■山南ノート(3)☆☆☆演劇航海日誌

劇団夢桟敷♂山南純平の演劇ノートです。2008年は劇団創立30周年。海は荒れているか!面舵一杯。

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CM撮影/タレント。

2008年10月06日 | EVENT
 医療食関連のCM撮影の日。朝から阿蘇熊本空港近くのテクノリサーチパークへ出かけた。座長(夢現)とふたりである。
 野外での撮影は太陽の日差しのタイミングを計っておこなわれる。曇り空の場合はタイミングを待つことも仕事である。普通、長引けばだらける。が、プロ集団の集中力は凄い。・・・私たちの撮影に入ったとたん、大量のトンボが発生した。それを追い払うためにスタッフたちが殺虫剤とホウキで悪戦苦闘。それを見ていて気合が入った。スタッフの苦労がわかる。一体化した。
 
 今回は福岡から3人のタレントさんが呼ばれていたが、交通費や時間のことを考えると「地元熊本で揃わないものか。」と貧乏症な考えがよぎった。熊本にも劇団、タレント事務所、モデル事務所などもある。所属している人数だけでも何百人かはいる筈。
 もちろん、CM制作会社は呼びかけてはいたが、平日の朝からほぼ一日中かかる仕事としては参加する者がいなかったらしい。・・・待てよ。これってビジネスチャンスではないだろうか。劇団として方針を打ち出してみるか。営業である。
 
 相変わらず、若者たちは東京や大阪、大都会に出てタレントとして一旗上げようとしている者たちが多い。気持ちはわかる。だが、<熊本の演劇人>としてはオススメはしない。ええじゃないか!熊本。
 大都会での競争率は何万分の1である。。だが、熊本は絶対的に確立が高い。おまけに商業的に売れなくても舞台で活躍できる場は保障されている。それが劇団というもの。

 出て行こうとする者たちへ。夢桟敷へ入団しろ。ここにもチャンスは転がっているのである。・・・昔に比べれば劇団の容量が大きくなったものだ。
 
 アングラ演劇!いよいよ、タレント志向を巻き込む。 
 この雄たけびは届くであろう。
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ことば+からだ

2008年10月02日 | 稽古の日
 次回公演11月末「夢の下張り~梅川事件'79」の台本は未だあがっていないが、稽古は進行中!

 書き過ぎてしまっている。・・・書き終わると原稿用紙にして250枚は超えた。半分以下に整理中です。
 目標は1時間強の芝居にしたい。・・・だらだらと流れる「台詞の時代」にうんざりしている。ことばがインパクトを衰退してしまうことがある。
 自分で書いていて、言葉と言葉が対立する。これは身体(からだ)の拒否反応があるからだ。言葉と身体の敵対関係が現れているのだ。
 時間を忘れて書いていたからだと思う。今、夜中にしか書く時間がない。これが肉体年齢を加速している。

 これまでに私は演劇を「芸術」だと実感したことはない。自称芸術家たちを茶化す立場にいた。文学や美術と違うところを求め続けている。身体だ。
 演劇は劇作家や演出家の自己主張<私小説>の場ではない。私がそういう立場にいるから大きな声で言う。役者だ。音楽や美術、衣装などの周辺の力が加わって総合となる。夢桟敷の特徴は・・・演劇は役者が表現する。
 スタッフは全力投球してくる。役者・俳優はバッターなのである。

 夢桟敷の劇団員たちは生理的に理解してくれているのだが・・・同時進行で進めている劇団笠戸丸はどうだろうか。海を渡る劇だ。この温度差に頭が痛い。

 とりわけ、私の肉体・身体は言うことを聞いてくれない。こころとからだのバランスは崩れている。・・・台本を書き終えるまで【+】(ぷらす)と【-】(マイナス)のかけ引きが続く。
 損得を考える卑屈な作家ではある。もっと稽古で「私はバカになりたい。」
 これが演劇のパラダイス。
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【犯罪劇7】

2008年10月01日 | 企画制作:05-08
 ■死の一瞬。

 私は死んだことがないので「死の一瞬」を認識することはできない。
 これを認識できるのは死んだ人間のみ。いや、認識というよりも体験なのだろう。恐ろしいことに、この体験は一生に一度。一度、体験してしまうと後には戻れない。「死」から生き返ることはできないからだ。生きているうちに「死の一瞬」を体験できた者は「死に損ない」ばかり。
 事故・大病からの生還、自殺に失敗、そして犯罪に巻き込まれた時の恐怖。
 
 犯人が射殺された。・・・この一瞬をドラマの起爆剤にしようと思っている。
 何も思う暇はない。その瞬間、恐怖はあったのだろうか。  

 劇ではこの「死の一瞬」が大事なテーマである。「一瞬」とは・・・一秒未満の時間を設定している。
 ここに想像力を働かせてみる。
 するとどうだ。無限に時間が広がっていく。・・・生きている人間が「死の一瞬」を想像する時、ここには虚構としての時間が広がり続ける。
 
 その虚構としての時間を役者の身体が作り出していく劇になる。

 <脚本と演出>はそのための<テキストと実験>であり、ここに新しい仕掛けを準備した。これは、本番まで内緒。
 役者体とは、考える以上に大事なことがある。
 よく言われることだが、役者は登場人物という他人になれる、ということ。果たしてそうだろうか。
 舞台で本当に死ぬことはできない。そこまで要求したら、演劇は成立しなくなる。他人になるとは・・・。
 私は「自分の中にある他人」を見つけ出すことが役者の仕事だと思っている。
 テキストはあってもマニュアルはない。
 役者稼業、だからやりがいのある職業だと思う。
 小劇場は役者としての職業化を実現できるのだろうか。私は、これまでの劇団員たちをみてきて、幾度となくその希望をみてきた。

 「死の一瞬」は裏返せば「生きる!」ことも舞台では貼り付ける。これが現実ではできない虚構である。観客はリセットを楽しむことができるか。ここに大きな謎が残る劇にしたい。
 30年前の事件をモチーフとしながら、現在を表現しようと思う。

 ■居場所

 今でも「私は生きる希望がない。」と通り魔殺人、放火殺人へと他者を巻き込みながら事件は繰り返している。
 言い換えれば、「居場所のない人々による」反乱=個人テロである。
 居場所がない。・・・家族、地域、会社、学校、大なり小なり「団体や組織」と「個人」が関わりながら市民社会は成り立っている。
 ところが、この関係が見失われると(つまり、疎外です。)、個人と社会=組織体が敵対関係になっていまう。

 30年前の旗揚げ公演の際には、梅川事件を「国家と個人」の妄想的な敵対関係として劇を作ろう!と発想した。
 今は・・・「国家から家族」に視点が変わった。
 劇では比喩として「家族」を扱う。
 今、どうもおかしなことになってしまった。「家族」の眼からみれば、市民社会の末期現象が見えてくるのである。
 しかし、劇は「伝えるもの」でも「わかりやすく事件を解説するもの」でもない。何度も言い続けるだろうが、「感じるもの」だ。感じる心がある内は、劇は成立する。
 ここが、演劇を「メデァ」と捉えるか「表現」と捉えるかの違い。
 
 感じて動き出す力がある。感動することができる世界。それが演劇の力である。
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身体の研究

2008年09月30日 | はぐれ雲
 劇団笠戸丸の仕事:am9.30 ポルトガル語翻訳の件で今田さんと会う。咲希、村上と。
 pm1:00-3:00 4月公演「ボクノフルサト。」DVDビデオ鑑賞。時間の流れ方が悪かったことに気づく。元気は一杯!構成と演出の方向性は見えてきた。
 pm5:00-企画書整理、・・・ほとんど笠戸丸の仕事で時間を費やす。 
 ☆ ☆ ☆ 
 調子は悪いが、今、身体の時代だと思う。
 ☆
 「健康」という名に【?】。健康や安心、安全に【病気】を感じる。健康病に犯されているのではないだろうか。
 ☆
 小劇場に於いても感じることがアル。とても気持ち悪い。違和感を感じる。<言葉>と<身体>が遊離する。詰まるところ、劇は【身体】である。
 時間をかけて仕事の合間に「身体の研究」します。
 ☆ 
 尚、「小劇場30年史」出版はブラジル公演2009.2以降になります。ということは、旗揚げ30年企画公演は第2弾あり!ということ。 
 思えば「小劇場」は「身体」の歴史であった。
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先着三名様募集!

2008年09月29日 | はぐれ雲
 こんなことは言いたくないが、とにかく忙しい。 と言ってしまえばストレスはいくらか解消する。・・・イヤイヤ、次回公演の台本が仕上がらない言い逃れか。頭の中では、これまでにない最高(これで死んでも悔いがのこらない。)の舞台になっているのだが、文章化できない。こうなれば象形文字で表すか!
 【朗報】
 熊本県から劇団笠戸丸ブラジル公演の助成金が要望額の満額を了承してもらう。
 【凶報】
 足のふくろはぎがツル。パソコンに向かっていると目の前に白い点が無数に這い出てくる幻覚に襲われる。気付くと眠っているのか、意識不明になっていたのか、・・・心と体に変調を感じる日々。

 台本が上がったら、一回休もう。阿蘇の温泉だね。楽しい目標ができた。
 【日帰り温泉ツアー】
 同行者募集!!男女年齢問わず。先着3名様限定。南阿蘇アーデンホテル「どんどこ湯」。期日(月)(火)のいずれか昼間~夜にかけて。但し、要運転免許。帰りはじゃんけんにて負けた方=運転手。その方は風呂上りの生ビールが飲めない。
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和太鼓「ドンドコドン」

2008年09月28日 | 稽古の日
 昨日(27日)の稽古の際、ゆかちゃん(大牟田市から通っている劇団員)が和太鼓を持ってきてくれた。彼女のお母さんが車を運転して妹も一緒に!!感謝。(それにしても妹はゆかちゃんソックリ!イリュージョン。)
 この太鼓は劇団笠戸丸で使う予定。早速、今日の稽古で田中幸太が叩いた。本番では太鼓に竹のパーカッションが加わる。バンブーである。日本式・アジア式の音を目指しているが、実際はどうなることやらわからない。来週の笠戸丸の稽古で実験的にやってみよう!和太鼓については、いずれレッスンを受ける予定。
 和太鼓「ドンドコドン」を叩きながらの基礎トレーニングで、笠戸丸メンバーのアクションなどを点検する。一味違った劇になりそうである。

 笠戸丸のブラジル公演について・・・稽古後、夜の12時過ぎまで制作会議となる。
 明日(29日)からは現段階の決まりごとなどを関係者に報告することとする。時間がかかっていますが、出来る限り正確な情報を発信します。
 
 尚、ブラジル公演は強行突破の勢いはあります。30周年「夢の下張り~」公演との同時進行も強行突破の様相。ドンドコドン!・・・突撃の音。
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家族一景

2008年09月26日 | はぐれ雲
 深夜、冬馬が東京から帰って来た。久しぶりに家族5人が揃う。
 子どもたちが高校生になった頃から家族5人が揃うことはなくなっていた。理由は夜のバイトをそれぞれがやっており、それぞれの生活パターンが合わなくなっていたからである。・・・家が狭いこともあって、冬馬は学校の研究室に泊まることも多々あった。一緒に生活していても家族5人が同時に顔を合わせることも少なくなっていた。要するに、「家」は寝床の役割だったのである。
 今更、5人揃ってみるとそれぞれの生き方が見えてきたものだと思う。
 前回公演した「疫病流行記」のビデオを見ながら、作曲にも関わった冬馬が「劇の世界がまともだ。」と笑って言っていた。味をシメタ人間にしか言えない感想である。
 根底でつながっている。
 日本的な考えではあるが、劇団も家族的になってきた。いずれはバラバラになっていくのだろうなぁ。
 今夜は秋の気配。窓を閉めて寝る。
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スイッチ《ONとOFF》

2008年09月25日 | 稽古の日
 脳疲労か。・・・山ほど溜まっている書類作り、原稿などを思うだけで夜も眠れない。テキパキ片付ければ良いものを!・・・これができない。
 はい、今日はこれでオシマイ。とケジメをつけられれば良いのだが、やっていることはエンドレスである。それが自由業の不自由なところ。
 
 明日から質ではなく量で生きてみよう。 
 量と言っても<時間の長さ>にケジメをつけよう。 
 朝9時にスイッチON!夜9時にスイッチOFF!
 自分で決めた。
 スイッチは時計。腕時計をはめることにする。
 ■
 今日の稽古。
 村上ー幸太ー咲希と私の四人のみ。・・・制作会議となる。
 終了後、本田浩隆君(第2期メンバー)がやって来た。むむむむむっ、もしや次回公演に出演するかも?前回の「疫病~」ではゲストのつもりだったが、今度、出るとなると・・・もう劇団復帰となる!むむむむむっ、近い将来、フラワーデザインによる舞台製作が実現するかも。彼はその特技を持っているのである。わくわくしてきた。
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【犯罪劇6】

2008年09月24日 | 企画制作:05-08
 劇団夢桟敷 第50回公演
「夢の下張り~梅川事件'79」
 作 演出◎山南純平
  ☆
【旗揚げ30年】
 劇団夢桟敷は、1979年6月に東京で結成され、その年の11月~12月、東京―熊本で「四畳半夢の下張り~梅川の死のような微笑み」でこの小劇場界へデビューしました。
 当時の劇団名は「劇団ブラックホール」と名乗っていました。
 犯罪劇でスタートした理由は劇的世界を日常の裏側に求めたからです。恐怖と狂気を劇的世界に転がすこと。若かったのです。
 あれから、30年たちました。
 今も劇団員たちは若くて新鮮な集団で構成されています。

「梅川事件」
 1979年1月26日。三菱銀行大阪北畠支店での人質立てこもり事件。銀行員3名と警察官1名が犯人=梅川により射殺された。
 事件後の調べで梅川が「ソドムの市」(マルキドサド原作)の映画に影響されたことが、後の家宅捜索で判明した。マスコミはここに注目し一斉報道する。
 事件発生から42時間後に特殊部隊の一斉射撃により梅川は射殺され幕を閉じた。

【時】11月26日(水)夜8時開場開演
27日(木)夜8時開場開演
28日(金)夜8時開場開演

 注)11月29日(土)は旗揚げ30年パーティーあり。
   会場、時間のお問い合わせは劇団まで。

【場】 Jaran Jaran 地下特設劇場

 <地図あり!> 
 
 ■
 「お母さんだよ!あきよし。早く出ておいで。」
 
 「戦争やったら、人を殺すと勲章がもらえるんや。」
  ぼくの叫びが聞こえますか、お母さん。
 
 いきなり弾丸があの男に打ち込まれた。その一瞬!!
 あの男はぼくだ。ぼくは一瞬で死んだのだ。あの男に違いない。
 
 ぼくは閉ざされたシャッターをお母さんに手をひかれてみていた。
 マスコミと警察、野次馬で三菱銀行の前はごったがえしていた。
 タンカーで運ばれるあの男。
 一度、タンカーから転げ落ちた。
 ぼくは頭に痛みを覚えた。
 
 死んでいるにも関わらず痛い。
 だって、ぼくは、もう、死んでしまっているのです。
 ほら、夕焼けが血に染まっているではありませんか!
 ■

【出演】
夢現   あきよしのママ。あるいは「家政婦は見た!」市原悦子。
坂本咲希 制服フェチ女子銀行員。ソドムという名の山本リンダ。 
村上精一 梅川。成り行きで「良い子」にすり変わる「ぼく」。
田中幸太 射撃隊員。パンク系ゴルゴ12。マザコン。
卓草四郎 「電算の鬼」と言われる三菱銀行大阪北畠支店長。
山南純平 覗きの銀行員。耳なし芳一。鏡と小型カメラを常備。
工藤慎平 射撃隊員。パンク系ゴルゴ14。ロリコン。
石崎優香 制服フェチ女子銀行員。ソドムという名の欧陽菲菲。
【スタッフ】
村上精一(演出助手・照明プランニング)/田中幸太(演出助手・音楽プランニング)
坂本冬馬(作曲・編曲)/宮原由香利(宣伝美術)
西岡卓(舞台監督)/向キミ子(衣装)/坂本真里坂本咲希(制作)   他

【料】  一般1800円(当日)1500円(前売)/学生割引1300円(当日)1000円(前売)

   注)会場が狭い為、予約はお早めにお願いします。

【予約・問合せ先】
劇団夢桟敷 〒861-8066 熊本市清水亀井町15-26-102
 tel fax 096-343-0334 /公演当日 090-4581-5190
メール:yumesajiki@ybb.ne.jp
ホームページ:http://www.geocities.jp/yumesajiki/


 以上、荒原稿。写真3枚あり。
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近頃の「変」

2008年09月23日 | はぐれ雲
 チラシのデザインが月曜日(9月22日)にあがりました。
 
 宮原女史(宣伝美術)は天才である。
 これまでは台本を読んでイメージしたことをデザインしていたが、今回は口頭での打ち合わせのみ。ここまで描けるのである。カリスマとしか言いようが無い。だから、「天才!」と言う。
 これにタイトルなどの活字を乗せて完成。

 (余談) 
 うちの関係者で「花嫁募集中!!」の男がいる。・・・残念ながら、彼女(宮原女史)には彼氏がいると言った。
 そこで座長が「花嫁募集中!!」彼の働く場へ、今度5人連れて行く、と言った。
 1(男):5(女)である。品定め???合コンだったら男冥利に尽きる。ライバル無し。
 これはあくまでも(余談)ではあるが、結婚したい女性がいれば劇団夢桟敷まで。詳細はメールにて。

 周辺が色づき始めた。
 宮原女史が入団したのは高校生だった。今はもう大人。
 稽古中に「ここは合コンの場ではない!」と叫ぶ劇団員が現れるだろう。これからの合言葉となる。
 それにしても近い将来は結婚ラッシュになりそう。・・・

 (つづき)
 夢桟敷ではチラシができれば劇のイメージが一人歩きする。衣装が決まれば役者も化ける。音や照明も劇を作り始めます。
 正直、公演が終わって台本は形として出来上がる訳です。ここのところがわかっちゃいない劇作家が増えてきたものだと思います。
 パソコンで簡単に活字が作り出される昨今、劇作家の衰弱ばかりが気にかかります。

 劇団は合コンの場ではありません。
 が、結婚したい人はどうぞ!私は謎の彼の花嫁を探していますよ。
 尚、演劇をやっていれば、美しくカッコ良くなります。例外はあるかもしれませんが、役者俳優は魅力のある者ばかり。
 ちょっともてたからと言って慌てないように!
 相手を間違わないように!  
 
 ■

 連日の徹夜です。
 最近、目やにが出ます。こんなところから腐っていくのか。
 
 チラシ裏の原稿、台本、協賛金お願い、数ヶ月前の公演報告書、2月公演の見積もり。・・・など。
 一人ではお手上げだわい。実は組織的にやっているのですが、要領が悪いのが常日頃。
 お~い、うちに来たらビールがあるよ!と誘っておいて、仕事を押し付けることにしよう。
 庭を見るとジャングルのようになっている。草むしる暇がない。

 「あと600万円!」・・・意味不明の雄たけびを聞け。
 「来年の夏は沖縄公演だ。」・・・唐突はお嫌い?
 確かに脳が変。自覚はある。これでいいのだ。
 鶴屋でいっぷくしたいものだ。・・・深夜の戯言でした。
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【犯罪劇5】

2008年09月22日 | 企画制作:05-08
 「夢の下張り~梅川事件'79」情報

画・宮原由香利
 
  【第50回公演】
  「夢の下張り~梅川事件'79」
  作 演出◎山南純平
  熊本演劇フェスティバル参加作品 
 
 出演:夢現/坂本咲希/村上精一/田中幸太/卓草四郎
    山南純平/工藤慎平/石崎優香 

 【時】11月26日/27日/28日●夜8時開場開演
 【場】 Jaran Jaran 地下特設劇場熊本交通センター裏

 30年前の旗揚げ公演の復刻改訂版になります。
 上演後、右翼青年同盟とちょっと揉めた問題作!
 今回は、犯罪劇をメルヘンとホームドラマで仕立てます。
 劇団夢桟敷の原点です。

 【料】一般1800円(前売1500円)/学生1300円(前売1000円)
   宣伝開始/チケット発売 10月1日より 
 【問】劇団夢桟敷 096-343-0334
http://www.geocities.jp/yumesajiki/
予約メール yumesajiki@ybb.ne.jp

(事件の資料・解説)→ココ(1) 
(事件の映像)→ココ(2) ココ(3)
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米騒動と金融破綻

2008年09月19日 | はぐれ雲
 脳みそ×四分の一が昼夜逆転してしまった。他の脳みそ四分の三は24時間フル回転中。生きていくためだ。・・・だが、脳神経の連携が悪い。このズレが新しい。
 これが数日続くと気が狂うこと間違いなし!ひひひひ・・・誰も気がつかないだろう。私はビョーキです!とは言わない。言うと友人知人が減る。怪しいものだ。
 演劇の稽古で肉体化しようと思っている。痛いのが気持ちいい。後期老齢化に向かって痛みを感じない麻痺する体を作ろう!

 やっと、「熊本演劇便り」(→演劇誌)を書き終えた。原稿締め切りが2週間くらい遅れての提出。
 毎○新聞社へのドキュメンタリー記事も締め切りが遅れつつ待ってもらっています。企画会議に間に合うか。連載なるか?!!金になるか。
 次回公演「夢の下張り~梅川事件'79」(11月公演)の台本も遅れている。劇団員には迷惑な話だ。ごめんなさい。だが、構想は30年がかりなもので遅れても自信あり!寺山劇「疫病流行記」(8月公演)よりも俳優女優が美しくカッコ良く見えますように!
 劇団笠戸丸ブラジル公演のための経済計画(資金集め)にボロボロになって働いています。・・・つまり、不足分の経費については無利子の自己ファンドを作ろう。私は天才かも知れない。これは完全に常識を超えた経済理論。だが、裏はある。地球の裏のことだ。逆手の方法に気付いた。

 【米騒動と金融破綻】
 書こうと思ったがタイトルに反して社会的事象よりも目先に追われているので何も語らず。ちっとも騙した日記だとは思っていない。反省する気持ちが薄らいでいる日々。
 政治や経済よりも演劇が凄い、面白い。こんな世界に生きているのです。

 ・・・(結局)・・・
 【米騒動と米国金融破綻と台風13号と】
 追記です。
 
 米の問題です。つまり、今、話題になっている「事故米転売問題」。
 「美少年」という銘柄の日本酒を飲んでいる。わたしもこの事件に関わっているということ。他人事ではない。立派な被害者だ。
 米国金融破綻で世界恐慌は起こり得るか?今は困る。私は資本主義経済に従属している。今、2000万円くらいお金が必要。資本主義の犬だ。
 台風13号は熊本に影響なかった。おかげで昨夜は問題なく稽古ができた。通過予定の皆さん、外出にご注意を!
 あ、これでタイトルと日記が絡んだ。
   
 ■【付録】熊本便り~「アマチュアリズム」
 
 三年前より日本演出者協会の主催する「演劇大学・熊本」に事務局として関わっている。この地での企画に不安はあった。その理由の一つは、演劇の「アマチュアリズム」に「マイナス志向」を長年感じていたからである。熊本の古くからの演劇人は控えめな方ばかり。出べそが嫌い!という伝統がある。
 地元の演劇人たちのほとんどは働きながら演劇活動をしている。日本全国の小劇場でも同様。そのこと自体はマイナスイメージではない。いぶし銀でさえある。
 敢えて「私たちはアマチュアです。」と口に出してしまうところが曲者。日常の職業や生活環境から市民権を得ている人々が多い。裏返せば演劇に市民権を自らに得ようとする姿勢は表に出ない。プロと言わなくても良いが、堂々と「一に演劇です。」と応える演劇人は少数派になる。はずかしがり屋か。
 熊本では演出者協会の協会員になることに「アマ歓迎!」と言っても尻込みする演出家も多い。ちょっと視界を広げるとプロ・アマの境界線が曖昧になっていることが、現代の演劇事情だと思っている。つまりボーダレスが小劇場の特徴だとも思っている。この現象は「一に演劇」と思って生きている演劇人が社会的に認知されるようになったのも一因。地域演劇も若者の間では時間が遅れて変貌しつつある。若者演劇へ熱を感じることがある。演劇で生きようとする経済観がある。どうすれば演劇で食べていけるか、真剣である。
 それを確実に認識できたのが、演劇大学での他劇団やフリー、一般の人々との交流があった時からだった。
 今年の演劇大学では講座のみならず合宿形式を決行した。四六時中、講師・講座生が向き合った。当然、演劇の現場を持っている劇団員たちの考え方なり日常が見えてくる。とりわけ、若者たちの演劇への生活観・経済感覚を垣間見ることができた。彼らの口からは「アマチュア」は出ない。制作について語る者たちがいた。演劇大学で「一に演劇」を楽しむ成果があった。人生の目的・方法に演劇を選んでいた。
コメント

ブラジル【レポート(2)】

2008年09月11日 | 旅日記
 劇団笠戸丸「ボクノフルサト。」ブラジル公演 下見の旅日記
 with 田中瞳さん(この劇の脚本家)とのふたり旅
 日付を追って「旅日記」のメモを綴ります。公開することに意味不明の部分や間違った固有名詞などを表記する場合もあると思います。その場合は訂正させて頂きます。・・・「山南ノート」での記述は「下書き公開」を前提に記述されたものです。直接関係者にご迷惑がない限り自由に表記させて頂きます。
 
 【8月30日(土)】

 
 9:02熊本発ー10:05羽田着 
 15:30成田発ー15:10アトランタ着 (この時間の後戻りは日付変更線を超えたため)
 20:20アトランタ発
 (注)成田ーアトランタは12時間。しかし、日付変更線を超えた為、アトランタ着が20分過去へ後戻った。それにしても機内禁煙がきつかった。

 【8月31日(日)】

 6:55サンパウロ着
 小山さん(日本ブラジル移住者協会 会長 :写真左)が迎えに来てくれる。“出獄”ではなく出国手続きに手間取り、なんと3時間も待たせてしまった。笑顔で迎えられてホッと一安心。熊本でお会いして4ヶ月ぶりである。その時はブラジルに植樹をする市民活動の講演でいらっしゃっていた。「日本みどりの会」との連携で小山さんたちがブラジルの日系人として活動の輪を広げている。今回のブラジル公演へのきっかけも小山さんたちとの出会いが大きい。
 サンパウロ市東洋人街リベルダージの万里ホテル(ここが拠点となる。)に着くや街のご案内をしてもらう。なんと、最初に口にしたものは「どら焼き」。街では「焼きそば」「かきあげ天ぷら」「寿司」などが溢れかえっていた。赤い鳥居や提灯などが街を彩っていた。
 上の写真二枚(中・右)は「花祭り」(サンパウロから車で2時間弱)に行った際、「笠戸丸」が展示されていた図。ここでも沢山の日系人と会う。飲んで食べた。昼間は30℃を越えていたのに夜になると肌寒い。そうか、ブラジルは今、冬なんだ。

 【9月1日(月)】

 朝からホテル近くの大聖堂に散歩に行く。午前中はこの旅のチケットや行動スケジュールなどでお世話になっているアルファーインテル(旅行会社)にご挨拶する。ここで日本円とブラジル貨幣(レアル)の両替をしてもらう。レートは日によって変動するが、大体、1レアル=70円くらいだと頭で計算するようになる。日本の物価と左程差はない。
 午後からニッケイ新聞社へご挨拶に行く。社長のラウルさん(下の写真左)とも半年ぶりの再会となる。サンパウロでの公演では細かいところ(会場や宣伝、チケットなど)でご迷惑をおかけすることになります。昼食はラウルさんの案内で熊本県人会館近くのレストランへ行く。そこで口にしたものはピラニアのスープ。アマゾンの古代魚と言われる刺身。ブラジルの焼酎pingaなど。昼から酔っ払ってしまった。・・・赤い顔をして熊本県人会館へ。ホールを見せてもらったりコーヒーを頂いたり、何故か熊本に帰ったような錯覚を起こすほど気さくに付き合ってくれる。コーヒーで酔い冷まし後、国際交流基金ブラジル支部へ。ラッキーだったのは支部長さんが会議のために東京へ発つ直前だったこと。実はブラジル公演では国際交流基金と熊本県に助成資金を申請中。帰国後は資金集めのために企業を回ることになっている。

 【9月2日(火)】

 午前中は小山さんの案内でサンパウロ市での公演会場予定である文教ホールを訪問する。明かりの問題や客席から舞台を眺める目の高さに問題を感じつつ、立地条件や公演の意味合いからしてここが良いのであろう。この時点でサンパウロ大学での公演の変更を考える。昼食をニッケイ新聞のビル中庭で頂く。魚のから揚げや味噌汁、日本食である。毎週、このように社員とのコミュニケーションを図る為に昼食会がおこなわれているとのこと。
 夜から上塚周平の日本植民地と知られるプロミッソン市へ向かう。夜行バスで7時間。地下鉄の乗り換えやバスターミナルまでアルファーインテルにお世話になる。考えてみれば、日系の方ばかりとお会いしているので、ほとんど日本語で話している。サンパウロでは英語が通じないと聞いていたが、それも分からないまま時間を過ごしてきた。みんみん(瞳ちゃん)はホテルでも適当にフロントの人と話していたようだが、何語なんだ?

 【9月3日(水)】

 プロミッソン市到着が午前5時。安永ファミリーが迎えに来てくれた。朝早くから恐縮。安永さんの農園自宅で朝食をとる。完全なる日本の朝げ。カセットから流れるBGMは日本の童謡「夕焼け小焼け」など。みんみんは台本を書く上で安永のお父さんから取材しており、すでに家族のように親しんで扱ってくれた。朝食後は移民の父といわれる上塚周平(熊本県城南町出身)の墓参りに行く。劇の舞台でもある移民団の村へやって来たことを、ここで実感する。胸が熱くなる。
 この日の予定ではプロミッソン市の会場下見であったが、劇団メンバーの西岡卓さんや日本演出者協会の和田さんからの推薦もありユバ農場へ行くこととなった。サンパウロでもユバ農場のことを聞く。プロミッソン市から高速道路(マルシャルロンドン道路)で1時間強のところ。一直線に延びる道路。景色はさとうきび畑、白い牛、白い馬の放牧場ばかり。山が見えない。赤い土。・・・途中でブラジル料理レストランに立ち寄る。ここで肉を食べ過ぎてしまい、ブラジル人の強靭な胃袋に脱帽する。この日より3日間くらい肉が食べれなくなった。
 ユバ農場に着くとオバラアキコさん(代表)が劇場を案内してくれる。ここで日本からの劇団1980も公演したそうだ。野外感覚の劇場。手作りである。ここのメンバー、日頃の活動は日中は農作業、夜はダンスなどの稽古をしている。ブラジルでは有名な文化団体である。移住して50年。暑い。日光で鼻の頭を焼けどしてしまった。
 夕方、プロミッソンの安永さんファミリーにて夕食会。完全にpinga依存になる。

 【9月4日(木)】

 朝からプロミッソン市の市長さんを訪問する。市の小ホールを下見する。最近できた大学の学生たちをご招待することで平日の(昼)(夜)公演の2ステージを予定する。
 午後より隣町に出かけバザーを楽しむ。赤い帽子とサングラスを買ったが、被ってみるとイカレタ日本人に見えたので、赤い帽子は似合う人にプレゼントしよう!と思った。このバザーで初めてブラジル語らしき挨拶をしてみた。「ボンジール!ブラジール!カンジール!」反応が寒かった。美しいブラジル女性から「こんにちは」と言われて結局、私は日本語で挨拶する。
 夜、プロミッソンを後にサンパウロへ向かう。夜行バスにて一泊。それにしてもみんみんは良く寝る。狭いバスの座席で男と女が密着しているのである。私は神経がか細い。ここは擬似家族のつもりで不眠の夜を明かすこととなる。

 【9月5日(金)】


 ハードなスケジュールで下見の旅がつづく。今日はピラール ド スールの日本語学校を訪問する。地下鉄に乗った際、若いブラジル青年から席を譲られた。おじいさんと孫の関係にみえたのであろう。サンパウロからバスで2時間弱。切符を買うにもみんみんに頼りっぱなしである。あと一つ。この会場を訪問すれば、ブラジル公演の会場は全部見たことになる。
 南さん(日本語学校の関係者)がバスターミナルまで迎えに来てくれた。プロミッソンとは風景が異なり、山や緑にも変化を感じる。・・・学校へ到着して驚いた。ビールやご馳走を並べて地域の人たちまで集まってくれていた。連日の恐縮である。生徒たちがホールで敬老会のための総練習をしており、私はそこで釘付けとなる。表情がいい。よさこいソーランをみた時は「ブラボー!」と叫んでしまう。すぐに皆と打解ける。みんみんは総練習の後、陸上部のメンバーとグラウンドを走っていた。リレーまで参加したと言う。元気はつらつである。
 夜はジョージマさんの家に泊まらせてもらう。玄関を開けるとプールがあることに驚く。リビングルームから私の寝室に行くのに何度も迷った。・・・私たちのみた日系社会とは富裕層のところばかりにお世話になってきたものだ、と改めて感じる。

 【9月6日(土)】

 ここで秘密をばらそう。実は、皆から「夜の一人歩きは危険。」と言われていた。サンパウロのような大都会では強盗などが多発している。特に日本人観光客が狙われやすい。そう言われると冒険してみたくなる。本当だろうか。私は現金をホテルに置いて、日本の煙草3箱を持って外出してみた。どうということはなかった。私はストリートチュルドレンに煙草を配りに行ったのだった。ニコニコ笑って受け取ってくれた。年配の方からはお礼にと缶ビールをもらった。・・・みんみんはホテルの窓から銃声の音やパトカーのサイレンが聞こえた、と言う。私も聞こえたが爆竹かなんかと侮っていた。実際はどちらが本当かはわかっていない。

 さて、今日の夜は熊本県人会で青年部との交流パーティーをおこなってくれた。ブラジル公演では県民意識が高揚するだろう。年の差を意識せずに私も久しぶりに彼らとはしゃいだ。日本の漫画を翻訳していることや、日本文化の新しい進出も聞くことができた。日系1世、2世、と3世以降の新しい日系人のニュアンスの違いもおぼろげながら理解できたようにも思う。
 ルーツとは何だろうか。劇のテーマである「ボクノフルサト。」ブラジル移民百周年の意味が、今回、ブラジルで公演する必然性を余儀なくされていたのだろう。
 ブラジル滞在も残りわずかとなっていた。

 【9月7日(日)】

 百年前、ブラジル移民が始まった時に笠戸丸が到着したサントス港に行った。小山さんには忙しい中、同行してもらって恐縮するばかりである。残念ながら笠戸丸が着いた14番埠頭に立ち入ることができなかったが、港にある貨物列車のレールや古い倉庫を眺めると、ここは歴史のある国際的な港だとわかる。劇のことを考えると感慨無量になる。と同時に、ブラジルに着いてからの温かく迎えてくれた方々の顔を思い浮かべると、この恩返しはやはり劇でしかない!と気持ちが強くなる。
 熊本の若手寄せ集めのユニット劇団ではあるが、劇や歴史に対する想像力と熱いパワーをブラジルで公演することで実のあるものへつながっていくだろう。
 101年へのスタートである。未来へ向かってブラジルー日本の若者との交流である。
 サントス港から決意も強くなる。

 【9月8日(月)】

 ブラジル最終日。最後の日に移民記念資料館、サンパウロ新聞などへ出かける。サンパウロではニッケイ新聞社のラウルさんや小山さんたちにはアドバイスやご馳走などを頂き感謝しています。熊本ー日本ーブラジル、多くの方々からの支援やご協力がなければブラジル公演は実現しません。
 さて、帰ってから何から手をつけて行こうか。まずは、やりのこした仕事を片付けなければ!そう思ったとたん、気が重くなる。
 夜の飛行機でサンパウロを飛び立つ。
 皆様、来年の2月の再会を楽しみにしております。

 【9月9日(火)】
 アトランタ着

 【9月10日(水)】

 熊本着。
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ブラジル【レポート(1)】

2008年09月10日 | 旅日記
 「旅の終わり」は次の「旅の始まり」である。 
 
 劇団笠戸丸ブラジル公演の下見のため、通称minmin(田中瞳ちゃん、劇団きらら所属)とブラジルまで行って来ました。
 日本からすると地球の裏側です。成田ーアトランタ(米国)経由でサンパウロへ。熊本から一日半以上飛行機に乗って着くところ・・・。
 機内では当然、禁煙!・・・愛煙家の私からすると発狂するのではないかと思っていたが、座席にあるテレビモニターで映画やTVゲームをしながら時間を潰す。
 それにしても椅子に座っているのも至難の業。トイレに行くふりをして何度も通路を徘徊するも、sit down!と注意されてしまう。
 北米大陸を空で横断中(雲がなかったために上空からきれいに見えた。)に「所詮、アメリカも地球の一部」を実感する。まるで、地名の無い地図帳を見ているようだ。
 既に日付変更線は超えていた。つまり、日本時間からすると半日過去へ遡っていたのである。

 アトランタ空港へ着くと、日本に出稼ぎに行っていたという日系ブラジル老人に会った。お土産に香水を買ったと自慢げに見せてくれる。孫の話などを話していた。
 ロビーではアメリカ軍の兵隊が群れを成して歩いている。男女ともプロレスラー並みの体を揺さぶって歩いている。日本の「メタボ」どころではない。歩く格闘家たち。ここにアメリカ帝国世界支配の謎を垣間見る。
 
 機内食は5食。寝て食べる繰り返しである。minminはよく寝れる。最後の日まで寝るべき時間になると眠り姫になっていた。健康な証拠!
 彼女はポルトガル語が喋れないのに、空港内では英語交じりのminmin語で無事にブラジルへ到着する。
 私は彼女の金魚のフンになって連れ立っているようなものだった
 
 サンパウロ空港では日本移住者協会会長の小山さんが迎えに来てくれた。

 【8月31日】・・・サンパウロにて。
   
 サンパウロ市の人口は1500万人。高層ビルが立ち並ぶ。他民族が交じり合って、女性は美人ばかり。この世の極楽である。
 冗談のようだが、この美女たちをみるためにもブラジル公演はやるべきだとも思う。私は目が眩んでいた。絶対にブラジルで公演しよう!!
 
 食べ物の種類も豊富で酒はpinga(さとうきびで作った焼酎)が主。この日よりpingaに依存する。緑のレモン汁と砂糖を混ぜると「この世の快楽」を味わうことができる。酔う快楽である。ブラジル人の陽気さの秘密は大きな太陽とpinga無しでは語れない。
 
 私たちはサンパウロ市内にある東洋人街=リベルダージの万里ホテルを拠点にこれからの活動をすることになった。
 活動とは・・・
 会場の下見である。又、受け入れてくれる方々へのご訪問。
 準備不足で不安ばかりであったが、想像を絶する歓迎振りに腰を抜かしてしまった。

 【以降、連載します。】
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ブラジル公演【下見(3)】

2008年08月30日 | 企画制作:05-08
 それでは皆様、行って来ます。
 9月10日に帰る予定です。

 それまで、さよなら ニッポン!!
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