「よし」と 息子は言った。

 「そんな わずかなことで 親切が できるなら、 よろこんで」。。。。。。



この瞬間から、 網は どんどん 重くなっていった。。。。。。。。



この瞬間、 息子は理解した。


服従しないこと が 自分の 課題だったのだ。


試験には 合格しなかったのだ。


彼は、 革製の 翼が、 まるで 秋の樹の葉のように、

     枯れて 自分の体から すべり落ちるのを 感じた。


そして 悟った。


もう二度と ふたたび 飛ぶことは できないだろう。


二度と ふたたび 幸福には なれないだろう。


生きている限り ずっと めいきゅうに とどまっているだろう と。


いまや 彼は 迷宮の 住人と なったのである。






 


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