無知の知

ほたるぶくろの日記

ちょっとした発見

2011-02-05 18:50:09 | 生命科学

直観という不思議な脳の働きはじつに興味深いものです。理化学研究所では将棋の羽生善治名人などに協力して頂いて、プロ棋士の「直観」における脳活動の研究をおこない、2月1日付けのサイエンスに論文を発表しました。プロにおいては脳の深部にある、古い脳、大脳基底核の尾状核といわれる部位の活発な活動が観察されたということで注目されています。この部分はピアニストがピアノを弾くときのいわゆる「手が憶えている」という状態を司る部位です。判断や思考に関係するとは考えられていませんでした。このことは「直観」は訓練によって高められる、という仮説につながっていきます。この世で沢山の出来事を経験する=訓練することによって、様々の直観を高めることができるのかもしれません。あるいは知らず知らずのうちに高めているのかもしれません。私ももう少し、自分の直観を信頼し動いていけるといいのかな、と思いました。

ところで、脳つながりで少し書いておきたいことがあります。先日『奇跡の脳』(ジル・ボルト・テイラー 著 竹内薫 訳 新潮社)を読みました。著者は神経解剖学者であり、1996年、37歳のときに脳卒中を患いました。その後8年かけてリハビリをし、奇跡的な復活を成し遂げた方です。脳卒中を起こしたときの様々な現象を細部まで説明されており、非常に興味深い本です。彼女の脳血管には先天的な奇形があり(まれなことです)、その部分から左脳に出血し、大きな血腫はある程度の左脳の神経細胞を死なせてしまいました。右半身の麻痺、そして文字の認識、言語の理解、発語ができない状態になってしまったのでした。そしてその状態から少しずつリハビリを行い、8年かかってほぼ普通の生活が送れるようになり、2006年上記の本を上梓しました。日本語に訳され出版されたのは2009年です。当初から話題になっていましたが、やっと最近手にしました。

まず、脳の可塑性の素晴らしさに感動しました。多くの脳卒中を患っていらっしゃる方、そのご家族にはとても心強い記述だと思います。また、二つの言語中枢の連携部が傷害されることによって起こる様々のことが具体的に語られており、興味深いです。左脳が機能しなくなって一体彼女はどのように世界を認識するようになったのか?大変な状況にもかかわらず、心は静かで幸福感に包まれたとあります。「自己」を周りの世界から切り離す感覚がなくなり、自分の境界が分からなくなったそうです。世界と自分が融合している感じであったと。それを彼女は涅槃(ニルヴァーナ)と表現しています。約二週間後、左脳を圧迫していた血腫を取り除くことで言語はかなり回復しましたが、数字を操るニューロンは残念ながら失われていたようでした。足し算ができるようになるまでに4年。4年半で引き算とかけ算。割り算は5年経ってやっと分かるようになったとあります。新しいニューロンが一から数の概念を学んでいったようです。素晴らしいことです。大人になってもニューロンは教育可能なのです!(当たり前ではありますが。。。再認識)

もう一つ、わたしがこの本で見つけた重要なメッセージは「言語野を中心とする物語を作る脳の機能を制御する」ということです。これはグルジェフのいう覚醒ということにつながってくるのではないかと思います。ジルは左脳の二つの言語野をつなぐ部分に傷害をうけたため、しばらく言葉のない期間を過ごしました。頭の中のおしゃべりがなくなり、静かな落ち着いた日々だったようです。そして手術後、少しずつ左脳の機能が回復するにつれ、言葉と論理性が戻ってくると同時に、様々な情動(どちらかといえばマイナスの)を伴った「物語」も蘇ってきたようです。これを言語能力とともにすべて受け入れなくてはいけないのか?と彼女は自問自答しました。そしてそれは言語能力とは関係なく、制御可能な思考ループに過ぎないということに気がついたのでした。つまり自分の脳が作り出した「物語」が反復再生され、それに思考が支配されていたということに気がついたのです。ちょっと本から引用してみます。

「左脳が真実だと信じこんで作る物語には、冗長な傾向も見られました。まるで反響しているかのように、心にくりかえしこだまする、思考パターンのループができてしまうのです。ふつう、こういう思考のループは頭の中に「はびこって」しまいます。そしてわたしたちは知らず知らずのうちに、最悪の事態ばかり考えるようになります。
 残念なことに、社会は子供たちに「心の庭を注意深く手入れする」必要をちゃんと教えません。」P176

そしてさらに「15章 自分で手綱を握る」 において

「わたしは、反応能力を、「感覚系を通って入ってくるあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力」と定義します。自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在しますが、このプログラムの一つが誘発されて、化学物質が体内に満ちわたり、そして血流からその物質の痕跡が消えるまで、すべてが90秒以内に終わります。
 たとえば怒りの反応は、自発的に誘発されるプログラム。ひとたび怒りが誘発されると、脳から放出された化学物質がからだに満ち、生理的な反応が引き起こされます。最初の誘発から90秒以内に、怒りの科学的な成分は血液中からなくなり、自動的な反応は終わります。もし90秒が過ぎてもまだ怒りが続いているとしたら、それはその回路が機能し続けるようにわたしが選択をしたからです。瞬間、瞬間に、神経回路につなげるか、それとも、現在の瞬間に戻って、つかの間の生理機能としてその反応を消散させるかのどちらかの選択をしているんです。」P178
「自動回路が行っている選択に注意を払うことによって、自分で手綱を握り、意識的な選択を増やすことができます。長期的に、自分の人生全般に責任を負うのです。」P179

これは「90秒ルール」として最近ときどき紹介されます。あらゆる情動は「90秒待つこと」でひと段落するはずなのです。それをやり過ごし、そこからどのようにするのかは自分の意志が決めることだということです。

「静観する姿勢」は具体的にいえば「90秒待って、どうしたいのかを静かに考える」ということだと思います。わたしは最近、癖になっている思考ループが押し寄せてくるのを一歩引いて眺めてみる、ことからはじめています。例えば、破壊的で悪意に満ちた思念がやって来るような事態に遭遇したとき、わたしはいつも通りカッとします。そして怒りが収まるまで90秒待って、いつもの悪意に満ちた「物語」が脳に響き渡るのを抑え、どうしたいのかを思い浮かべるのです。そうすると、実はとても平和的で建設的な結末を望んでいることに気づきました。一度それに気づきますと、もう怒りが続かなくなるのです!ごく自然に冷静になり、それ以上何も起こらなかったのでした。これはとても意識的に行わないとだめだな、と当初は思っていたのですが、どうやらそうでもなさそうな気がしています。これは現在進行形のことですから、またしばらくしたらどうなったかご報告したいと思います。乞うご期待。


5 Comments

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あ~なんて素晴らしい(≧∇≦) (かんなかな)
2011-02-05 20:54:08
ほたるぶくろさんの書いてくださることがとても響いてきます。
いつもありがとうと感謝しかないです。わたしも読んでみたい(^w^)
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かんなかなさん (ほたるぶくろ)
2011-02-06 09:51:20
なかなか感動的な本なのですが、ちょっと右脳の機能を賞賛し過ぎて怪しい方向(つまり見えない世界への)に行きかけている部分もあるのです。手放しで推薦できないのが残念!でもそこさえ気をつければ、素晴らしく示唆に富んだ本だと思います。
機会がありましたらぜひ読んでみてくださいね ^^
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なるほど(^_^)v (かんなかな)
2011-02-06 10:25:34
了解です!
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ほお~~~ (miffy)
2011-02-07 13:32:38
私も大変興味深く読ませていただきました。

やはり”脳”とはまだまだ未知の分野なのでしょうね。だって 小宇宙 ですもんね。笑

”怪しい方向”(笑)を省いて紹介頂いて
ありがとうございます!!
いつもながら 勉強になります。_(._.)_
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miffyさん (ほたるぶくろ)
2011-02-07 22:25:59
脳はまだまだ未知です。そして多分完全には理解できないのではないかと思います。でもなるべくよく知って、この世のこの身体を上手に使っていけたらいいな~と思います。

>”怪しい方向”(笑)を省いて紹介頂いて
^^v
手術前、左脳がまだ機能していなくて、右脳が主体であったとき人々とのエネルギーのやり取りが分かった、と書かれておりまして。。病室に入ってくる方でエネルギーを与えてくれる方、と心配そうな顔をして、さかんに気遣ってくれているのにエネルギーを吸い取っていかれる方がいた、とも。ちょっとおもしろいですよね。でもそこから発展して、○○キのことに触れていたりするのです。気持ちは分かるのですが。。。
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