■ 不況の今こそ、数字より質の追求 神谷 秀樹氏
日経ビジネスオンライン (2009.02.02)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090121/183297/?P=2#author_profile_tag
米国の「レノックス」、英国「ウォーターフォード・ウェッジウッド」と、ここ最近、老舗ブランドが相次いで破綻した。
ここ最近の不況を考えると、これも仕方がないのかもしれない。だが両ブランドとも愛用しているだけに、この先の両社の行く末が心配でしょうがない。
「レノックス」はクリスマス専用のお皿とティーカップのセットを20年ほど前に揃えた。毎年我が家のクリスマスの食事はいつもこの皿に盛られる。一方の「ウェッジウッド」も同じ頃に、フォーマルな食器を揃えた。
ロンドンの店で注文し、届くのに9カ月くらいかかった。これだけ時間がかかったのは「注文生産」だったからだが、店でそれを聞いた時に「なるほど」と思ったのを今でも覚えている。
高級ブランドの破綻にはパターンがある
ロバーツ・ミタニの仕事としてブランド企業のアドバイスをしているので、どうしたらこのような老舗の価値を高められるのか、または破綻させないのかという経営問題について長年、考えてきた。筆者なりに分かったことは、破綻の理由には、いくつかの決まったパターンがあることだ。
第1は「売れるから」と言って拡大経営に走ることである。拡大すれば、質が追いつかなくなり評判が落ちる。
設備投資、運転資金が大きく張る一方、業績は景気に大きく左右されるようになる。公開した企業、ファンドに買われた会社にはこうした道をたどるところが多い。
東京の銀座や青山などに大きな店を出した欧州ブランドなどにも、今後こうしたことが起きるケースは増えるだろう。
日本の高級ブランド市場の売り上げ規模は、かつて全世界の40%も占めていたのに、最近では10%までに縮小している。
ストラディバリウスも、おでん屋さんも同じ
これに対して業容を拡大しない「家業」の老舗はまず潰れない。私がよく例に出すのは弦楽器のストラディバリウスだ。
バイオリンが有名だが、チェロとなると1年に3台しか作れないそうである。
彼らの商品は、高価で売れる。売れ残りの心配など全くないと言っていい。だからと言って、彼らが「作れば確実に高価で売れる」と言って、年に30台、300台と生産するようになったら、先行きは暗いものになるだろう。現在の質を維持できるとは思えないからだ。
これは高級ブランドに限らない。よく例に出すのが、おでん屋さんだ。屋台1台で営業するおでん屋さんも、絶対に潰れない。「あそこのおでん屋はおいしい」と評判が立ち始めたからと言って、借金していくつも店を持ち始めれば、いつかは味が落ち、せっかくの評判もガタ落ちになってしまう危険が高まる。屋台1台であれば、顧客はすべて常連。現金商売で毎日必ず儲かる。
老舗の経営は、近代経営論に馴染まない
経営者や株主が、自分たちのブランドの価値がどこから生まれているのかを見失う場合も、先行きは暗い。
そうした経営者や株主が支配するブランドは、販売拡大もしくは経費削減に走り、商品価値を生んでいる技術をないがしろにする傾向にあるからだ。
例えば生産を外注する。大事な職員の人件費を削り、時には派遣社員など流動性の高い職員に切り替え、「巧みの技」の継承が断たれる。社員を大事にできないが故に、社員が「おもてなしの心」を失う。
合理化のためには平気で顧客の期待を裏切る。
老舗の経営とはもとより近代経営論は馴染まず、一見無駄に見えることをたくさんしなければいけないものと心得るべきであろう。これもまた、老舗とは「質」で勝負するもので、「数字」で勝負するものではないということを語っている。
「ブティック型投資銀行」のロバーツ・ミタニも、老舗の経営と同じで近代経営論とは一線を画す経営をしてきた。
17年前に創立して以来、「数字を追いかける」ことをしていない。当社には、売上目標はなく、社員にも「いくら稼ぎなさい」というノルマを課していない。
経営者である私が、数字に追いかけられるのが嫌になり、他人に雇われることをやめて「自分で自分を雇う」ことにしたのだから、ある意味で当然の経営スタイルだ。では数字でなく、何を見ているのか。
質を見れば、数字はついてくる
私が見ているのは、社員がそれぞれ顧客に対して提供している仕事の「質」だけである。質というと抽象的なので、もう少し具体的に言えば、当社しか提供できないサービスを、社員は生み出しているのかを見ている。
生み出していれば、当社が望む手数料を顧客から頂くことができ、それは結果として売り上げの伸びにつながる。
これまで幸いなことに、売り上げは順調に伸びてきた。この「実験」の結果、「高級ブランドなどいわゆるブティックの経営は、質だけ見てればよい」と自信を持って言えるようになった。
さて冒頭に挙げた、「レノックス」や「ウォーターフォード・ウェッジウッド」は、今後どのようになるのだろうか。
できればファンドなんぞには、買われてほしくない。職人さんだけで買い取り、ずっと小さくなり、わざわざ工房がある田舎まで出かけなければ買うことができないというような「不便な会社」になってはくれないだろうか。
注文したら1年も2年も待たなければならない、というようになってくれればさらに嬉しい。そうすれば、「注文する愉しみ」「待つ喜び」「届いた時の悦び」「使う愉しみ」と、感動が何倍にも広がる。
厳しい経済環境だからと言って、目先の数字ばかりを追わず、お客にとって何が大切なのかを真剣に感じる努力を怠らなければ、おのずと未来は開けてくるはずだ。
【プロフィール】
神谷 秀樹(みたに・ひでき)
ロバーツ・ミタニLLC創業者兼マネージング・ディレクター
1953年東京都生まれ。小学校時代をタイで過ごし、75年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、住友銀行入行。ブラジル・ミナス・ジェライス連邦大学留学を経て、84年ゴールドマン・サックス証券に移籍。
92年に日本人では初めて米国で投資銀行の「ミタニ&カンパニー・インク」を設立、95年に「ロバーツ・ミタニLLC」に社名変更。米国在住。著書に『ニューヨーク流 たった5人の「大きな会社」』『さらば、強欲資本主義』(いずれも亜紀書房)、『強欲資本主義 ウォール街の自爆』(文春新書)がある。
これまでに大阪府海外アドバイザー、フランス国立ポンゼショセ大学国際経営大学院客員教授などを兼務。
(引用終わり)
日経ビジネスオンライン (2009.02.02)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090121/183297/?P=2#author_profile_tag
米国の「レノックス」、英国「ウォーターフォード・ウェッジウッド」と、ここ最近、老舗ブランドが相次いで破綻した。
ここ最近の不況を考えると、これも仕方がないのかもしれない。だが両ブランドとも愛用しているだけに、この先の両社の行く末が心配でしょうがない。
「レノックス」はクリスマス専用のお皿とティーカップのセットを20年ほど前に揃えた。毎年我が家のクリスマスの食事はいつもこの皿に盛られる。一方の「ウェッジウッド」も同じ頃に、フォーマルな食器を揃えた。
ロンドンの店で注文し、届くのに9カ月くらいかかった。これだけ時間がかかったのは「注文生産」だったからだが、店でそれを聞いた時に「なるほど」と思ったのを今でも覚えている。
高級ブランドの破綻にはパターンがある
ロバーツ・ミタニの仕事としてブランド企業のアドバイスをしているので、どうしたらこのような老舗の価値を高められるのか、または破綻させないのかという経営問題について長年、考えてきた。筆者なりに分かったことは、破綻の理由には、いくつかの決まったパターンがあることだ。
第1は「売れるから」と言って拡大経営に走ることである。拡大すれば、質が追いつかなくなり評判が落ちる。
設備投資、運転資金が大きく張る一方、業績は景気に大きく左右されるようになる。公開した企業、ファンドに買われた会社にはこうした道をたどるところが多い。
東京の銀座や青山などに大きな店を出した欧州ブランドなどにも、今後こうしたことが起きるケースは増えるだろう。
日本の高級ブランド市場の売り上げ規模は、かつて全世界の40%も占めていたのに、最近では10%までに縮小している。
ストラディバリウスも、おでん屋さんも同じ
これに対して業容を拡大しない「家業」の老舗はまず潰れない。私がよく例に出すのは弦楽器のストラディバリウスだ。
バイオリンが有名だが、チェロとなると1年に3台しか作れないそうである。
彼らの商品は、高価で売れる。売れ残りの心配など全くないと言っていい。だからと言って、彼らが「作れば確実に高価で売れる」と言って、年に30台、300台と生産するようになったら、先行きは暗いものになるだろう。現在の質を維持できるとは思えないからだ。
これは高級ブランドに限らない。よく例に出すのが、おでん屋さんだ。屋台1台で営業するおでん屋さんも、絶対に潰れない。「あそこのおでん屋はおいしい」と評判が立ち始めたからと言って、借金していくつも店を持ち始めれば、いつかは味が落ち、せっかくの評判もガタ落ちになってしまう危険が高まる。屋台1台であれば、顧客はすべて常連。現金商売で毎日必ず儲かる。
老舗の経営は、近代経営論に馴染まない
経営者や株主が、自分たちのブランドの価値がどこから生まれているのかを見失う場合も、先行きは暗い。
そうした経営者や株主が支配するブランドは、販売拡大もしくは経費削減に走り、商品価値を生んでいる技術をないがしろにする傾向にあるからだ。
例えば生産を外注する。大事な職員の人件費を削り、時には派遣社員など流動性の高い職員に切り替え、「巧みの技」の継承が断たれる。社員を大事にできないが故に、社員が「おもてなしの心」を失う。
合理化のためには平気で顧客の期待を裏切る。
老舗の経営とはもとより近代経営論は馴染まず、一見無駄に見えることをたくさんしなければいけないものと心得るべきであろう。これもまた、老舗とは「質」で勝負するもので、「数字」で勝負するものではないということを語っている。
「ブティック型投資銀行」のロバーツ・ミタニも、老舗の経営と同じで近代経営論とは一線を画す経営をしてきた。
17年前に創立して以来、「数字を追いかける」ことをしていない。当社には、売上目標はなく、社員にも「いくら稼ぎなさい」というノルマを課していない。
経営者である私が、数字に追いかけられるのが嫌になり、他人に雇われることをやめて「自分で自分を雇う」ことにしたのだから、ある意味で当然の経営スタイルだ。では数字でなく、何を見ているのか。
質を見れば、数字はついてくる
私が見ているのは、社員がそれぞれ顧客に対して提供している仕事の「質」だけである。質というと抽象的なので、もう少し具体的に言えば、当社しか提供できないサービスを、社員は生み出しているのかを見ている。
生み出していれば、当社が望む手数料を顧客から頂くことができ、それは結果として売り上げの伸びにつながる。
これまで幸いなことに、売り上げは順調に伸びてきた。この「実験」の結果、「高級ブランドなどいわゆるブティックの経営は、質だけ見てればよい」と自信を持って言えるようになった。
さて冒頭に挙げた、「レノックス」や「ウォーターフォード・ウェッジウッド」は、今後どのようになるのだろうか。
できればファンドなんぞには、買われてほしくない。職人さんだけで買い取り、ずっと小さくなり、わざわざ工房がある田舎まで出かけなければ買うことができないというような「不便な会社」になってはくれないだろうか。
注文したら1年も2年も待たなければならない、というようになってくれればさらに嬉しい。そうすれば、「注文する愉しみ」「待つ喜び」「届いた時の悦び」「使う愉しみ」と、感動が何倍にも広がる。
厳しい経済環境だからと言って、目先の数字ばかりを追わず、お客にとって何が大切なのかを真剣に感じる努力を怠らなければ、おのずと未来は開けてくるはずだ。
【プロフィール】
神谷 秀樹(みたに・ひでき)
ロバーツ・ミタニLLC創業者兼マネージング・ディレクター
1953年東京都生まれ。小学校時代をタイで過ごし、75年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、住友銀行入行。ブラジル・ミナス・ジェライス連邦大学留学を経て、84年ゴールドマン・サックス証券に移籍。
92年に日本人では初めて米国で投資銀行の「ミタニ&カンパニー・インク」を設立、95年に「ロバーツ・ミタニLLC」に社名変更。米国在住。著書に『ニューヨーク流 たった5人の「大きな会社」』『さらば、強欲資本主義』(いずれも亜紀書房)、『強欲資本主義 ウォール街の自爆』(文春新書)がある。
これまでに大阪府海外アドバイザー、フランス国立ポンゼショセ大学国際経営大学院客員教授などを兼務。
(引用終わり)