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「善き人のためのソナタ」─「あちら側」の生き方

2007-03-18 | └歴史映画
旧ドイツ民主共和国(東ドイツ)が物語の舞台です。この国の社会主義体制が崩壊、つまり東西ドイツの統一(1990年)から16年かけて、ようやくその体制の裏側が描かれることになりました。一言で言えば、東ドイツという国がいかに異常な「監視国家」であったかということです。

東ドイツを描いた映画といえば、私の好きな映画の一つでもある「グッバイ、レーニン!」があります。「善き人のためのソナタ」の脚本・監督であるフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクは、「グッバイ、レーニン!」で描かれた歴史に納得できなかった、と語っています。東ドイツの「現実」をあんなに茶化して描くべきではない、ということだろうと思います。1973年生まれだそうですから、計算上は一番多感な時期にドイツ統一を迎えたことになりますが、母親が東ドイツ出身でもあるドナースマルク自身、いろいろと複雑な思いがあったのだと推測します。

これまでの歴史上、「社会主義」を選択した国は、ほぼ例外なく「独裁」体制を敷くことになっていますが、それも当然といえば当然のことです。共産主義や社会主義の基本理念は「国民はすべて平等」ということです。貧富の差も身分や階級の差もない。国民はあらゆる面で同列に扱われる。しかし、人間の本質を考えたとき、それがいかにムリのある体制かはすぐにわかるでしょう。人間は基本的に自由な競争が好きだし、自分が他の人より優れていたいと思うのはごく当然のことです。社会主義体制ではそういうことは許されないので、そんなふうに考える人は「国家の理想に反する」として抑圧しなければならない。そのためには、少数の人々が権力を握っていた方が都合がいいのは言うまでもありません。そして、そのような「反体制派」を見つけ出すためには、国民相互に「監視させる」というやり方がもっとも効率的だということも。

「監視国家」東ドイツは、国家保安省(シュタージ)という国レベルの監視組織と、国民相互の「密告制」を併せ持った監視システムを敷いていました。国民にとって、より恐ろしいのはどっちだったのでしょう?私は後者ではないかと思います。「密告」は、友人や隣人、そして家族の「信頼関係」を根こそぎにしてしまうものだからです。逆に言えば、人間同士の信頼関係を利用した最も卑劣な方法が「密告」なのかもしれません。信頼して心を開いていたらまんまとワナにはまってしまう…。密告される方は人間不信に陥ってもおかしくありません。そういう類のことがたぶん日常的に行われていたのではないかと思います。

実際、この映画の主役、シュタージのヴィースラー大尉を演じたウルリッヒ・ミューエは、前妻に10数年間にわたって密告され続けていたといいます。そんな経験があるからこそ、この映画の主題である「監視される側への感情移入」がごく自然に表現できるのだと思います。

一番背筋が凍る思いをしたのは、シュタージの養成学校?の食堂で、ある学生が何気なくワイツゼッカー議長(当時の最高権力者)をからかう小話をする場面。ヴィースラー大尉と食事をしていた上司のグルビッツ部長がそれを聞き咎める。グルビッチは、その学生にオチまで語らせたあと、おもむろに「国家に背く罪」として処分を言い渡す。一瞬にして凍りつく学生たち。ところが次の瞬間、グルビッチは冗談だと笑い飛ばす…。

それが本当に「冗談」で終わったのかどうかは映画では語られませんが、うかつに軽口もたたけない状況がとてもよくわかるシーンです。

この映画、原題は「善き人のためのソナタ」ではないのですね。ドイツ語の原題は、"Das Leben der Anderen"。英語にすると"The Lives of Others"。"others"というのは「あちら側の人間」という意味。つまり、体制(こちら側)にくみしない、反体制派の人々ということです。

「善き人のためのソナタ」とは、反体制派の烙印を押され活動を禁止されていた演出家イェルスカが、友人である劇作家ドライマンに送った曲のタイトル。イェルスカの自殺の知らせを聞いて、ドライマンはピアノに向かってこの曲を静かに奏でる。ドライマンを監視するヴィースラーは、ヘッドフォンから聞こえてくるその美しい調べに涙を流す…。ヴィースラーの中で何かが弾けた瞬間です。それから、およそ飾りらしい飾りのない殺風景なカフェで、ヴィースラーが思いがけずクリスタと出会い、短い会話を交わす印象的な場面にも、この曲が静かに流れていました。

そうした重要な場面を象徴する「善き人のためのソナタ」を邦題にしちゃうとは、そのセンスに久々にしびれました。

もちろん、邦題のセンスだけでなく、この映画自体がすばらしい出来映えです。静かに静かに、じんわりと心が揺さぶられます。観てよかった、と心から思いました。

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