伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

やったね! なおみ

2020年08月28日 | エッセー

「こんにちは。多くの皆さんもご存じのように、私は明日の準決勝に出場する予定でした。しかし、私はアスリートである前に、一人の黒人の女性です。黒人女性として、私のテニスを見てもらうよりも、今は注目しなければいけない大切な問題があると感じています。相次いで起きている警官による黒人の虐殺を見ていて、正直、腹の底から怒りが湧いています。」(抄録)
 8年前黒人少年が白人警察官に射殺された。Black Lives Matter はそこに端を発する。大坂なおみのボイコットはこの「黒人の命は大切」への単刀直入なコミットメントといえる。以下、メディアで聞かない管見を呈してみたい。
 彼女は日米の二重国籍だったが、昨年TOKYO2020出場のため日本国籍をチョイスした。トランプなら“外国人”が大きなお世話だと言うだろう。ポチのアンバイ君ならどうか。
 二つの国籍を持っていた18年、全米オープンで優勝した時は即刻ツイッターで「四大大会で日本選手初のチャンピオン。この困難な時にあって、日本中に、元気と感動をありがとう」と賛辞を贈った(18年9月の拙稿「大坂なおみの意味」に詳述した)。いいとこ取りのヨイショとはこれだ。今度は紛れもない「日本選手で」ある。アンバイ君十八番の「美しい日本」の選手が、これまた十八番の「困難な時にあって」醜悪極まりない人種差別にノーを突き付けた。自国民が他国に無礼を働いたことになる。ポチならずとも国際儀礼上、ご迷惑をおかけしましたと頭を下げるのが筋だろう。いかに体調不良であろうとも、だ。他国の個別の案件にコメントできない、と逃げを打つなら言おう。事は他国で起こったにせよ、当事者は日本人である。一旅行者の発言ではない。日本人スーパースターのそれは決して軽くはない。使える時はちゃっかり利用しても都合が悪くなれば頬っ被り。万度のいいとこ取りのヨイショは許されない。
 では、よく決断したと胸を張るか。Lives という人道的位相に立てるか否か。「美しい日本」が死ぬほど好きなアンバイ君には望むべくもない。ポチであるならなおさらだ。大親分にそんな啖呵が切れるわけがない。しかし、なおみの決断は本国に是か非かの判断を迫る。沈黙は暗黙の同意だとすると、賛同、内政干渉に限りなく近似する。ならば、非難するか称賛するか、2つに1つだ。理路を辿ればそうなる。なおみの勇断はアンバイ政権を股裂き状態に追い込んだ。「やったね! なおみ」ではないか。
 沈黙にはもう一つの理由(ワケ)がある。日本国内の人種問題を誘発するからだ。なおみの言動を諾うにせよ否むにせよ、慰安婦、強制連行・労働、現下のヘイトスピーチなど、存在さえも疑うアンバイ政権は自己撞着に陥る。かつても今も、本邦自体が手は白くないのだ。下手に口を挟むとこちらに糾弾の矢が飛んでくる。ネグレクトに如くはない。イケイケ都知事などは関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文さえも17年以降送っていない。今年は当初、
会場の提供さえ渋った。同じ穴の狢とはこのことだ。世界の思潮は、人種問題を今や人権問題に普遍化している。差別は Lives Matter なのだ。奇しくも沈黙は、日本が「人権後進国」である実態を炙り出した。返す刀が本邦の喉元に突き付けられた。「やったね! なおみ」である。
 さらに翌日。
 〈大坂なおみ、協議の末に準決勝棄権を撤回 「より抗議運動への注目集められる」 
 いったんは棄権すると表明した女子テニスの大坂なおみ選手(日清食品)が27日、女子ツアーを統括するWTAなどと協議した結果、28日の準決勝に出場すると表明した。
 大坂選手はマネジメント会社を通じ「WTAや米国テニス協会からの要請に従い、28日にプレーすることに同意した。より抗議運動への注目を集めることができる」と翻意の理由を説明し、「WTAや大会主催者のサポートに感謝したい」とコメントした。〉(サンスポ ネット版から要録)
 この撤回は意志が崩れたわけでは断じてない。巧妙なドア・イン・ザ・フェイスでもない。それはない。よく考えると極めて日本的なソリューションだ。三方一両損にも通ずる。
 〈いろいろな組織を経験してくるとわかるけれど、合意形成というのは「みんなが納得する」というものじゃないんです。むしろ、「全員が同程度に不満」なところが落としどころになる。落語の「三方一両損」というのが日本的な合意形成なんです。でも、「みんなが同程度に不満な解」というのは、なかなか出すのが難しいんです。これは相当に修羅場を踏んでこないと思いつかない。〉
 そう語るのは内田 樹氏だ。(「しょぼい生活革命」から)
 大坂なおみの五体には間違いなく日本人の血が流れている。「やったね! なおみ」だ。

<跋>どうやら今日は“国民の祝日”になりそうなアンバイだ。水に落ちた犬を打つ気はないが、、未解明の問題群を不問に付すわけにはいかない。 □