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『レ・ミゼラブル』覚え書き(その10)

2005-04-15 | └『レ・ミゼラブル』
第一部 ファンティーヌ
第七編 シャンマティユー事件(岩波文庫第1巻p.370~p.481)【続きその2】

朝5:00。1台の馬車がモントルイュ・スュール・メールからアラスに向かっていました。馬車には、マントに身をくるんだマドレーヌが乗っていました。

彼が馬車の中で考えていたのはこんなことでした。

「…ともかくも、どんな賤しい奴かそのシャンマティユーを見たならば、自分の代わりにその男が徒刑場にやられても、自分の心はおそらくそう痛みはしないだろう。」

この時点でも、彼はまだ自分が本当のジャン・ヴァルジャンであることを打ち明けるつもりには至っていないのです。人間の心がいかに弱くはかないものか、つくづく思い知らされます。しかし、彼も本当はアラスなんかに行きたくないのです。そのままじっと家で過ごしていれば、何も変わらない明日が来るはずなのです。

けれども、彼はやはりそこへ行こうとしたのである。

すっかり夜が明けきった頃、途中の宿場町エダンに到着します。ところが、出発直後に郵便馬車とすれ違うときにぶつかった衝撃で、車輪が壊れていることに気がつきます。車大工に修理を頼みますが、どうしても1日はかかるという。それでは今日開かれる裁判に間に合わない…。

「ほかに車大工はいないのか。」
馬丁と親方とは頭を振って同時に答えた。
「いません。」
彼は非常な喜びを感じた。


彼が喜んだのは、それがまさに「天意」としかいいようがないからです。自分は高い金を払って馬車を雇い、寒い中アラスに向かっている。最善を尽くしている。馬車がこれから先進めないからといってこれ以上自分に何ができるというのか。

ところが、天意は彼を裏切ります。取り囲んで見ていた一人の子どもが、うちに馬車があるというのです。「恐るべき手」が再び彼を捕えたことに彼は慄然とします。

馬車が動き出した時彼は、自分の行こうとしてる所へは行けないだろうと思って先刻ある喜びの情を感じたことを、自ら認めた。彼は今その喜びの情を一種の憤怒をもって考えてみて、それはまったく不合理だということを認めた。何ゆえにあとに戻ることを喜ばしく感じたのか? 要するに彼は勝手に自らその旅を始めたのではなかったか。だれも彼にそれを強いたのではなかったのだ。
そしてまた確かに、彼が自ら望んでることのほかは何も起こるはずはないのだ。


そうして、ほとんど飲まず食わずで馬を走らせ、ようやくアラスの近くまでたどり着いた頃はもう夜の帳が降りていました。ジャンは頭の中で考えます。

「通例なら重罪裁判の開廷は午前九時からである。…すべてが終わってから自分はそこに着くようになるかも知れない!」

その頃、モントルイュ・スュール・メールでは、ファンティーヌが毎日の日課であるマドレーヌの見舞いを待っていました。しかし彼は来てくれません。聞けば、市長は朝早くどこかに出かけたらしい…。彼女は、きっとコゼットを迎えに行ってくれたのだと勘違いします。明日には、マドレーヌさんがいとしいコゼットを連れてきてくれる! そう考えただけで彼女の体は回復の兆しさえ見せるのでした。

ジャンはアラスに着くと、真っ先に裁判所の場所を尋ねます。そして、普通は法廷が6時には閉じること、ただ今日はまだ裁判所の窓に光が差しているので裁判が済んでいないことを知らされます。

まだ何も終結していないのを知った時、彼は息をついた。しかし彼が感じたのは満足の情であったか、あるいは苦悩の情であったか、彼自身も語ることはできなかったであろう。

どちらにせよ、ジャンが様々な困難を乗り越えて、アラスまでやってきたということ自体、すごいことだと思います。それは誰に強制されたものでもなく、また「天意」でもないかもしれません。ほかでもない、彼自身が決めたことなのです。前夜の彼の葛藤を考えれば、アラスまで来て、しかも法廷でシャンマティユーに会ったなら、そのまま引き返すことができるとは思えません。ジャン自身も気づかない心の奥底では、きっと一つの「覚悟」が定まっていたにちがいありません。

ジャンは、法廷に足を踏み入れます。いよいよシャンマティユーとの対面です。

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