伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

ストライク!

2022年10月08日 | エッセー

 ストライク=strike とはなにか? 「攻撃せよ」がその元意だ。相手に対する攻撃を命じている。軍隊なら銃砲撃開始だ。警察なら犯人のアジトへ突入、会社なら販売攻勢の狼煙か。
 では、野球ではどうか? 
 「打て!」であろう。打てて当然のゾーンに球を送るから「ストライク=strike」! 「攻撃せよ!」となる。もちろん「そこは打てない」の外れ球を攻撃してもいい。なぜなら、打者は攻撃の任を帯びて打席に立っているのだから。ただし3回命令されても実行できなければ、晴れの舞台から引きずり下ろされる。ただ、打球が競技スペースを左右に外れて落下した場合は再挑戦が許される。ほとんどが捕球できないし、投手の疲れや苛立ちを誘発する打者の作戦でもあるから。──そういうことではないか?
 大谷翔平がマウンドにいる場合は、ひたすら打者に対して「攻撃せよ」と命じつつ投球を繰り返している。だが命令を実行できない不甲斐ない奴らが続出。死屍累々だ。それが投球回数166回、内15勝9敗、防御率2.33、奪三振率11.87、219奪三振の偉業である。
 おもしろいのは、大谷がバッターボックスに立った時だ。今度はひたすら「攻撃せよ」の命令を受けることになる。命令の発出者から受命者へ。ここでストライクは逆立する。
 その異様な逆立ちはイニング毎に繰り返されたが、大谷は健気にも命令を忠実に実行し抜いた。それが打率2割7分3厘、本塁打34本、打点95の大功である。「2桁勝利と2桁本塁打」! ここに攻撃命令の遂行と攻撃命令の打破という野球史の大矛盾、世紀のデュアルが大谷の一身で見事に止揚された。
 考えてみれば、奇妙な話ではないか。こんなデュアルな物語はコナン・ドイルもヒッチコックもはたまた三谷幸喜でさえ作れはしない。世は三冠王の帰趨で持ちきりだが、そんなことは小さい、小さい。
 太平洋を跨いで二刀流を大リーグに持ち込み、大立ち回りを演じた大谷翔平には二刀流の始祖 宮本武蔵が発した次の言葉こそふさわしい。
「あれになろう、これに成ろうと焦心(あせ)るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ。」(吉川英治『宮本武蔵』から)
 シーズンの締め括りに「来年継続して、もっともっと成長できれば、もっともっと良い選手になれると思う」と大谷翔平は語った。二刀を手挟んだ若武者は世の賞賛に惑わされず、じっと冠雪した富士を見詰めているにちがいない。富士の山は今日も凜として二色に輝く。 □