伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

かき揚げ

2020年12月09日 | エッセー

 玉葱、人参、牛蒡、椎茸、三つ葉に海老、ホタテときてイカ。衣でまとめて油で揚げる。うどんや蕎麦に丼。サクッと箸で分け入ってつゆにとろける寸前で口に頬張る。おおー、日本。旨い! どなたかは存ぜぬが、かき揚げの創始者に満腔の謝意を伝えたい。
 その「かき揚げ」の名をひょんな所で見かけた。先月結ばれたRCEPの数ある対象品目の中に並んでいたのだ。ということは、今までも今も輸入されていたことになる。かき揚げに限った数量は判らないが、冷凍・生鮮野菜の5割超が中国からの輸入である。だから冷凍かき揚げも当然同等のシェアを占めていると考えられる。よって、おおー、日本。旨い! などと能天気にはしゃいでいるのは滑稽の極み、遼東の豕である。
 RCEPは既存のASEAN10カ国にそのFTA相手国5カ国、計15カ国が締結したアジアの包括的経済連携協定である。世界の人口とGDPの実に3割を占める大きな枠組みである。いままで直接の経済連携協定を持たなかった日中韓がRCEPのフレームの中で初めてそれを取り結ぶ運びとなった。農水産物、工業製品など幅広い分野で関税が削減、撤廃される。すぐにではない。品目ごとに時間をかけて進められる。巨大な経済圏の端緒を開くと期待される。かき揚げは現在9%の関税が十数年かけて撤廃される。気の長い話ゆえ恩恵に与る団塊の世代はわずかであろうが、孫世代がかき揚げをたらふく頬張る姿を彼方に描いてよしとしよう。
 確かに中国産食材、食品には問題があった。だがそれは大なり小なり、いずこの国も辿ってきた道だ。いつまでも同じではない。そんなことをしていたら世界から見放される。大国中国といえども、世界から孤立しては生きられぬ。
 2002年以来日本からの最大輸出先は中国である。2009年からは日本への最大輸入元は中国である。要するに、輸出入とも中国が最大である。インバウンドも中国が最多だ。つまり中国は日本にとって最重要なステークホルダーだ。好きだの嫌いだのといっている暇はない。思想家内田 樹氏はこう語る。
 〈緊密な経済的交流があり、文化交流があり、観光客の行き来がある。ならば、「日本といい関係を保持したい」という中国人の数を一人でも多くしてゆくことこそ「最大の抑止力」ではないでしょうか。〉(「コモンの再生」から)
 中国による世界支配の陰謀なるものも真しやかに囁かれる。世の陰謀論なるものは最も知的負荷を掛けない世界観であると心得た方がいい。進歩や成熟とは複雑化するということである。複雑系の紐解きを厭うのは知的退嬰の一典型だ。
 たかがかき揚げ、されどかき揚げ。綯い交ぜの美味は糾える因縁の恵だ。 □