老ホーク雑感

ホークスを中心に、野球の他、スポーツ全般の話を、何の脈絡もなく、思いつくままに書いています。

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王最高顧問の兄、鉄城氏逝く

2008-12-23 13:13:18 | Weblog
 ホークスの王最高顧問の兄さん、鉄城氏のお通夜が昨夜新宿「大宗寺」で行われ、故人を悼むような冷たい雨が降りしきる中、長嶋茂雄巨人名誉監督他、600人が弔問に訪れた。

 10歳の差がある長兄と末っ子、王さんにとっては父親に近い存在だったらしい。
野球選手になってからは折にふれて強い味方であり、無二の相談相手だった。

 世界の王も、その野球生活は決して順風満帆でもなかった。早実では1年生投手として優勝し、華々しくスタートしたが巨人では投手としてはものにならず、センスを買われて打者に転向した。打者としてもなかなか芽が出ず、荒川という名伯楽を得て一本足打法で開眼、世界一のホームラン打者にまで成長する。

 現役引退時もまだ年間30本のホームランを打ちながら、衰えを自覚し引退を決意、請われてコーチ助監督を経て、巨人軍の監督に就任する。

 ホームラン王も監督稼業では評価されず寂しく巨人軍を去る一幕もあった。

 その後故根本氏に誘われ、新生ダイエーホークスの監督を引き受け、弱小球団の強化の心血を注ぐが、なかなか成果を得るに至らず、来る日も来る日も打ち続く敗戦に業を煮やしたフアンに生卵をぶつけられたこともあった。

 99年、苦労が報われ待望の日本一に・・常勝軍団ホークスの誕生だった。

 一昨年、胃がんに侵されているのが判ったが手術を受けて昨年再び第一線に・・
 衰弱した身体に鞭打って今年こそと意を決して臨んだ2008年だったが、負傷者続出の不運に見舞われ、念願叶わず最下位に転落し、14年のホークス監督の座を降りたのは記憶に新しい。

 そんな浮沈みの節々で王さんを的確にサポートし、元気を与えてきたのが兄、鉄城氏だった。

 内にあっては故恭子夫人の支え、それと兄鉄城氏なしでは「世界の王」は存在しなかった、と言っても過言ではない。

 王監督の最後の采配となった試合も観戦されていた由、済んだことを言っても詮方ないが、勝って終わりたかった試合ではある。

 謹んで王鉄城氏のご冥福をお祈り申し上げる。
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