山根たけとの「山猫日記」

山猫日記にようこそ! 「日本共産党吹田市議会議員:山根たけと」のブログです。
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こども達の命の重み

2011-08-27 17:32:09 | ニュース
もう2年程前に京橋の認可外保育所「ラッコランド」で起こった
乳児死亡事故の初公判を傍聴しました。事件詳細はこちら↓
認可外保育施設で乳児うつぶせ死、行政を提訴へ 両親「大阪市にも監督責任」2011.5.17産経新聞

裁判後には報告集会が行われました。
棚橋裁判
今回の裁判では、営業側もさることながら大阪市の監督責任も争点の一つです。
訴状への大阪市の答弁は、非常に不誠実であることに怒りが湧き上がります。
3か月も時間があったにもかかわらず回答文書はわずか4行ほど。
・大阪市に対する請求(損害)は認めない(棄却する)。
・訴訟費用は自分たちで(原告側)払え。
・大阪市の主張はおいおい認否、主張していく。
というような簡単なもの。頭からこの事件に対する責任を否定し、
まともに考えようともしない態度。こどもの命をなんだと思っているのでしょうか。
過去、同会社エンジェルハートが経営していた系列の認可外保育所で
死亡事故を起こしていたにも関わらず、まともな指導もせず放置していた行政の責任は重い。
棚橋さん夫婦が勇気を出して訴訟に踏み切らなければ今でも事業を続けていたはずです。
ぞっとします。
当時保育をしていた2人の職員は行方がわからないなど何もかもがむちゃくちゃ、無責任です。

2001年からの小泉構造改革の規制緩和、財政削減により認可・無認可問わず保育園での
死亡事故が激増。そして民主党もその流れを引き継ぎ最大の公的責任放棄法案、
「こども子育て新システム」を実施しようとしています。
待機児対策などを理由に行われてきた改革と称する規制緩和によって増えたのは、
死亡事故と待機児です。絶対にこの保育改革は間違っています。
政府や地方自治体、行政は子ども達の成長と発達・命に責任を持つのはあたりまえです。

棚橋さん(母)の法廷での訴えが胸に響きます。
「苦しみと悲しみを少しでも和らげてほしい、そして二度とこのような不幸な事件が起こらないようにしてほしい。」
この思いを行政はしっかりと受け止めなければなりません。
私も、しっかりと受け止め棚橋さん夫妻を支援しながら、
子どもたちの未来のために運動し、行政に働きかけて行く決意を新たにしています。

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龍馬脱藩の道②

2011-08-24 11:32:34 | 未分類
奥さんの里、高知県梼原町の続きです。
さて、子ども達は遊びに興じている間、私は少しでも勉強をと思い
梼原町のエネルギー政策の視察へ。
庁舎は地場産業の木材を使用した造りになっており、環境に配慮し
管理された森林を活用し、資源の循環利用も狙いの一つになっています。
梼原⑧
庁舎内
梼原⑦
そして、庁舎屋上は太陽光発電のパネルが設置されています。
エネルギー政策の目玉は何と言っても風力発電!
梼原⑩
風車はデンマーク製、1基1億5千万円ほど、現在2基四国カルストの山頂に設置されています。
四国電力と売買契約を結び、年間2500万円ほどの売り上げだそうです。
その他にも水力発電等にも取り組み売電収益は、CO2排出削減設備の普及や
住宅用太陽光発電設置への助成などに充てられています。
将来的には、新エネルギーの自給自足を目指しているとのこと、かなり先進的です。
龍馬脱藩の折、この梼原を通り斬新で革新的な影響を残していったとされる町。
梼原⑨
吉村虎太郎、那須信吾、掛橋和泉などの多くの志士を輩出したこの町には、
今でもその気風が脈々と受け継がれているようです。

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龍馬脱藩の道

2011-08-19 18:26:57 | 未分類
お盆に奥さんの母方の実家に里帰りしました。
場所は、高知県高岡郡梼原町。この町は知る人ぞ知る
「龍馬脱藩の道」と「自然エネルギー」で知られているのです。
四万十川上流の山深い町です。
梼原
集まった子ども達は、川遊び、昔懐かし?スイカわりに興じ
梼原②
梼原④
梼原③
大人は(私含む)畑で採れたきゅうりの漬物で一杯[emoji:v-307]
梼原⑪
そして町の一大イベントのお祭り!
よさこい踊りあり!
梼原⑤
花火あり!!
梼原⑥

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長崎の日にいつも思い出すこと

2011-08-09 16:27:12 | ニュース
「焼き場に立つ少年」
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目撃者の眼  報道写真家 ジョー・オダネル
[朝日新聞創刊120周年記念写真展より抜粋]
1999年現在76歳になるジョー・オダネル氏は、アメリカ軍の
報道写真家として第2次世界大戦後の日本を撮った。

佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺め
ていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りまし
た。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をし
ていました。荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の
中に次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。お
んぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は
当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の
様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼
き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも
裸足です。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目
を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠
っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひも
を解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んで
いる事に初めて気付いたのです。男達は幼子の手と足を持
つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえま
した。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な
夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を
赤く照らしました。その時です、炎を食い入るように見つめる
少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年が
あまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、
ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が
静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を
去っていきました。(インタビュー・上田勢子)


原爆投下直後に長崎に入り記録を撮影をしたジョー・オダネル。
軍には秘密で原爆の惨状を撮影したが、被爆者の記憶に悩まされ、また国内の非難を恐れ
屋根裏部屋のトランクにネガを封印した。しかし、少年の瞳が忘れられず43年の時をへて
公開。原爆投下を正しかったと信じるアメリカ国内の非難をあびながらも、原爆の恐ろしさを
知らせるために公開活動や講演活動を続けます。
奇しくも、2007年8月9日原爆が投下された日、自身も投下直後に長崎に訪れたことが
原因とみられるがんの発症により85歳の生涯を閉じることになりました。
私は、いつも8月になるとこの写真を思い出します。
そして、もし自分のこども達がという思いと、
写真を重ね合わせ胸が締め付けられるように傷むのです。
みなさん、核兵器をそして戦争を地球上からなくすために、共に手を取り合いましょう。

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個人質問!(お久しぶりです)

2011-08-04 19:19:07 | ニュース
ほんとうにお久しぶりです。
今日、議会にて質問をおこないました。
個人質問
原稿を作っているので読み上げるだけなのですが、やっぱり緊張しました[emoji:v-356]
個人質問①
自分なりに井上市長の維新改革のおかしさを突きながら、
地域のみなさんから寄せられている声を質問に反映できたのではと思います。

○貨物専用道路周辺地域の環境対策について
・建設される遮音壁の問題
・協定等に基づく環境対策・事後監視体制

○商店街の活性化について
・活性化具体策
・市の関わり

○子育て、またそれに関わる施策の充実について
・不妊治療助成の創設
・保育所の整備、老朽化保育園の早期の耐震化・建替え・改修

以上が主な質問内容です。詳しくは、ニュースなどでお知らせ・掲載します。
他の同期の新人議員のみなさんも結構質問されていました。
吹田市民にとって本当に良い市政とは何か、これが問われています。
明日5日、10時からは同期の上垣議員が質問します。お時間ある方は是非!!

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