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将棋名人戦問題で考えたこと

私は将棋ファンとはいえ、目下、それほど熱心なファンではないので、将棋の名人戦問題について、詳しい事情を知らない。とはいえ、将棋がどうなるのかは、気になる問題なので、今の時点で思っていることを述べてみる。

先ず、交渉の経緯だが、将棋連盟が朝日新聞社との合意を頼りに、毎日新聞社に対して、いきなり解約通告を突きつけて、しかも、これが世の中にオープンになってしまったことは、ビジネス常識的に考えて、将棋連盟側に落ち度があったと思う。仮に、毎日新聞社から名人戦がなくなるとしても、毎日新聞社は、別のタイトル戦としてやはり伝統のある王将戦を主催する重要取引先であるし、もちろん、これまでの大スポンサーに対して失礼でもあった。

但し、今回感心したのは、この問題に対する毎日新聞社の「大人の対応」で、結果的には、将棋連盟はこれに救われたように思う。

8月1日の棋士総会の前の時点で、毎日新聞社、朝日新聞社がそれぞれ提示した条件は次のようなものだと報じられている(朝日新聞社のサイトによる)。
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 毎日新聞社は単独主催の継続に合わせ、(1)名人戦は7年契約とし、将棋振興金3000万円を毎年支払う(2)名人戦契約金は第66期は現行より100万円増の年3億3500万円とし、その後は毎年協議する(3)スポーツニッポン新聞社と共催の王将戦は継続する(4)全日本都市対抗将棋大会(事業規模2800万円)を創設する――と提案した。

 一方、朝日新聞社は非公式な内容として3月17日付で、(1)名人戦契約金は年3億5500万円で5年契約とする(2)将棋普及協力金として年1億5000万円を5年間支払う(3)朝日オープン将棋選手権にかえ、年4000万円の契約金の棋戦を5年間実施する――との条件を示していた。
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朝日新聞社側の金額を全て足し合わせても、年間5億4千5百万円。名人戦(予選としての順位戦を含む)、朝日オープンの全棋士参加規模の二つの棋戦の棋譜を売ってこれだけの収入(「大魔神」が「大暇人」になった年の佐々木投手の最後の年俸がこれくらいだったか)にしかならない、というのは、何とも厳しい現実だ。棋士総会の総投票数が191票だったから、先の数字を仮に200で割ると、一人年間272万円であり、他にも棋戦はあるが、この二棋戦の収入では、「年収300万円時代」にも及ばない(しかも羽生も森内も含めた「平均」でだ)。

毎日新聞社側の提案との比較は王将戦の契約金額が分からないので何ともいえない。また、それぞれの場合に、名人戦を契約しない方の新聞社と金額が幾らのどんな内容の契約になるかが分からないと、経済的な側面の、厳密な比較は出来ない。

棋士総会の決定は、毎日新聞と単独契約することに対して、賛成が90票、反対が101票で、将棋連盟は、朝日・毎日共催の可能性も含めて、先ずは朝日新聞社と交渉することになった。僅差ではあったが、羽生三冠、森内名人、渡辺竜王など、タイトルホルダーが毎日乗りの中で、朝日派が勝った展開は意外であった。

明確に態度を表明した羽生はさすがにひとかどの人物だと感心したが、その他の棋士が、発言しにくそうにしている様子は心配だ。考えてみると、将棋の棋士は、傾いた中小企業に勤めながらも、転職できないサラリーマン(しかも厳しい成果主義に晒されている)のようなものだ。

たとえば、毎週届く「週刊文春」には先崎八段の連載コラムがあるが、彼のような「言いたいことを言いそうな若手社員」が、絶好のネタであるこの問題に沈黙して、日常のつまらない話(敢えて言う)を書いている様子を見ると、将棋の世界の重苦しさが伝わってきて、胸が締め付けられるような感じがする。

それにしても、たぶん総額1億円くらい経済的に良さそうな朝日案に、何故タイトルホルダー達は反対したのだろうか。交渉の経緯や礼儀といった問題もあるのだろうが、朝日案の「将棋普及協力金、1億5千万円」というのがどうも胡散臭い。

棋戦としての名人戦のやりとりなら、名人戦の契約金・賞金とすればよさそうなものだが、普及協力金として将棋連盟にお金が入るなら、これは、将棋に勝ったトーナメント・プロが賞金を獲得するのではなく、たぶん将棋連盟の幹部の裁量で分配することができるお金の原資に回ることになる。そう考えると、タイトルを争うような棋士にとっては「強い者が稼ぐ」という原則に反するように思えるだろうし、逆に、タイトル争いに絡めない必然的に経済的弱者の棋士にとっては、なかなか魅力的な仕組みということになる。国連の一国一票のように、タイトルホルダーも力の落ちたフリークラス棋士も同じ一票で票決すると、こういう結果が出ても不思議ではない。なんだか夢の無い話だが、経済的推測としては、現実的だ。

毎日新聞社は、共催に応じるだろうか? 一将棋ファンとして思うに、朝日新聞にも名人戦・順位戦の棋譜が載るということなら、毎日新聞に魅力はない。かつて一時期だけだが、私は、日経+朝日の組み合わせに代えて、日経+毎日を取っていた時代がある。もちろん、目当ては名人戦・順位戦の棋譜(だけ)だった。たぶん、毎日新聞社は共催に応じないだろう、と推測する。

それにしても、名人戦・順位戦という将棋界最高レベルのコンテンツの価値が年間たかだか5億円程度という現実には愕然とする。しかも、現在主なスポンサーである、紙ベースの新聞の将来が大いに危うい。このままでは、有望な天才少年が、もうプロ棋士を目指してくれなくなるかも知れない。

将棋自体は、ルールが単純で且つ奥が深いゲームだし、「見せ物」としてのスリルも十分だ。これを理解している人口も多いし、今後の高齢化時代にもマッチしている。将棋をもっと有効に売るビジネスモデルを、羽生世代にまだ活力があるうちに(つまり数年以内に)作っていかないと勿体ないし、将来が心配だ。

(1)ネットに対応したビジネスモデルの確立、(2)TV番組としての見せ方・作り方の改造(もっとエンタメ寄り、或いは視聴者参加型など。コンピューターとトップ・プロの対決など、「脳力ブーム」でもあり、視聴率が取れそうだ)、(3)「将棋道場」のてこ入れ策、(4)国際普及(駒の改造や、外国人の天才の発掘・養成なども必要)、(5)PC携帯などのゲームビジネスへの関与、といった多くの経営課題がありそうだ。

将棋のプロではなく、経営のプロによる経営が必要な時だろう。
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