伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

拍子抜けの国会演説

2022年03月24日 | エッセー

 遠火で手を焙るというか、隔靴搔痒、頗るインパクトに欠ける演説だった。ブレインに凄腕のライターがいるらしいが、今時本邦で謙譲の美徳に痺れる者など希少種であることに考え至らなかったとみえる。
 アメリカ議会では
「あなた方のすばらしい歴史の中に、ウクライナ人を理解するためのページがあります。いまの私たちを理解するため。最も必要とされるときに。
 パールハーバーを思い出してください。1941年12月7日の恐ろしい朝。あなたたちを攻撃してきた飛行機のせいで空が真っ黒になったとき。それをただ思い出してください。」
 と強烈なアッパーカットを見舞っておきながら、本邦では触れず終いだった。77年前に大日本帝国陸海軍は消滅したはずである。遠慮は要らない。ウクライナも同じ目に遭っていると訴えればいいではないか。ひょっとして永田町の忖度に倣ったか。
 一国の領土が他国の意のままに蹂躙される。クリミア併合を黙認し足元を見抜かれて、北方領土問題を手玉に取られた安倍政権の失態にひと言もなかった。愚劣なリーダーが取り返しのつかないミスリードを犯す。プーチンがただの白熊ではない証左として取り上げてもよかった。これぐらいカマしてくれれば、演説はレジェンドになっただろう。変な忖度は不要だ。表面的とはいえ、忖度は悪の代名詞になりつつある。
 「チェルノブイリ原発は武力で占拠された」
 と泣訴したにも拘わらず、フクシマへの言及がなかった。自然災害ですら取り返しのつかないことになる。いわんや人為的に放射能汚染を起こす武力作戦がいかに人道に反することか。ここも靴を隔てて痒きを掻くである。
「化学兵器、特にサリンを使った攻撃が起きる可能性があると、警告を受けています。」
 つい先日(3月20日)、地下鉄サリン事件27年を迎えたばかりだ。14人死亡、6300人が被害に遭った。これほどのテロ事件を世界が識らないわけはない。引用すれば大きなインパクトになったにちがいない。
「もしロシアが核兵器を使用した場合、どう対応すべきかです。どんな国でも完全に破壊されてしまうおそれがあります。」
 演説の画竜点睛はこれだ。なぜ、ヒロシマ・ナガサキが出て来ない。アメリカの核の傘など配慮している場合ではない。今、狂った指導者が「絶対悪」の縛めを解こうとしている。ヒロシマ・ナガサキこそ日本人の琴線そのものである。「アジアのリーダー」と持ち上げられても、琴線に触れねば単なるお追従だ。これがこの演説の本質的に欠落した部分である。
 期待が大きかっただけに拍子が抜けて、力が抜けた。 □