伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

秋刀魚をたらふく食う

2021年08月22日 | エッセー

 以下、「FNNプライムオンライン(フジTV系ニュースサイト)」から。
〈サンマ初水揚げ“記録的高値” 漁協直売店で1匹3500円
 北海道文化放送  2021年8月19日 午後5:04
 記録的不漁が続くサンマ、値段も記録的高値となった。
 北海道の厚岸町の港では18日午前2時ごろ、太平洋の公海で漁をした小型サンマ漁船1隻が戻り、およそ1750匹、152㎏のサンマを初水揚げした。
 午前7時半から始まった初競りでは、1㎏2万8000円と、2020年の1万1880円の倍以上の記録的高値となった。落札者「これからおいしい時期になるので、期待してほしい。きょうのサンマは、刺し身にするとおいしい」
 サンマは早速、漁協の直売店に並び、高いもので1匹3500円ほどの値段がついた。〉
 原因は深刻な不漁。海流の変化で漁場が遠洋に移り、小型船では採算が取れない。加えて、ロシア・中国による公海での管理強化。別けてもロシア水域での締め付けだ。
 よって、遂にサンマは本マグロ以上の超・超高級魚になったという次第だ。
 ついでにいうと、水揚げされた魚は『匹』、高級魚は『尾』、干物は『枚』、目刺し類は『連(レン)』、鰹節は『本』、串刺しの鰻は『串』、刺身は『切れ』、イカ、蛸、蟹は、「杯」と数える(小学館の数え方辞典から)。面倒くさいが、魚介食文化の豊かさを裏書きしている。
 12年前の旧稿を引きたい。
〈落語に「目黒の秋刀魚」という噺がある。黒焦げの秋刀魚を目黒で食し、いたく気に入った殿様。ある時招かれた先でも秋刀魚を所望する。先方はそのような下衆魚など用意してはいない。急いで日本橋の魚河岸から取り寄せはしたものの、脂が多くては身体に毒だと蒸してしまう。おまけに喉に刺さってはと小骨まですべて抜いて、バラバラになった身を椀に入れて食膳に。大いに期待が外れ、殿は一言。
「秋刀魚は目黒にかぎる」
 お馴染みの下げである。
 濛々たる秋刀魚の煙。これは日本の極めて豪快な食風景である。決して副次的現象などではなく、あの魁偉な炊烟を含めての「秋刀魚」なのである。この十数年わが家では猫の額ほどの庭で秋刀魚を焼くことにしている。かつ七輪を使う。とってもレトロである。一尾百円前後とはいえ、これは相当な贅沢だとひとり悦に入(イ)っている。たとえ東京は帝国ホテルであろうとも、このような贅は尽くせまい。生憎今もって、雑魚の魚交じりの機会に恵まれぬが、これ見よがしで見かけ倒しの御仕着せ西洋料理を楚々と喰らうのが関の山だ。などと嘯いた所で、物言えば唇寒し秋の風ではあるが …… 。
 世のブランド志向のためか、「大黒さんま」なる高級ブランドサンマが人気だそうだ。道東の厚岸(アッケシ)に産する。一尾 約900円、『ふつうの』秋刀魚の十倍近い。脂の乗った大型の秋刀魚だ。食したことがあるという友達は「秋刀魚を超える秋刀魚だね」と自慢した。と、別の友人が「それは、もうすでに秋刀魚ではないだろう」と応じた。なるほど、その通りだ。出世魚でないかぎり、秋刀魚が秋刀魚を超えてしまってはマグロにでもなるしかあるまい。道東ゆえに送賃も掛かるだろうが、秋刀魚はやはり庶民のさかなであってほしい。〉(09年9月「秋刀魚は煙にかぎる」から抄録)
 今や、「大黒さんま」の約4倍、件(クダン)の殿様でさえなかなか食するわけにはいくまい。もちろん報道された3500円は初値だから話題づくりであろうし、冷凍物が放出されるからいきなり4桁の値がつくわけではない。だが、庶民にとっては遙けき高嶺の花に違いはない。
 そこで、妙案が浮かんだ。サンマをたらふく喰らう秘策である。教えたくはないのだが、儘よ、語るに落ちる。
 六日の菖蒲十日の菊、証文の出し遅れをしてはなるまい。19日夜、押っ取り刀でスーパーに急行した。「さんま蒲焼き“缶詰”」である。だいたい1個150円。これでも値上がりはしているのだが、手は届く。これなら、たらふく食える。抱(イダ)き込むようにして20個をレジへ。
 まさか、1シーズンで20個も食えない。まあ、4缶くらいか。残りはお歳暮に使う。3500円相当の貴重な贈答品だ。お殿様でもなかなかありつけない「大黒さんま」を超える豪勢な高級魚である。「1尾、2尾」ではなく、「1個、2個」で勘定するのは悔しいが、中身は一緒だ。形はそのままだから、殿のお椀に盛られたバラバラのフレークとは見栄えが断然違う。食した後、「秋刀魚は缶詰に限る」とでも嘯くか。生憎「魁偉な炊烟」は出ないが、缶詰で煙(ケム)に巻くのだからケムリ繋がりにはなる。
 セコいと嗤うなかれ。民草が絞り出した市井の知恵だ。 □