yasminn

ナビゲーターは魂だ

坂本 遼           時雨(しぐれ)

2011-07-21 | 
圭よ たっしゃか。

よんべ  あぜを あるいとったら ほたるが いっぴき おった。
     
わしは てのひらを はわした。

おみいは ねぶかをみちきってきて

あなのなかへ ほたるを はいこました。
   
ねぶかのなかの あおいひをみて 神戸のおっさんや というとったど。
     
おまえが 夏こんなことを しておったのを おもいだして
     
わしは むねが 一ぱいになった。
           
     

圭よ わしは おみいには ようよう あいそうが ついてしもうた。
     
よんべ ねやのなかで なんやごそごそするとおもうて じっと目をつぶって
     
かんがえとったら ねしょうべんを しとるのや。
     
わしの きもののすそを そろそろひきだして
     
じぶんの せなかにあてて ぬれた ふとんのうえに はしりを あてて

しらんふりして ねてしまうのや。
     
じぶんの からだの ぬくみで 朝までに かわかしてしまおうと おもうとるやね。
     
九つやそこらで こない ひねくれて どうなるど
     
おまえは えんもゆかりもない こんな子を あずかってきて
     
なんで としのよった わしに くろうさすのど。
     
この子についての くろうは 一つや二つでは ないのやど。
           


うれしいことには 女の先生に とまってもらうことになった。
     
としは 十九や。
     
よんべ おそうまで いろいろ はなしした  いっしょに ねてもろうた。
     
とけいが 一じをうったときに
     
「一じが ぼーんとなった」
    
と わしは ねごとを いうとったそうや。
     
けさ そないいうて 先生は わらいこけてやった。
     
もう きりの葉が おちてしもうて さびしいと
     
おもうとるのに にぎやかになって うれしいことや。
     
花がさいたようや。
           


柿を うってしもうた。 うらの しらかべのほうをみると さびしうなった。
     
先生は かきを おくってあげなさいと いわれるが
     
おまえには ぜにのほうがよいやろとおもうたから ぜにをおくる。
     
米がのうなった。 それで早稲を一たんかった。
     
なりが わるうて しょうがない。
     
先生が たをひねってくれてやった。
     
わしが たんぼへでいるあいだ めしごしらえを してをしてくれてやった。
     
こんなよい人は いない
     
おまえといっしょにしたら どれほどよいやろかと おもう。
           


あした しばいがある。
     
ながいあいだ あおぞらつづきで あったのやから
     
あしたも ひよりであればよいがなぁ とだれもいうておる。
     
きのう 先生に おまえがおいていた花さしと おまえのしゃしんをあげた。
     
たいへん よろこんでやった。
     
それで きょう そのおれいやというて
     
おまえに 毛糸のじばんを あんでやろうといてやった。
     
そして身のたけは何尺かと たずねてやった。
     
「五尺八寸です」
     
というと びっくりしてやった。 そして りっぱなからだやというて
     
にこにこして おまえのしゃしんをみとってやった。
     
圭よ よろこんでくれ。
           
     

きょう はじめて ひこうきが あおぞらをとおった。
     
あれみいというて ゆびでおせてやるのに
     
おみいは おとだけで ひこうきはみえへんのや。
     
どうやら かたわの ちかめらしい。
     
おまえも まつりの日だけは わすれまい。
     
まい年 もどりよったのに 今年はなぜ もどらんのど。
     
わしは ごちそうをして まちぼうけに おうてしもうた。
     
先生も このあいだあげた 花さしをだしてきて
     
きくの花を さしとってやった。
     
ほんまに みんなで 心まちに どれほど まっとったか わからんど。
     
なんで てがみを一ぺんも おこさんのど。
           


     
おまえにも なんべんも てがみでいうた  あの女の先生が くにへ いんでしもうてやった。
     
くにから てがみがきたのや。
     
よめいりしてのらしい。
     
「もう一日でもおって下さい」
     
というてなくと 先生も なんにもいわないで ないてばかりいてやった。
     
たった 二タ月やそこらやったけんど。
     
二人いっしょに ねおきしておったのやから 情がうつるはずや。
     
そら いんでやったことについては わけがあるねやろ。
     
けれども そんなことを かんがえても なににもならん。
     
わしはまた おみいと二人で さびしゅうなる。
     
おみいは このごろ ひよりがよいもんで まいにち まいにち
     
たんぼで とやまのくすりやからもろうた かみふうせんばっかりあげて
     
しごとをちょっともせん。
     
わしは もう あかんとおもう。
     
ひどい霜が 菜をくてしもうた。
           
  

   

 お母さん
     
 もう 度々 時雨(しぐれ)が 渡るでしょう。
     
 座敷の 北の隅から 二つ目の畳を あげておいて下さい。
     
 すぐあげないと 雨が漏っていましたから すぐに腐ってしまいますよ。
     
 時雨にぬれて 風邪をひかぬように 気をつけて下さい。