伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

二つの皮肉

2011年11月10日 | エッセー

 皮肉とは、禅の修行レベルをいう「皮肉骨髄」に由来する。文字通り骨髄は深く、皮肉は浅い。今はアイロニーとして使うが、原義は表面的理解のことだ。当然、骨髄に至る本質的理解がその先にある。
 一つ目は、今年7月IMFの専務副理事に元中国人民銀行副総裁【朱 民】氏が就任したことだ。
 44年、ブレトン・ウッズ体制が成って西側資本主義国の国際通貨体制が整った。翌年IMFは同体制をサポートするために、世界銀行やガットとともに設立された。つまり国際通貨基金の出自は資本主義で、かつその守護神である。後、ブレトン・ウッズ体制が終焉しても国際金融機関としての重責を担い続ける。今秋のユーロ危機に際しても、ギリシャに続きイタリアにも深くコミットしている。そこのナンバー3あるいはナンバー4である。もちろん、欧州勢が座を占めてきた先例を破っての人事だ。
 今や国連の専門機関になっているとはいえ、かつての資本主義の守護神に社会主義国・中国が名を連ねる。大いなる皮肉といえなくもない。だが「骨髄」を忘れてはならぬ。
 改革開放後、中国はまぎれもない資本主義に変貌した。翻訳すれば、「社会主義市場経済」とはすなわち資本主義だ。しかし、これとて皮肉に過ぎない。約(ツヅ)めていえば、「社会主義」とはすなわち中国主義だ。断っておくが、中国式社会主義などという浅薄な意味ではない。ましてや大国主義といった風(カゼ)でもない。かつては、毛沢東または共産党を見て中国を見ずに乗り遅れた哀れな勢力もあった。中国主義が資本主義を鎧う、決してその逆ではない──これで皮肉を抜けたか。
 2012年問題は中国も迎える。代替わりとともに、原点回帰は必ず起こる。

 二つ目は、タイの洪水である。微笑みの国が水浸しで、今や顰みの国である。引けば収まるほど、簡単な浸水ではない。観光はもとよりアユタヤ工場群がえらい打撃を受けている。回復には少なくとも半年はかかるという。
 インラック首相、就任早々の大きな試練だ。反タクシン派に勝利した途端、今度は水攻めである。選挙でもって一日にして決着がつく話ではない。この夏バンコク中心部を占拠した15万にも及ぶ赤シャツの群衆は、北部農村地帯から大挙してやって来た。そこを支持基盤とする首相にとって、同じ北部から押し寄せる水魔はなんとも皮肉だ。
 チャオプラヤー川は、1200キロにわたってタイを北から南へ縦走する。チャオプラヤー・デルタは世界有数の稲作地帯である。開発による熱帯雨林の急速な減少が背景にあるとはいえ、また大河川を随所に抱える地形であるとはいえ、さらに雨期であるとはいえ、なんとも脆弱なインフラである。
 少し古いが、本ブログを引く。(「2008年11月の出来事から」)
〓〓四捨五入していえば、この国の政争は都会と農村の争いである。タクシンの流れを汲む現政権が農村を、空港を占拠した反政府勢力が都会の利権を代表する。まさに国が二分される争いだ。
 振り返ってみれば、戦後日本も同じ轍を踏んでもおかしくはなかった。農村から人を都会に吸い込み、地方との格差が生まれた。ただ国を二分するまでには至らなかった。おもしろいというか、うまかったのは政治的発言力を地方に厚く配した点である。ほかにも要因はさまざまあるが、戦後日本の大いなる知恵であった。〓〓
 この時空港を占拠したのは黄色の反タクシン派で、攻守が逆だった。赤と黄色の対峙は、この国の南北問題である。ただし「南北」の中身が逆で、所得格差は南3に対し北1にもなる。つまりは政争に明け暮れ、開発に目を奪われて、この国にとって最もベーシックな水対策というインフラが遅れたのではないか。農業と工業の並立という時代のニーズに対応した国土設計のビジョンが手薄になったのではないか。いや、これとてまだ皮肉に止(トド)まる。
 安価な土地と人件費を目当てに、工場移転を図ってきた日本をはじめとする先進諸国の開発攻勢。これを等閑視するわけにはいくまい。この国の南北問題は世界の南北問題の入れ子構造になっているのだ(南北が逆ではあるが)。これが皮肉のその先ではないか。

 二つの皮肉。愚考は的を外しているかもしれぬ。だがアイロニーだけで済ませておけば、気は楽だが事は見えぬ。試みに、ない頭を振り絞って案じてみた。□