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「天下り」をどうするか?

 参議院選挙の投票日を次の日曜日に控えて、ここのところ「産経新聞」が、大いに怒っているので、毎日読んでみたくなる。一昨日から「何たる選挙戦」という特集を一面トップに掲げて、年金と政治家の醜聞に話題が埋め尽くされて、憲法改正その他の産経的に重要な国家の大計に争点が向かないことを嘆いている。ちなみに、今日、7月25日の朝刊の見出しは、「醜聞・年金だけの争点は恥だ」となっている。
 もっとも、年金をここまで争点化した原因は安倍首相及びその周辺の対応の拙さにあったし、醜聞に至っては、農相の選任だけを見ても、松岡氏の次に赤城氏なのだから、「恥」を生産しているのは、安倍政権だ。「首相に任命責任あり」と言うと立場の違いで賛否が分かれそうだが、「人事下手」で、つまるところ「マネジメント能力がない」という点に関しては、自民党の政策を支持する人々の間にも、異論はなかろう。この点、産経新聞としては、安倍政権に怒りと批判を向けるべきなのだが、産経的な「美しい国」の主唱者でもある安倍氏を、選挙前に叩くわけにも行かないのだろう。明らかにやり場の無い怒りをもてあましている感じなので、朝、新聞6紙を手に取ると、つい「産経新聞」から見てしまう。「誰を利する『国家』なき迷走」と見出しを掲げた一昨日の論調も、北朝鮮・中国にどんなメッセージを送ることになるかも考えて投票すべきだという、身もだえするような苦しい論旨展開だった。

 前置きが長くなったが、産経新聞に注目した。昨日の社説に、「官僚はそこまで偉いのか」と題して、政府の有識者懇談会が行った公式ヒアリングに、出席を求められた中央官庁(今回は、財務、厚生労働、国土交通、農林水産の4省。順次他省庁に拡げる予定)の事務次官OB7人全員が欠席した問題への批判が述べられていた。曰く、「官僚の傲慢ぶりも、ここに極まったというほかない」。激烈な批判である。
 確かに、公式ヒアリングの場に、先輩を出すわけには行かない、という官庁側の非協力的な姿勢に問題はあろう。しかし、この件に関しては、公開のヒアリングの場に、事務次官OBを呼び出して、天下りの「美味しい生活」の実態を、天下に晒そうというのだから、官僚のトップである事務次官経験者の強者達といえども、出席者には、少々気の毒な感じがする。私は、官僚の天下りに対して、かなり強く批判的な方だが、今回の段取りに関しては、ニュースを見たときに(ニュースリーダーでネットの記事を見ていて見つけたのが最初だ)、ちょっと大人げないと思った。
 第一、ほんの数人のケースを、本人の脚色付きのコメントで聞いて、天下りの実態が把握できるものとも思えない。そもそも、キャリア官僚の退官者は、名前も分かっていれば、その多くは退職後の履歴が掴める人達であり、もう少し広い範囲の調査をすることが難しいとは思えない。自民党がその気になれば、党のスタッフでも、十分調査可能ではないだろうか(自民党でなくとも、「赤旗」を擁する共産党でも可能だろう)。もちろん、内閣府のスタッフその他の、官僚に適切に指示して、ある程度のデータを集めることも出来るだろう。
 但し、政治家の直下のスタッフ官僚の多くは、本籍地とも言うべき何らかの省の出身者だ。一時の大臣サマよりも、将来の自分を喰わせてくれる人事に関わる出身省の利害に対してより敏感なのは仕方のないことだ。しかし、彼らは、首相をはじめとする大臣の命令に背くことは出来ないわけだから、要は、適切に指示できるかどうか、という政治家側の力量が問われる。
 有識者懇談会の事務次官OBへのヒアリングは、情報の集め方として上策ではなさそうだし、政治的なショーとしても、出来が悪いと思う。

 さて、官僚の天下りについては、どうすればいいのだろうか。
 大まかに二つの選択肢があると思うのだが、何れの選択肢を採る場合でも、人事制度全体について、できるだけ同時に、かつ分かりやすい形で、調整することが重要だ。
 
 選択肢その1は、禁止すべき天下りの範囲を拡げて、形式的に厳しく取り締まる方法だ。私が、かつて、たとえば金融庁に10年勤めたら、銀行や証券会社など金融庁の監督下の民間会社には10年は勤めることが出来ない、といった、監督官庁から被監督企業への人材の動きを、事実上封じてしまうべきだ、何度か書いてきた。金融機関に長年勤めてみた実感として、監督官庁と、被監督企業の間の癒着や不公正な取引を封じるには、少なくと「下り」の方向の人の流れを断ち切るしかないと思ったからだ。たとえば、直接の業界担当者の天下りではなくても、他の担当者が手心を加える代わりに、別の人物の面倒を見てやって欲しい、といった取引は十分可能だ。大企業にとっては、官僚時代の最高給(年収2千5百万円くらいか)と秘書と車と個室で、年間5-6千万円掛かっても、十分にペイする取引である。もちろん、こうした大飯喰らいの大キャリア様以外にも、いろいろなレベルで、コストとベネフィットが折り合う天下りの受入が存在する筈だ。
 一方、天下りをこのように広範囲に禁止する場合、優秀な仕事をした官僚の報酬を高くすることが可能な仕組みが必要だと思う。官僚をクビにも出来るし、外から自由に人材を雇うことも出来、且つ、報酬に関しては青天井(億を超える年収でも全く構わない)が可能な使い方が出来ると、必要で優秀な民間の人材を短期間に使うことが可能になる。こうしたウォールストリート流とでもいうべき人事と組み合わせて、「今年の仕事には、今年報いる」形で報酬を十分払うなら、官民の癒着禁止のために、天下りは実質的に無意味になるレベルまで規制しても構わないと思う。
 但し、こうした制度を有効に運用するためには、政治家と幹部クラスの官僚とが、個々のスタッフの業績を十分把握して、個々人に合った仕事のさせ方と、報酬の契約を結ぶような、高度なマネジメントが要求される。これは、現在の政治家や官僚には難しそうだ。また、民間企業への再就職を厳しく制限することが、個人の自由の過度な制限にならないかという点と、官民の人材交流を一方向に制限することで、結局、柔軟な人使いが出来なくなることのデメリットについてどう考えるか、といった点に課題がある。
 企業への再就職禁止期間を現行の2年から5年に拡大し、特殊法人からの天下りも規制する民主党案は、「結局、天下りを止めないと、実質的に不正を無くすことはできない」と考える点で、この選択肢に近い。ただ、官僚個人にとってのメリットが、早期退職勧奨の慣行を禁止して、官僚の職と生涯賃金を確保させるだけだから、これは有能な官僚にとっていかにも魅力に乏しいのではなかろうか。また、官僚をクビにも出来ず定年まで抱え、人の動きが少なくなるのだから民間から有能な人材を雇いにくいという意味でも、官庁の人事の停滞と戦力低下を招きそうに思える。

 選択肢その2は、民間への再就職の規制を無くする代わりに、あらゆる意味での官民の癒着的不正行為に厳罰を設定し、かつ、官庁による民間会社への再就職あっせん行為を全面的に禁止することだ。この場合には、官民の人事交流が積極的であることのメリットをむしろ活かしたいと考えている。アメリカ的な「回転ドア」を実現する代わりに、不正に厳罰をあたえようとする仕組みだ。
 たとえば、政権党が変わったのに、幹部の官僚が変えられないというのでは、企業で言うなら、買収先の企業のマネジャーの人事を動かすことが出来ないくらいの不自由である。そもそも、政治家だけの政権交代で、世の中を変えることからして、困難だ。官僚が、情報と手続きを握っていて、且つ公務員の身分保証があって解雇・交代されない現行の仕組みでは、選挙で落ちるとただの人になる政治家よりも、官僚の方が、強い影響力を持つことが出来ている。
 この点、小泉前首相は、自分が情報と手続きに対する理解を持っていないことを理解していたから、国民の支持を持っていても、改革を叫ぶ一方で、政策の細部は官僚に丸投げしたし、官僚の人事制度には殆ど手を突っ込まなかった。彼は、自分が、政局に強いだけの「バカ殿」だという自らの限界を本能的に知っていたのだろうと思う(安倍さんは、多分、自分についてもっと無知なのだろう・・・)。
 但し、選択肢その2のような方向性で、果たして、官民の癒着をどの程度有効に止めることができるのかという点には、正直なところ、自信が持てない。

 ただ、そもそも、天下りの弊害は、官と民の癒着や不正な取引にあるわけだから、これ自体に罰則を設定しないことがおかしい(定義は難しかろうが、ケースを積み重ねて少しずつ定義の完成度を上げていけばいいし、明らかに「悪い!」ケースに対しては、厳罰でいい)。
 また、考えてみるに、官庁による就職の「あっせん」という行為の存在自体がおかしい。退職した民間人は、職探しにはハローワークに行くのが標準なのだから、官庁によるあっせん行為は、疑わしい行為レベルまで(たとえば官庁から企業にOBの再就職を依頼するような行為)、厳罰(官僚側は、最低限、懲戒免職)で規制するべきではないだろうか。特に、いわゆる「渡り」と呼ばれる二度目以降の再就職への官庁の協力は、そもそも特定の民間人に対して、官庁が便宜を図ることなのだから、現時点でも、違法だと解釈できるのではないだろうか。
 このように考えると、現在、与党が実現しようとしている奇妙な人材バンクも、おおっぴらにあっせん行為を行おうということだから、現在の、官庁が個々にこそこそとあっせんする形よりはマシであるが(この点は、公務員の人事に手を突っ込もうとした勇気と共に、少しはプラスに評価して上げたい)、よく考えると、おかしいのではないか。
 
 二つの選択肢を並べて眺めると、選択肢2の方向性は、その先に選択肢1的な厳しい規制を行うかどうかという決定以前に、取り入れてもいいことなのではないかと思われる。
 世の中には、「罪を憎んで、人を憎まず」という言葉もある。先ず、罪(=官民癒着)を徹底的に憎むところから手を付けて、且つ、官庁によるOBの再就職あっせん行為を厳重に禁止し、それでも足りなければ、形式的な天下り規制も厳しいものにしていく、というような手順でいいのではないか、というのが、本日のところの、暫定的な結論だ(自信はないが・・・)。
 ただ、天下りとは幾らか別問題だが、不出来な官僚をクビに出来るシステムと、有能な民間人を不利感無く公務員に登用できる仕組み、加えて、成果主義的な人事制度は、官僚の有効なマネジメントのために必要であるように思う。
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