goo

平成19年10月26日(金)


お花茶屋→上野広小路→神田末広町

《旧暦9月16日》

※10月下席の打ち上げ会場「ゼンタ」の下見をする

★朝雨は女の腕まくりということわざがあったなぁ、外は小雨が降って
いる。午前は長年お世話になった松崎年比古先生の告別式へ参列した。
昨夜に引き続き黒紋付で斎場へ伺い最後のお別れをさせて頂いた。
供花の白菊を棺へ手向けたが、色々のことを思い出しどうしても涙が止
まらない、女房さまは声を出して泣いていた。
数年前、奥様を喪った時にヤツガレは葬儀に間に合わず夫婦でお線香を
上げに自宅へ伺った時のことを思い出した。どうやら、先生には納得の
行かない医療処置で、もう少し何とかなったはずだと温厚な先生には珍
しく興奮気味にお話をしていた。やはり最愛の奥様を亡くして、平常心
というわけにいかなかったのだろう。今日の先生は、あの時の表情とは
違い、本当に穏やかなお顔とお別れをさせてもらった。  合掌

★雨の方は女の腕まくりどころじゃない、どんどん雨脚が強くなる一方
だよ、近頃の女性は強いからねぇ~(笑)。着物を着て雨の中を歩くと
いうことは相当の決心が要る、洋服と違ってメンテナンスが大変なので
雨ははっきり言って嫌いであります。洋服に着替えて鈴本演芸場へ出か
ける前に、亀田家のご長男の記者会見の模様をチェックした。生放送で
亀田家から新宿のジムへ放送局は追っかけをしていたが、金平会長が約
束をした午前9時には間に合わなかった。全国民の注目の的である亀田
のご長男さまはいきなり遅刻という、亀田家ならではの記者会見だね。
興毅さまが黒のスーツを着用していると、伝え、ネクタイを締めている
と大騒ぎしていた (=`(∞)´=) ブーブー!! おい、マスコミ変だぞッ!

★やはり、ボキャブラリー不足であることは否めない、お粗末な謝罪会
見だった。現代の二十歳の男子とはあんなものか?いや、もっとしっか
りしているはずだよ。亀田家では先ず、お父ちゃんが口の聞き方を知ら
ない、一般常識を心得ていない、いわゆる井の中の蛙状態では、これか
らの世間の荒波を乗り越えるのは容易じゃない、また前回と同じように
メンチを切ったらどうなるのか?考えるとゾッとするよ(≧ω≦)
<亀父“偽装辞任”今後も陰から介入>
http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2007/10/27/01.html
<ガッツ、OK「NO」場だ…史郎氏の甘い処分にキレた >
http://www.zakzak.co.jp/spo/2007_10/s2007102612_all.html

★鈴本の高座では「ねずみ」を演った、この噺は飛騨の甚語楼が仙台に
行ったときの噺なんだ。教えてもらった扇橋兄さんは、できれば仙台と
土地が分かっているのだから、仙台の言葉に近い方がそれらしくて良い
とアドバイスしてくれた。そこで、国分町の「伏見」のママにお願いを
して、仙台の言葉を教えてもらった。土曜日にTBCラジオの番組に出
た後とか、前日に「伏見」でレクチャーを受けたんだよ。今から30年
以前のことだったから伏見のママもヤツガレも若かった、真打になる前
の二ッ目の頃だった。伏見のママの友達のお店で飲み酌み交わしながら
仙台の言葉のご伝授を願ったんだ(笑)。夜の国分町での仙台弁教室は
、いや~ッ!つらかったよ、夜中の3時になると‥‥「ママ、悪いけど
Myタイム(さん治)なので、もう帰らせてよ‥‥」ってんで、途中で逃
げ出したことを覚えている。なにしろ、ママのお産の苦しみの話になる
と終わらなくなっちゃうんだよ(笑)、多勢に無勢とはこのことだろう
話し相手は全員女性ですぜ、男のヤツガレに「つわりの苦しみ」を熱っ
ぽく語られても‥‥、マジに弱っちゃうよね(  ^,_ゝ^)プッ

★ママやママの友達たちに「仙台のことばサ、鼻濁音は無っちゃッ!」
と、叱責されたよ。ヤツガレ達は鼻濁音の訓練を受けているから、どう
しても出てしまうんだ。結局、不完全な仙台弁だけど、それらしい言葉
で噺が出来るようになったんだ。しかも、分かりやすい仙台の言葉にし
てやっている、まるっきりだとちょっと分からないようなんだ(@_@;)

★本日の夜は打ち上げでお世話になる昔の神田栄町の「ゼンタ」で酒盛
りをした。場所は地下鉄銀座線「末広町」から徒歩3分の位置なんだ。
<神田栄町(かんださかえちょう)>
http://www.city.chiyoda.tokyo.jp/service/00010/d0001023.html
ここのマスターはヤツガレの小学校、中学校の後輩で、隣家は「魚政」
というヤツガレ同級生の栄ちゃんが経営する鮮魚店なんだよ。
栄ちゃんの店の真ん前が「栄湯」という銭湯だった。ヤツガレが毎日の
ように通ったお湯屋さんだ。今は立体駐車場になっている。
栄湯の隣は「サカエ薬局」という薬屋さんだった、建物はそのまま残っ
ているが、現在は薬局じゃない、建物の脇を見たら‥‥昔の薬の看板が
残っていたよ、「胃腸にトモサン」って、知らないなぁ~(笑)。
<昭和 14 年 6 月 30 日発行の新聞広告:トモサン>
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/umdb/newspaper1000/jpeg-s/02934.jpg

★いつも通りに大騒ぎをさせてもらった、小金馬さんは相変わらず食う
より、飲む方が得手で物も食わずにひたすら水割りを飲んでいた(^^ゞ
小金馬情報によると、摂生をしている一朝さんは来年の正月から酒を解
禁するそうだ。バカ飲み、バカ食いを謹んで適当に飲食する予定。
ヤツガレもメタボな生活が続いているので、考えを改めるつもりだ。

ブログ人気ランキングです。応援のクリックをおねがいします。
なんとか上位に行けるようにお願いします(@⌒∇⌒@) わーい♪

人気blogランキングへ

コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
« 平成19年1... 平成19年1... »
 
コメント
 
 
 
ビオトモサン (たくP)
2007-10-27 15:18:33
30年位前、わが家には「ビオトモサン錠」という胃腸薬が常備されていました。
エビオスくらいの大きさで味はビオフェルミンに似て甘い。
なんでもないのに兄弟でバリバリと食っていましたが・・・
もしやこれの先祖かと思いまして。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。