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ナビゲーターは魂だ

中原 中也     無題

2011-09-26 | 中原 中也

こひ人よ、 おまへが やさしくしてくれるのに、 私は強情だ。

    ゆうべも おまへと 別れてのち、  酒をのみ、 弱い人に 毒づいた。


 今朝 目が覚めて、 おまへの やさしさを 思ひ出しながら

                 私は 私のけがらはしさを 歎いてゐる。


 そして  正体もなく、 今茲(ここ)に 告白をする、 恥もなく、

    品位もなく、かといつて 正直さもなく 私は 私の幻想に駆られて、 狂ひ廻る。



 人の気持ちを みようとするやうなことは つひになく、


  こひ人よ、 おまへが やさしくしてくれるのに

       私は 頑(かたく)なで、 子供のやうに 我儘(わがまま)だつた!



 目が覚めて、 宿酔(ふつかよひ)の 厭(いと)ふべき 頭の中で、


  戸の外の、 寒い 朝らしい 気配を感じながら

        私は おまへの やさしさを思ひ、 また 毒づいた人を 思ひ出す。


そして もう、 私は なんのことだか 分らなく 悲しく、

   今朝は もはや 私が くだらない奴だと、  自(みづか)ら信ずる!






彼女の心は 真つ直い!

彼女は 荒々しく育ち、

たよりもなく、 心を汲んでも もらへない、  乱雑な中に 生きてきたが、

彼女の心は 私のより 真つ直い  そして ぐらつかない。


  彼女は 美しい。  わいだめもない 世の渦の中に

  彼女は 賢く つつましく 生きてゐる。

あまりに わいだめもない 世の渦のために、

折に 心が弱り、 弱々しく 躁(さわ)ぎはするが、

 而(しか)も なほ、 最後の品位を なくしはしない

                 彼女は 美しい、 そして賢い!




 甞(かつ)て 彼女の 魂が、 どんなに やさしい心を もとめてゐたかは!

                     しかし いまではもう 諦めてしまつてさへゐる。


 我利々々で、幼稚な、 獣(けもの)や 子供にしか、

                   彼女は 出遇(であ)はなかつた。 

 おまけに 彼女は それと識(し)らずに、 唯、 人といふ人が、 みんな やくざなんだと 思つてゐる。


 そして 少しは いぢけてゐる。   彼女は 可哀想だ!






  かくは 悲しく生きん世に、 なが心

           かたくなにして あらしめな。


 われは わが、 したしさには あらんと ねがへば

           なが心、 かたくなにし てあらしめな。


  かたくなにして あるときは、 心に眼(まなこ)

           魂に、 言葉の はたらき あとを絶つ


 なごやかにして あらんとき、 人みなは 生(あ)れしながらの

                 うまし夢、 また そがことわり 分ち得ん。


 おのが 心も 魂も、 忘れはて 棄て去りて

            悪酔の、狂ひ心地に 美を 索(もと)む

 わが世の さまの かなしさや、

   おのが心に おのがじし 湧きくるおもひ もたずして、


       
      人に 勝(まさ)らん 心のみ いそがはしき

            熱を病む 風景ばかり かなしきはなし。






 私は  おまへのことを 思つてゐるよ。

   いとほしい、 なごやかに 澄んだ 気持の中に、


 昼も 夜も 浸つてゐるよ、

     まるで 自分を 罪人ででも あるやうに 感じて。



 私は おまへを 愛してゐるよ、 精一杯だよ。

       いろんなことが 考へられもするが、 考へられても


  それは  どうにも ならないことだしするから、

          私は  身を棄てて お前に 尽さうと思ふよ。


 また さうする ことのほかには、  私には もはや

              希望も 目的も 見出せないのだから

 さうすることは、 私に 幸福なんだ。


     幸福なんだ、 世の 煩(わづら)ひの すべてを 忘れて、

          いかなることとも 知らないで、  私は

                  おまへに 尽せるんだから  幸福だ!




   幸福


幸福は 厩(うまや)の中にゐる

             藁(わら)の上に。


幸福は

  和める心には 一挙にして分る。


      頑(かたく)なの 心は、  不幸で いらいらして、
  
         せめて めまぐるしいものや
  
                   数々のものに 心を紛らす。
  
      そして 益々(ますます)不幸だ。



幸福は、 休んでゐる

 そして 明らかに なすべきことを

 少しづつ持ち、

幸福は、理解に 富んでゐる。

 
           頑なの 心は、  理解に 欠けて、
  
           なすべきを しらず、 ただ利に走り、
  
            意気銷沈して、 怒りやすく、
  
            人に嫌はれて、自らも悲しい。


 されば 人よ、 つねに まづ 従はんとせよ。

 従ひて、 迎へられんとには非ず、

 従ふことのみ 学びとなるべく、 学びて

 汝が 品格を高め、 そが働きの 裕(ゆた)かと ならんため







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