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ナビゲーターは魂だ

萩原 朔太郎    さびしい人格

2010-07-31 | 
さびしい人格が 私の友を呼ぶ、

 
わが見知らぬ友よ、早くきたれ、

 
ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐよう、

 
なにも悲しむことなく、きみと私で しづかな幸福な日をくらさう、

 
遠い公園の しづかな噴水の音を きいて居よう、


しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居よう、

 
母にも父にも兄弟にも 遠くはなれて、

 
母にも父にも知らない 孤兒の心を むすび合はさう、

 
ありとあらゆる 人間の生活の中で、

 
おまへと私だけの生活について 話し合はう、
                     
                 
まづしい たよりない、二人だけの秘密の生活について、

 
ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。

 
わたしの胸は、かよわい 病氣した をさな兒の 胸のやうだ。

 
わたしの心は恐れにふるえる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。

 
ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた、

 
けはしい坂路をあふぎながら、蟲けらのやうに あこがれて登つて行つた、

 
山の絶頂に立つたとき、蟲けらはさびしい涙をながした。

 
あふげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれてゐた。

 
自然はどこでも私を苦しくする、

 
そして人情は私を陰鬱にする、

 
むしろ 私はにぎやかな都會の公園を 歩きつかれて、

 
とある 寂しい木蔭に 椅子をみつけるのが好きだ、

 
ぼんやりした心で 空を見てゐるのが好きだ、

 
ああ、都會の空を とほく悲しくながれてゆく煤煙、

 
またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ。

 
よにもさびしい私の人格が、

 
おほきな聲で 見知らぬ友をよんで居る、

 
わたしの卑屈な 不思議な人格が、

 
鴉のやうな みすぼらしい様子をして、

 
人氣のない 冬枯れの 椅子の片隅にふるえて居る。




「月に吠える」 より


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