今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

防災に「安全」は禁句なのに

2016年04月18日 | 防災・安全

私の過去の記事「大地震に季節傾向はあるか」(2012年3月10日)は、今回の地震以前からそれなりに読まれていた。
この記事は、日本の過去1300年余の地震記録から、M7以上の大地震の季節傾向の有無を検証したものだが、
そのデータから、逆に過去に大地震の記録がない県の1つに熊本を入れ、「これらの県は長い目て見て安全といえる」と記してしまった。
もちろんその直後に「ただしM7未満の震源にはなっているし、
考古学・地質学レベルでの大地震の痕跡はあったかもしれない」と注釈はつけたが。

熊本地震の後、あらためてこの記事を見直してまずいと思った。
防災士たる者が「安全」宣言のような言辞を弄してしまったのは迂闊だったと(この記事の中で熊本は除外する旨を追加した)。

当時のこの記事を防災の根拠にした熊本県の方がいなかったことを今更ながら祈るのみ。

なぜ、防災にかかわる側が「安全」宣言をしてはならないか。
それは防災をすべき側に「安心」を与えてしまうから。 

”安全”という客観的基準は、怠る事なく追究すべき極限値である(100%は到達できない)。

ところが、”安心”という心理はいとも簡単に、たいした根拠もなく人々の心に入り込む。

防災とは、完全には実現困難な「安全」と、いとも簡単に達成され、安全から遠のいてしまう「安心」との永遠の戦いなのだ。
だから、責任をもって防災に携わる者は「安全・安心」という両者を安直に並列したスローガンを使うことはない。

防災に携わる者は、人々の”安全”を少しでも高めるために、むしろその動機づけとなる”不安・恐怖”を煽るのが仕事であって、
不安・恐怖の対極の心理である”安全”は決して宣言してはならない。 

防災にうるさい者は煙たがられるものだが、目的は人に好かれることではないから、人を喜ばせるような言辞は謹みたい。


熊本→大分→阿蘇と地震が続くと

2016年04月18日 | 防災・安全

熊本で始まった今回の地震群は、大分に飛び火した。
両者は中央構造線で結ばれていると思われるので(間が火山体に覆われているので確証無し) 、中央構造線に沿ってさらなる東進(四国へ)を一旦は危惧したが、

17日には熊本と大分でシーソーゲームのように交互に地震が続いている状態になって、専門家を困惑させている(まるで片方のストレス発散が、他方のストレスになってしまう関係みたい)。
ただ、熊本の方は主役が日奈久断層から北隣りの布田川断層の方に移動した感がある(後日追加:その後また活動主体が日奈久断層に移っている)。
すなわち震度7を出した14日の地震が日奈久断層で、M7.3の16日の地震は布田川断層による。
前震と本震というのは時系列上の区別であり、実際には別の断層の地震なのだ。

一方、大分は大分平野-湯布院断層あたりを右往左往している。

だが時たま震源が両者の中間、すなわち熊本の宇土半島の付け根と大分の国東半島の南の付け根(別府湾)とを結んだ線上の「阿蘇地方」になる。

といっても阿蘇山のカルデラ内ではなく、外輪山の北側だ。
といってもそれで安心はできない。
そこは阿蘇とは別の火山でより標高が高く、火山として若い九重山(大分県内)に近いから。
つまり阿蘇より若くて容積が充実している活火山の周囲で地震が頻発しはじめていることになる。

地震とは地殻の破壊現象であり、それが線状につながった時、九州は地下で真っ二つにされたことになる。 

そもそも九州を大分から熊本に斜めに横断する断層群は、九州を南北に延ばす力によって発生しているという。
地下がひらくのでマグマが噴出しやすくなる。
由布岳、九重連山、阿蘇カルデラはその線上の火山だ(そして別府、湯布院、長湯、黒川と日本第1級の温泉地帯を形成)。

線上の断層活動が火山を連続的に誘導する例に、本州ど真ん中のフォッサマグナがある。
大地溝帯上に、北から焼山※、妙高※、美ヶ原・霧ヶ峰、八ヶ岳※、茅ヶ岳、富士※の火山帯が形成されている(※が活火山。ただし八ヶ岳は北横岳のみ該当)。
前の記事の締めのセリフを今一度。
日本の国土は断層活動と火山噴火で形成されてきたのだ。 

※追記
4/21から、九重山塊での地震が始まった(23日現在まで5回)。私は阿蘇よりこちらが気になる。