伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

“熱い言葉”にオブジェクション

2014年12月30日 | エッセー

  『(日めくり)まいにち、修造!』がバカ売れだそうで、カレンダー部門でトップセールスを記録している。松岡ワールドの“熱い言葉”が31回、日毎に飛び込んでくる趣向だ(月毎に繰り返し)。
「わがままでなく、あるがままに」
 ふむ、パクリのようでもあるが、単に韻を踏んだだけでもあるような……。
「崖っぷち、だーい好き」
 自著に「崖っぷちありがとう! 最高だ!」というのもある。ポジティブシンキングの典型か。
「後ろを見るな!前も見るな!今を見ろ!」
 なんとなく解るが、前も見ちゃいけないとなるとなんだか舌が滑ったようで……。
「自分を持ちたいなら、サバになれ!」
 修造ワーディングの極致であろうが、ほとんど理解を超えている。
 このカレンダー以外でいくつか“熱い言葉”を拾ってみると、
「よーし、絶対に勝つ。勝ったらケーキだ!」
 これ以上ないほどシンプルで、景気(失礼)づけにはもってこいかも。
「今日からおまえは富士山だ!」
「上海見てみろ。上海になってみろ!」
 凡愚には外国語に等しい。禅問答の沙門でも面壁8年ぐらいでは答えが出まい。と、こんな具合で、すげぇー格言王の登場である。たいがいあとさきのコンテクストがなくても成立するのが格言・箴言であろうが、御金言の来由を仔細に訊かねば“サバ”や“上海”が何のメトニミーなのかとんと困じ果ててしまう。あるいは、ひょっとしてそのものなのか。だとすれば、新しい宗教でもお始めになったのかもしれない。
 ともあれ、自らをインスパイアーするために発してきた言葉を集めたのだそうだ。一括りにすれば、ポジティブシンキングであろう。なぜ受けるのか。洒落っ気であろうか。いや、ニーズがなければヒットはしない。3.11以降際立った世相を蔽う暗雲、ついついマイナス思考へ誘(イザナ)う世情が超ポジティブな“熱い言葉”に快哉を送っているのではないか。とてもその逆は考えられない。近年隆盛の癒やし系とポジティブシンキング。両極のようでいて、同根のような気がしてならない。
 精神科医の香山リカ氏は近著「堕ちられない『私』」(文春新書)で、「成長幻想を刷り込まれた頭は、伸びるものや大きくなるものに対して思考停止の反応をしてしまうのかもしれない」と指摘する。「成長幻想」が招く「思考停止の反応」──実に鋭い。背景には、「もっと自分を磨こう」、「もっとお金を儲けて成功しよう」という「アメリカ流ポジティブシンキング」があるという。「アメリカ型新自由主義経済」の影響で経済合理主義のみが貫徹する「成長幻想」社会。「やみくもにがんばるいまの風潮は心身を疲弊させ、やがて社会全体の活力を失わせることになるだろう」と警告する。「危険ドラッグ、ギャンブル、暴力、いかがわしい金儲け」に嵌まっていくのは、その先鋭的な徴候であるという。だから、「成長幻想から解放されるには、『減る』とか『縮む』ということがマイナスでもなんでもないのだということをまず受け入れていかないといけないだろう」と語る。
「人間の自然な感情として、嘆いたり悲しむということはとても大事なことだと思うが、ポジティブシンキングが極端に強いと、嘆いたり悲しむ時間は人生を停滞させる無意味な時間ということになるのだろう」
「現代人は前に進むことを足し算の発想でとらえる習慣が沁みついている。いろいろなものを足して、増えていくことはいいことだという感覚だ。反対に『ダラダラゆっくりする』とか『何もしない』という行為は、マイナスの方向に人生を向かわせる引き算の行為として低い評価の対象となってしまう。だが、『がんばる』とか『努力する』といったベクトルが強すぎるために現代人の心は多くの問題を抱えているのだから、生活にもっと引き算という発想を取り入れていくべきだと思う」
 とも呼びかけている。「堕ちられない『私』」という書名はそのあたりの事情を指している。豊富な臨床例を基に世に警鐘を鳴らす好著である。
 修造くんには悪いが、ひとつのアンチテーゼを供してみた。ぼくはとてもじゃないが「サバ」にも「上海」にもなれそうもない。 □
※今稿で本年締め括りといたします。皆さま、よいお年を!