やおよろずの神々の棲む国でⅡ

〝世界に貢献する誇りある日本″の実現を願いつつ、生きること、ことば、子育て、政治・経済などについて考えつづけます。

【中学歴史教科書8社を比べる】564 29 日米関係 -129- ⅹ 大東亜(太平洋)戦争-37-  ⑷ アジア諸国①:東南アジアとインド 9/n<フィリピン>

2018年08月15日 | 中学歴史教科書8社を比べる(h28-31年度使用)

29 日米関係 -129-

ⅹ 大東亜(太平洋)戦争 1941-1945 -37-

■まとめと考察 ⑷ アジア諸国①:東南アジアとインド  9/n ~フィリピン(まとめ表再掲) 




 

1 「フィリピン」の描き方

※現在のフィリピン・・・人口約1億人(世界12位)。

 

■参考資料  <ウィキペディア:「フィリピン」より>

・「第一共和国とアメリカ合衆国植民地時代 

 

 米西戦争の最中に独立を果たしたのもつかの間、1898年パリ条約によりフィリピンの統治権がスペインからアメリカ合衆国に譲渡された。1899年1月21日フィリピン共和国がフィリピン人によって建国された。5月18日サンボアンガ共和国英語版サンボアンゲーニョ英語版によって建国された。

 フィリピン共和国の建国を承認しないアメリカによる植民地化にフィリピンは猛烈に抵抗したが、米比戦争で60万人のフィリピン人がアメリカ軍により無残に虐殺され、抵抗が鎮圧される。1901年にアギナルドが米軍に逮捕されて第一共和国は崩壊し、フィリピンは旧スペイン植民地のグアムプエルトリコと共にアメリカの主権の下に置かれ、過酷な植民地支配を受けることとなった。1903年にサンボアンガ共和国も崩壊したが、モロの反乱英語版1913年まで続いた。フィリピン史では、1899年2月から1902年7月までをフィリピン・アメリカ戦争期として位置づけている。

 その後フィリピン議会議員マニュエル・ケソンの尽力で、アメリカ合衆国議会は1916年にジョーンズ法で自治を認めフィリピン自治領が成立。1920年代にRCAが広域無線局を設置、ここを中継地点として香港経由で中国と交信した。1929年世界恐慌が発生すると無課税でアメリカ本土に移入されていたフィリピンの砂糖がアメリカ本土の甜菜糖やキューバ糖に打撃を与え、アメリカの資産家で破産するものが続出した。そのためフィリピン糖排撃の声が高まり、関税を課すことを目的にフィリピン独立が叫ばれるようになった。1934年アメリカ議会はフーバー大統領の反対を押し切り、タイディングス・マクダフィー法で10年後の完全独立を認め、フィリピン議会もこれを承諾、フィリピン自治領からフィリピン・コモンウェルスに移行したが、アメリカはフィリピンにアメリカへの依存貿易を続けさせるなどの利権を確保し続けた

 

・「第二次世界大戦と独立 

 

 第二次世界大戦中の1941年12月に、アメリカ合衆国軍との間に開戦した日本軍が、アメリカ合衆国軍を放逐しマニラ市に上陸した。アメリカ合衆国陸軍司令官のダグラス・マッカーサーオーストラリアに撤退し、大日本帝国陸軍1942年の上半期中にフィリピン全土を占領した

 アメリカは1935年にはフィリピンの独立を約束していたので、大日本帝国も1943年5月に御前会議でフィリピン(フィリピン行政委員会英語版)とビルマを独立させた1943年10月14日ホセ・ラウレルを大統領とするフィリピン第二共和国が成立した。しかしアメリカは日本の傀儡政権であるとしこれを認めなかった。その後ラウレルは日本との協力関係を築きフィリピン政府の運営を進めた。日本の敗戦が濃厚になると1944年12月8日に親日義勇隊のマカピリが設立されベニグノ・ラモスなどが参加し、戦闘に加わった。また、アメリカの援助を受けて結成された反日ゲリラ組織のユサフェゲリラと共産系のフクバラハップが各地で抗日ゲリラ戦争を行った。 その後1944年末に米軍が反攻上陸すると、フィリピン・コモンウェルスが再び権力を握った。第二次世界大戦によって110万人のフィリピン人が犠牲となり、マニラに20棟あった16世紀から17世紀にかけて建立されたバロック様式の教会は、米軍の攻撃により2つを残して破壊された

 

  再独立 1945年日本敗戦に伴い、独立を失いアメリカの植民地に戻ることを余儀なくされることとなったが、1946年マニラ条約英語版で、フィリピン・コモンウェルスの組織を引き継ぎ、戦前から約束されていたフィリピン第三共和国英語版が再独立した冷戦下では地主支配(アシエンダ)打倒を訴える共産系のフクバラハップが勢力を拡大し、ルソン島ではゲリラ戦争が続いたが、1950年代中に共産ゲリラはアメリカからの全面的な支援を受けたラモン・マグサイサイの手によって一度壊滅した。その後、親米政権によって農地改革が行われたものの、実効性には乏しいものとなった。

~以上引用~

 

 国際化の進展と、日本にとっての東南アジアの重要性の増加により、かなりの日本人がフィリピンの簡略な歴史ぐらいは知っておかねばならない時代になったようです。また、近年の「南シナ海紛争」においてもフィリピンは重要な当事国であり、シーレーンの国際的保護・管理の点でも、より関与・絆を深めることが必要になっています。

 

■評価

●フィリピンの全体的な状況を描いている。 → 〇 育鵬社。

●フィリピンに言及してはいるが、偏向している。 →  日本文教。

※育鵬社:「アメリカと結んでゲリラ活動を行う勢力に…厳しい対応を…」⇔日本文教:「中国系の住民やフィリピン人を敵視し…」。「フィリピン人」と書くと、「すべてのフィリピン人」の意味になってしまう。

●フィリピンに言及していない。 → △ 6社:自由社、東京書籍、帝国書院、教育出版、清水書院、学び舎。

 

 ~次回、10/n マレーシア

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《著者:松永正紀  教育評論家 /h22年度 唐津市・玄海町:小中学校校長会長》

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