船橋競馬 矢野義幸厩舎公式ブログ Be The Best

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出会い

2006-09-26 20:34:42 | 編集日記
以前、矢野厩舎にマイネピルエットという栗毛の牝馬がいました。

彼女は中央競馬に所属していた頃・・・
・・・デビュー前から私が見守っていた馬です。
通称「一口馬主」といわれるクラブの馬だった彼女は
親友が勤める牧場で生まれ、その親友が苦労して育成した馬でした。

父タマモクロス、母はイブキバレリーナ。母父ノーザンテースト。
育成時代は牝馬でありながら男勝りの気性、好奇心旺盛、
そしてイレ込みがキツくとても神経質な馬でした。
2歳の10月には他の馬がいると馬装ができず、ひとりで離れての準備。
水溜りが怖く、雨の日の調教では雨ガッパが風であおられる音にもおびえ、
食べることがあまり好きではない、気が強いおこりんぼな仔でしたが
人が大好きで、いつも「かまってかまって!」と
遠くにいてもすぐに走り寄って来て
他の仔をなでているとプリプリ怒って前カキをするような、
かわいらしい一面もありました。

北海道の牧場に何度も彼女に会いに行き、早朝の馬房で
「ダイエットするとイライラするんだからちゃんと食べなさい」と話したことも・・・。
バネとスピードはすばらしい、でも、気性が・・・
彼女はいつもそう言われ、体重も400キロを切りそうなくらいにキュっと細く・・・。
集中力をつけるために、障害練習をしたこともあって
「ちゃんと前見て跳びなさい!」彼女はそう叱られながら、
居残りをする小学生のように
他の馬とは別メニューでスタッフを背に
ひとりでぴょんぴょんと障害を跳んでいました。
牧場で腕利きのベテランスタッフ、
コスモバルクを育てインパーフェクトを担当している彼女を育てた友人は今でも
「正直、気性難で競走馬になれないかと思った。
今まで苦労した馬ベスト?5に入るよ」と笑います。

2003年1月の中央でのデビュー戦、人気薄で直線後方から一気に
ゴボウ抜きで半馬身差の2着。
それがマイネピルエット「運命の2着」でした。
あと5メートルだけゴールが先にあったなら、その後の彼女の未来、
そして私の現在は変わっていたかも知れません。
それから彼女は勝てそうで勝てないレースを繰り返し、
それゆえに休養に出るタイミングを失って
その年の9月末、台風前の小雨が降る中山で3歳未勝利の引退レースを終えました。

彼女が船橋の矢野厩舎に入厩するということを知ったのは間もなくのこと。
その時から私の船橋通いが始まりました。
知り合いから「矢野厩舎の仔はタイガースメンコで出るよ」と教えられ
その通りの姿で彼女がパドックに現れたときにはほほえましく、
何度もシャッターを切りました。
遠くに行ってしまったと思っていた彼女を
また間近で応援できることは嬉しいものでしたが
芝向きだったピルエットはダートで苦戦。
大丈夫かな・・・帰りはいつもそんな気持ち。
でも、何度か通った日の、雨が上がった3月のレース。
ワタリを編んでもらって登場したピルエット。
「うるさい仔なのに、準備してもらっている間おとなしくしていたのかしら?」
と思いながらもかわいらしい馬装はとても嬉しいものでした。
それまでいつも最後にゴールしていた彼女でしたが、
この日は初めて”らしい”追い込みを見せて6着。
嬉しくて、戻ってくる彼女をずっと目で追って、
デジカメで撮っていた記憶があります。
後に矢野先生が
「あのレースはやっと思った通りの走りに近づいたレースだったね」
とお話してくださいました。

最終レース、砂まみれで戻ってきて厩務員さんに迎えてもらったピルエット。
その時でした。
ピルエット、これなら大丈夫、とフルフルと震えるような気持ちで
目の前を通り帰って行く彼女を見ていると、
馬場の内側から彼女を曳いていた厩務員さん(ひとりは森久保さんです)が
「写真撮る?」と声をかけてくれて・・・。
あの時の気持ちは言葉にできないくらいで
そんなこと、いいの?!ほんとにいいの?
と驚きと嬉しい気持ちめいっぱいでデジカメのシャッターを押しました。
実はまだお礼を言っていないのですけれど、
あの時のお心遣いには今でもとても感謝しています。
そしてその帰り道、南船橋駅に着いた時に
今でも私がとてもお世話になっている彼女のオーナーさんから
ピルエットが岩手に転厩するというお知らせをいただきました。

あれから2年。
まさか自分が同じ場所で、
あの時ピルエットを見守っていたのと同じ気持を抱いて
「タイガースメンコ」を着けた馬たちを見つめる立場になるとは夢にも思いませんでした。

5年前から続けているプライベートサイトは
もともと牧場で頑張っている友人たちの仕事を伝えたい、
馬に寄り添うその存在を知ってもらうことで
誰かの競馬を見る楽しみが増えればいいな
馬を身近に感じてもらえたらいいな、と思って始めたものでした。
「育ててくれた馬は、私が競馬場で応援するからね」
それが友人たちとの暗黙の約束で、それは今も変わらないままで。

矢野厩舎にいる仔たちもここに辿りつくまでに
誰かが毎日手をかけて大切に育ててきた存在。
そうやって手から手へ熱のあるものが繋がっていくのも
競馬の良さかも知れません。

今は、あの雨上がりの3月の船橋での気持ちを忘れず、
今度は私の立場でできることを
矢野先生をはじめとした厩舎のみなさん、
お世話になっている方、
そして応援してくださっているみなさんにお返しできれば
と思っています。

マイネピルエットは少し大げさに言えば、私の運命を変えた馬。
中央引退後も素敵な出会いに恵まれ、
現在は岩手で勝利を重ねて頑張っています。

きっと今も、時々プリプリと怒りながら・・・。




馴致が始まった頃、1歳秋のピルエット。
とてもかわいい顔のやんちゃ娘でした。


船橋でのデビュー戦。
曳いていたのは上永吉さんと吉田さん。





2004年3月23日 雨上がりの船橋で。






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2 コメント

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2004.3.23船橋12R (壱番夕陽)
2006-10-09 18:03:27
最後の直線、外に持ち出して伸びて来た脇田騎手とピルエットの姿は今でも思い出に残ってます。

彼女が今でも頑張っているのは矢野厩舎の人達ををはじめ、彼女に携わっていた方々の愛情受けての頑張りなのでしょうね。
同じ場所から (Be The Best担当)
2006-10-09 23:21:41
そうですね、脇田騎手を見ると今でもあのレースを思い出しますよ。

雨あがりの春の空気が満ちる船橋でした。



あの時、彼女を止めて写真を撮らせてくださったスタッフのうちのもうお一人は見た感じ

他の厩舎に移られたようなんですけど

開催で馬を曳いているのを見かけると

いつも「単勝」を買っています。

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