伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

出生前診断

2021年04月21日 | エッセー

 拙女が身籠もった時、出生前診断を受けるというので恐る恐る訊いてみた。で、結果がよくなかったらどうするのか、と。
「ダウン症だったら、前もって勉強しとかなくちゃね」
 即答であった。なんと、人工流産はまったく選択肢になかったのだ。すげー手前味噌ながら、この時ばかりはわが身を恥じわが娘を誇った。恐縮ながら親バカと言われても、この時ばかりは。
 今月1日の朝日はこう報じた。             
〈新型出生前診断(NIPT)について、厚生労働省の専門委員会は最終報告書案をまとめた。認定施設をクリニックなど小規模な医療機関にも広げる。今夏にも施設基準などを議論する。
 NIPTは陽性が確定した妊婦の約9割が中絶を選んでいるとの調査がある。「命の選別」につながるとの指摘もあり、日本医学会が109カ所を認定してきた。だが、ここ数年で学会の認定を受けない施設が急増。検査結果のみを伝え、妊婦やその家族が混乱するケースなどが報告され始めた。報告案では、専門的な医療機関と連携する形で産婦人科のクリニックも認定できるよう提言。ただ、認定外施設をどう規制していくかには踏み込んでいない。〉(抄録)
 生物学者の池田清彦先生は筋金入りのリバタリアンだけあって、人為と作為に満ちたNIPTには反対の立場だ。以下、近著「近代優生学の脅威」から。
〈実は一九七〇年代前半までの日本では、「社会のコストを増大させないために、親は遺伝性疾患をもつ子どもを産まないように努力すべきだ」という主張が、さほど珍しいものではありませんでした。〉
 その優生学的発想がここに来て、尖鋭化して再現されているとする。
〈世界的な少子高齢化と財政基盤の脆弱化のなか、新自由主義的な政策で弱者を切り捨てたり、ときには相模原市の殺傷事件のように抹殺を試みたりする者が現れるのは、消極的優生学の現代的な顕現といえるでしょう。〉
 優生学には2つある。遺伝的欠陥を持つ人の生殖を規制する「消極的優性学」、出生前に優秀とされる人の生殖を促進する「積極的優性学」。ナチスのホロコーストやT4(精神・身体障害者に対する強制的な安楽死政策。相模原事件の植松聖はこれを掲げた)、ハンセン病患者の隔離は前者に、同じくナチスのレーベンスボルン(アーリア人増殖のための施設)は後者に当たる。本邦では1941年に決定された産めよ増やせよの「人口政策要項」があった。「一家庭に平均5児を 一億目指し大和民族の進軍」と煽り立てた。現今のNIPTは「積極的優性学」が逆立した「命の選別」ではないか。
 池田先生はこう警鐘を鳴らす。
〈すべてが少しずつ変わっているときには、「社会が恐ろしい方向に進んでいる」ことに誰も気がつきません。同じような悲劇を繰り返さないためにも、「優生学によって人類がどれほどの過ちを犯してきたのか」という歴史を、我々はもっと深く知る必要があるでしょう。(略)学問としての体裁は整っていないものの、明らかに優生学的な傾向をもつ考えが、現在さまざまな領域で顕現しつつあります。それを仮に「現代優生学」と名付けるとするならば、その広がりに大きく寄与しているものの一つが「遺伝子」の存在です。〉
 遺伝学の向上が優生学のゾンビを誘起したとすれば、世紀を跨ぐパラドックスである。物理学の極みが原爆であったようにといえば過言であろうか。
 今、わが誇り(再び恐縮)の娘は制御不能の子育てに奮闘中である。 □