伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

欠片のごとき雑感 5話

2010年11月23日 | エッセー

■ TPPについて
〓〓製造業の輸出強化で生きていく――。韓国は97年の通貨危機から輸出主導で立ち直ると、「国の未来図」を明確に描き、FTA推進に一気にかじを切った。日本と同様、農業への影響をいかに抑えるかが課題だが、「別途対策を準備して打撃を和らげる」と割り切った。日本の製造業がライバルと対等に戦える条件を整えるためには、「農業の未来図」を含めた国のビジョンをしっかり示すことが求められている。〓〓(11月22日付朝日)
 わが国には、票目当ての素っ頓狂な「農業者戸別所得補償制度」があるばかりだ(それも中途半端だが)。「農業の未来図」など、どこを探してもない。しかしないものの筆頭は、国民に訴えかけるリーダーの存在だ。わが信念に殉ずる覚悟で、国民に熱烈に呼びかける。そんな大芝居を打てる役者がいないことだ。敢えて挙げれば、「郵政」の時の小泉首相ぐらいか。
 〽お酒はぬるめのカン(燗)がいい …… 
 でもあるまいに、なんだかぬる過ぎないか、こちらのカンは。熱燗できゅーっといかないと、凍えた五臓六腑はシャンとしませんぞ。

■ 鯉、今昔
 苦々しい印象を受けた場面がある。先般のAPEC・首脳会議場。テレビ報道での一齣だ。
 真ん中にデジタル映像の池があり、鯉が泳いでいる。開催国の首相がどこかの女性首脳を誘(イザナ)って池のそばに。手を打てば鯉が集まる仕掛けを見せようとしたらしい。ところが、なにかのトラブルか、いっかな鯉は寄って来ない。集まったのは冷ややかな視線。赤っ恥もいいところだ。と、筆者にはいにしえのあの映像が甦った。
 目白の田中御殿。大きな池に、一匹数百万するというたくさんの鯉が泳いでいる。そこへ下駄履きの宰相が現れ、手を叩く。飼い馴らしてあるのだろう、餌を求めて鯉が蝟集する。金権政治を象徴する歴史的名場面ともいえる。それがにわかに呼び戻された。
 件の首相はロッキード事件を機に政界浄化を志し、政治の道に進んだそうだ。ならば、最も忌むべき金権政治の具象的場面を彷彿させる舞台を、なぜ設えたのか。志が本物であったなら、陋習を心底憎むなら、真っ先にあの目白の御殿が、池が、群游する鯉が、そして手を打つ音(ネ)に呼び寄せられる鯉の翕然(キュウゼン)が想起されないはずはない。おまけに目論見が外れ、一匹の鯉も近づかない。まさか金権との永訣を見せるために、そこまで演出したわけではあるまい。ならばいっそ下駄でも履けばよかったものを。
 目白の鯉は、宰相が地元新潟の鯉を宣伝するためだったという説もある。ならば、神奈川の鯉は日本の電子技術をアピールしようとしたのであろうか。だとすれば、見事にすべったというべきか。まことに鯉のいま、むかし。鯉に罪はない。

■ 野党の力量  
 とってもいい。今の自民党は野党らしくて、好感できる。国会運営もさることながら、小泉進次郎クンと丸川珠代クンが出色だ。
 事業仕分けを巡る先般の衆院内閣委員会。進次郎クンが蓮舫クンとやり合った。議論の中身などどうでもいい。筆者が絶賛して止まぬのは進次郎クンの見事な一本。挑発的な質問に答弁に立った蓮舫クンが、マイクを離れた直後に見せた夜叉のごとき面容だ。それはそれは怖気立った。あのまことにスリムな鶏ガラに、女性(ニョショウ)の鬼気迫る毒牙を視た。ああー、恐い。死んでも祟られる。いや、死んでから祟られる。筆者なぞ、1年や2年は不眠症に罹ってしまいそうな恐怖の面相である。だからこそ、進次郎クンの勇気に拍手を惜しまないのだ。密林に分け入り魑魅魍魎と格闘するその勇猛に頭を垂れ、ただただ無事を願わずにはいられない。ガンバレ! 進次郎。おじさんは君の味方だ。世界の正義はキミにこそある。
 つづいて、丸川珠代クンだ。かつて議事堂で鳴いていた鳩ぽっぽに、「ルーピー!」と愛のエールを送ったことは有名だ。1年生議員でありながら、自民党参議院政策審議会長代理である。加えて、面貌に似ず結構ライト(右)でキツそうな人だ。若手の星、とっても期待の持てる、それでいて決して友達にしたくない女性だ。なにせ質問がいい。錐のようにも揉み込んでくる。「総理、総理」と連呼した跳ね上がりがいたが、こちらは「あなた」呼ばわりである(友達でもないのに。きっと……)。実に小気味いい。テレビで芸人の与太話を聞くより、ずっといい。恐いもの知らずの、その蛮勇におじさんはエールを送る。ガンバレ! 珠代。君こそ、自民党の珠だ。
 野党の自民党には、歴代の野党にはなかった絶対の強みがある。それは、永らく与党であったことだ。この当たり前の事実を見過ごしてはならない。売り言葉に買い言葉。押しまくられると、つい「じゃあ、お前やってみろ!」と言ってしまう。なんだ、自民党と同じじゃないか。自民党より悪くなった。所詮は素人政府だ。などと突かれても、「じゃあ、お前やってみろ!」と返せないのだ。相手はついこないだまで「やって」いたのだし、非自民という存立の大前提を自ら崩してしまうからだ。なんとも泥沼のような二律背反である。殺し文句を封じられた色男では潰しが効かない。
 野党の自民党。いい味が出てきた。なかなか捨てがたい。

■ 詩人
〓〓小惑星の砂粒と確認=「はやぶさ」、世界初回収―微粒子1500個分析・宇宙機構
 宇宙航空研究開発機構は16日、小惑星「イトカワ」から帰還した探査機「はやぶさ」のカプセルに入っていた微粒子約1500個を調べた結果、ほぼすべてをイトカワの砂粒と確認したと発表した。小惑星の砂粒回収は世界初の快挙。今後の分析成果は、約46億年前に誕生した太陽系や地球の形成過程、生命の起源の解明に役立つことが期待される。
 開発責任者を務めた宇宙機構の川口淳一郎教授は記者会見し、「(地球帰還を成功させた時)『帰ってきたこと自体が夢のようだ』と言ったが、夢を超えたものをどう表現していいかわからない。胸がいっぱいで信じられない。長い間の苦労が報われた」と話した。〓〓(11月16日付朝日)
 「はやぶさ」『くん』」にも痺れたが、「夢を超えたもの」とはまたなんとすばらしい表現だろう。帰還そのものが夢であり、さらにそれ以上の夢を叶えた ―― 「夢を超える」。
 夢の言霊を紡ぐ。まさに詩人ではないか。なにやらこの人、はやぶさ『くん』の飛行中と比較して、最近ふくよかな顔をしていないか。「夢を超えた」人は、いい面付きになる。さらに、巧まずして詩人ともなる。なんとも羨ましい。

■ 正直の頭に
 法務大臣の更迭 ―― たしか、テレビはなべて「辞任」。朝、毎、読売は「更迭」。産経が「辞任」であった。前述の丸川クンは、さかんに「更迭」である実態を明白にしようと「あなた」に迫っていた。「あなた」は、質問の意味が解らないと不正直な答弁に終始した。
 門外漢を党内の派閥力学と選挙の論功行賞で選んだのが仇となった。これが実態だ。だから、彼は正直に本当のことを言ったのだ。法務大臣だけに正直であったのだ。正直者が馬鹿を見たのだ。正直者が割を食う不正直な世界が永田町であることを、正直に証明したのである。その功績は決して小さくはない。
 肝心なのは失言ではなく、失格(失、資格)である点だ。さらに、失格者を見抜けず選んでおいて、都合が悪くなると馘首した「あなた」の不正直さだ。
 正直の頭に『疫病』神宿るというではないか。 □