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羽毛田宮内庁長官を「少し」応援する

 中国の習近平副主席が異例のスケジュール調整で天皇と会見するに至った問題について、羽毛田宮内庁長官が、鳩山内閣の対応を批判した。これに対して小沢民主党幹事長は、「どうしても批判したいなら、宮内庁長官の職を辞任してから意見を言え」と会見で怒りを露わにした。どちらが、正しいのか。

 この問題は、論点をいくつかの問題に分解して検討する必要がある。
(1)まず、政府が異例のスケジューリングで中国の要人と天皇との会見を要請したことが「天皇の政治利用であり、不適切」なのかどうか。
(2)次に、天皇の会見に関する「一ヶ月前ルール」の効力と正当性。
(3)そして、官僚が政府を批判する意見を述べていいかどうか。

(1)端的に言って、天皇の行為は基本的にすべて国のためであり、どう言い繕っても「政治的」な要素を含むものだ。そして、これが内閣によってコントロールされるべきだという小沢氏の意見は正しい。
 「政治利用だからダメ」ということではなく、どのような政治利用が適切あるいは不適切なのかを論じるべきだ。その意味では、小沢氏は、たとえば、日本にとって中国がいかに大切なのかを主張すればよかった。
 他方、宮内庁長官が「どの国も平等に扱うという建前」を強調するのは、やや越権的であったかもしれない。宮内庁にとっての専門性は主として天皇の健康管理等の問題のはずだ。他国と中国の扱いをどうするかは、政府の外交方針だ。
 天皇の関わる行為については、最終的には政府が決めることになるし、政府が方針を決めたら、宮内庁はこれに従う必要がある。
 ただし、天皇に関わる問題でもあり、宮内庁長官が、今回の中国に対する対応は異例だということを指摘することが「悪い」というべきかどうかは難しい(→論点3)。

(2)「30日ルール」だが、これは小沢氏が言うように法律で決まっているわけではない単なる慣行だ。政府の方針が優先されるべきだという意見に一定の説得力はある。ただし、こうした慣行があることを国民は知るべきだし、今回例外があったことを知ってまずいということはない。
 一方、この慣行の主な理由は天皇陛下の健康問題だから、この背景について宮内庁が注意を喚起することは悪くない。「内密にやるべきだ」という意見もあろうが、国民が天皇に関する事情を知って悪いということはない。
 最終的に内閣が方針を決める問題であることは動かないが、その方針の善し悪しについては、国民にも十分な判断材料がある方がいい。事情を知らなければ、国民は次の選挙で正しい審判を下す材料がない。必要な情報を与えずに選挙をやって、「国民に信認された政治家」のごとくに振る舞うのは、悪質な詐欺だ。
 小沢氏が「国民に知らしむべからず」と言いたいなら、それは不適当だ。

(3)官僚が政府の方針に関して意見を述べていいかどうかという問題は難しいが、官僚が政府の決定に従うべきだという前提を守った上であれば、専門的な見識を持った立場から意見を言うのが悪いということはあるまい。
 今回も羽毛田長官が意見を言わなかったら、国民は、天皇陛下の周りで何が起こっていて、中国の要人がどう扱われているかが分からなかったかも知れない。
 批判的な意見は辞任してから言え、というのは、恐怖政治につながりかねない暴論だ。
 小沢氏も政治家なら、自分の方針を国民に対して堂々と訴えればいい。彼のいうところの「役人」を個人攻撃すべき場合ではない。官僚の発言を封じるために人事的な圧力をかける、というのは、政治家として無能だし、人間として卑怯だろう。

 幾らか古い(昔の日本の会社にあったような)組織人の論理で考えるなら、あるいは、羽毛田宮内庁長官は「今回の会見を認めるなら、私を解任してからにしてくれ」と鳩山首相に食い下がって天皇陛下を守り、求められれば黙って辞任するが筋だということなのかも知れない。しかし、端的に言って、これは古い。より効果があると思えば、メディアを使って主張を訴えるということがあってもいい。
 公務員なら、政府の命令には従う。しかし、同時に意見を言うことがあってもいい。
 会社員でも同様だ。そんな骨のある人物は滅多にいないだろうが、反社会的な行為(たとえば「偽装請負」)を行っている会社の役職員が、自分の仕事は組織人としてこなしながら、他方で、自社の悪行をメディアを通じて批判することがあってもいい。
 会社は(正確には経営者ないしはその取り巻きの茶坊主が)、就業規則で社の批判(あるいは内情の暴露)を禁止して、会社を批判する社員を処分しようとする場合が多いだろう。しかし、この場合に、悪いのが会社の方だとしたら、この種の就業規則を認めることは、「世間」の立場としては得策でない。
 同様に、「政治主導」を旗印に官僚の「意見」まで封じようとする小沢流を認めることも国民としては得策でないように思う。言うのが、政治家だろうが、官僚だろうが、一国民だろうが、意見は意見だ。言わせてみればいい。
 仮に、今回の羽毛田長官のようなケースを処分の対象にすると、官僚は政府を批判できなくなる。現政権では政府は完全に与党に指導されるので(あたかも中国政府と共産党の関係のように)、ただでさえ官僚は与党を批判しにくい。従って、官僚の持っている情報が国民に伝わりにくい。これは、国民にとっての損失が大きいのではないか。

 今回の宮内庁長官の批判は、小沢氏の「痛いところ」を突いたのかも知れない。巷間言われているように、議員多数を引率して中国を訪れた「小沢学校修学旅行」と今回の問題が関連しているのかもしれない。
 そうでなければ、小沢氏があんなに怒った理由が分からない。
 彼が冷静であれば「それは内閣で対処する問題です」とでも言って、別の人間(鳩山首相か平野官房長官)を使って、羽毛田氏に圧力を掛ける方が効果的だった。あの程度の話で本性を露わにすると、権力者としては値打ちが下がる。

 私は、今回の羽毛田氏の発言の内容には賛成しないが、発言したこと自体は断然支持したいし、今回、大権力者である小沢氏をうまくからかったことに関しては面白かったと思う。この程度のことがあってもいいではないか。
 ただし、今後の彼は処遇は、小沢氏の権力構造がどのようなものになりつつあるのかを見極める上で大いに注目したい。
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