親心、子心

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(長文)って書くのが意味無いように思えてきた。

2005年11月16日 22時22分33秒 | 過去~徒然から~
いつも題名に、(長文)ってついてるんだもん…。
まあ、2000字を超えたら(長文)ということにしているんですけど、(携帯だと5ページを数えることになるんです)2000字以内は数えるほどなんですよね…。
3000字以内なら結構あるんだけどな~。
携帯で見ている方、どれくらいまで許せるか、コメントをお願いします。m(_ _)m

んで、今日三つ目の更新は、「古代史」についてです。
短文でおもしろくできるようがんばるぞ~!!

そして、いつものごとく、なぜ「古代史」に興味を持ったのかというと、一つの事件があったんです。私的な…。
「歴史」カテゴリーがあるのに、「古代史」だけを別にするのは異様ですよね?
でも、私にとって、区別するだけの理由がちゃんとあるんです。

私にとって「古代史」を研究することは、

『アイデンティティを確立する手段』

…なんです。

もっと簡単に言えば、『大人の階段』登ってる感じですかね。


…なんでそんなことになったのかというと、時は大学の卒業まで遡ります。

私が大学の卒業式にでる前日、バイトに行っていたんですよ、塾講師の。そこは私が中学時代行っていた塾で、塾長にも教えてもらっていたんですよ。

んで、仕事は夜までかかっていたんですが、その後、塾長にお祝いをしてもらっていたんです。
…といっても雑談のようなものだったんですが。
その中で話していた一つに、「邪馬台国はどこにあるか」とかが含まれていたわけです。

…が、それだけじゃあ、事件になりません。

その時、一緒にいた方がいて、塾長の友人なんですが、三人で話していたわけです。
塾長達は飲んでいて、結構グデグデだったんですが、日をまたいで卒業式の日になった後、私の卒業研究の話になったんです。

私「ビタミンE(に近いもの)に抗酸化作用をさらに付け足す研究をしていました」
友人「ああ、それ知ってる、何年か前にはやったよね…」

…そういって、いわゆる健康食品としてのビタミンEのことを色々話してくれたんですが、その後…、

塾長「おまえな~、大学で何研究してたんだよ。」
私「…」
塾長「こんな、『その辺のおっさん』にべらべらしゃべれるようなことを研究してたんだぜ」

…名誉のために言うわけじゃないですが、私は基本的に『教育学部』です。
もちろん、研究は「新しいことを見つける」ためにやっていたわけですが、でもそれは、私にとって二の次だったんです。

研究室の教授には申し訳ないんですが、有機化学の『合成』を通して得られたものを「如何に教育に活かすか」って事ばっか考えてました。
だから、正直聞き流そうと思えばいくらでもできたんです。でも…。


塾長「お前、卒業式だって言うけどさ、『何から』卒業するんだよ」


…応えましたね、この言葉。

別に自分っていう人間が嫌いなわけじゃないし、どうしょもない人間だとも思ってもいなかったから気にしていなかったんですが、これを言われた時に自分が考えてたことって「誰かから聞いたこと」が多くって、

『自分で考えたことは無いんじゃないか』

…あるいは人から聞いた意見を使うことで、「自分が考えたことじゃないから」と、どっかで、

『逃げ道を作ってきた』

…ような感じがしたんですよね。

まあ、その日が「卒業式の日」だった事、これから「社会人になる」って事もあったのは確かだと思いますが…。

それからです。与えられたものでなく『自分』で色々調べて、自分で『説を考える』ことをし始めたのは。

…だから、私としては単なる「歴史」とは切り離さないといけないんですよね。

『古代史』という範囲は色々な意見が考え出されている範囲であって、正直あいまいでもあるわけです。確かにそれは逃げ道になりうるんでしょうが、同時に、「誰かと意見を戦わせる場」でもあるわけです。

もう社会人なわけですから、自分で自分を律し、逃げている自分を必死で追いやって、色々勉強し、自説を作って行きたいわけです。

そこには何か、『自分の人生を作っていく過程』に似たものがある気がしませんか?


…だから、これからも私は、日本の『古代史』にこだわって行き(生き)たいと思っているわけなんです…。

(よかった、2000字以内に抑えられた。後はおもしろい文章だったか、だな…。涙)

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