■山南ノート(3)☆☆☆演劇航海日誌

劇団夢桟敷♂山南純平の演劇ノートです。2008年は劇団創立30周年。海は荒れているか!面舵一杯。

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ブラジル公演【下見(2)】

2008年08月28日 | 企画制作:05-08
 一日中、旅支度とアレコレをしています。「地球の歩き方08-09 ブラジル」を読む時間がない。ま、飛行機の中で学習すれば良いか。機内では酒を飲むか寝るか、贅沢なくらい何もすることがないのだから。ポルトガル語の10ぐらい覚えましょう。地図やアレコレも目を通すことができる。 

 昨夕、久しぶりに劇団笠戸丸メンバーとミーティングをする。pm6-8
 思い返せば、集まった当初はギクシャクしていた。どういう集団になるのだろう、と不安で一杯。だが、今となっては、「ブラジル移民」のことや「演劇」のことで集まっているのだと、自信をもって言える。
 
 その後、ブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」を鑑賞。 pm8-
 日本みどりの会が主催するパーティに田中幸太、minminと私の三人が出席する。鑑賞後、「みなさんも、演劇公演にツアーを組んで一緒に行きませんか!」とご挨拶するも、その映画は「ブラジルの銃社会バイオレンス」。・・・ヤクザ映画で育った私は「暴力」映画も肯定できるが、パーティーでは上品な方ばかり。あまり、映画についての会話はなかったように思うが、「ブラジル移民100周年関係者」とご挨拶ができた。

 いよいよ、明日一日しか準備ができない。協力してくれる方々が広がっています。
 Obrigado! (オブリガード)
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ブラジル公演【下見(1)】

2008年08月27日 | 企画制作:05-08
 一家を あげて 南米へ! 
  
 あと3日!近づいてきました。ブラジルに行って来ます。

 劇団笠戸丸(ブラジル移民百周年記念。熊本のユニット劇団)
 4月熊本公演後、「ブラジルでの公演を!」にお応えして只今計画中です。その計画の下見、準備のために行って来ます。
 今回は8月30日~9月10日まで、この劇を書いた脚本担当の通称minminとのふたり旅になります。
 
 熊本公演の際のあの苦労!・・・思い返せば、一発の公演で終わる筈でしたが、苦労した分、次につながっていくものだと思います。
 何とか実現したい!
 今は情熱だけです。その温度の高さが決定力を持って来ます。
 
 無事に帰って来られたら、お金だ!!2009年2月までハードな仕事がつづきます。

  
 噂によれば、サンパウロ市で日本人観光客が狙われる!と耳にしています。
 もし連れ去られたりしたら、犯人の政治的な背景を理解して、私もその仲間になるかもしれません。・・・金目当てだったら、期待はずれです。
 もしものことがあったら、宜しくお願いします。(注:自己責任と言わないところが、私の特徴です。)
 
 不健康な体で行って健康になって帰って来ることもあります。黒い粉をお土産に運んできます。
 (注:黒い粉■金のなる木)

 つづく
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【犯罪劇4】

2008年08月26日 | 企画制作:05-08
 もうひとつの『梅川事件』

 「虚構を組織化する。」とは、言い換えれば「虚構」を物質化することである。演劇や美術、音楽など「表現」を手段・目的とする分野では、このモノとして表すことが重要なこと。・・・演劇では役者の「肉体」がモノを言うのである。ところ変われば品変わる、ではないが、役者変われば芝居が変わる。
 私は、登場人物たちを誰でも良い、と思って将棋の駒のように扱うのが嫌いである。脚本は肉声や行為、ドラマ作りのきっかけだと思っている。役者は何をやれるのか、何を言い出すのか、それを探すのが演出の仕事である。稽古中が勝負。必ず、脚本の「ことば」では言い表せないものが出てくる。意図的であれ偶然であれ、一番良い形を思い浮かべながら役者とのコミュニケーションを図ろうとする。解釈や議論で解決できない問題が稽古場では出てくる。その時は目の強さ、色で図る。単純なことを言うと、役者として尊厳を持ってやっているかどうかで解決されていく。演出は複数の目で劇のインパクトを送り出していけるように心がけていればよい。役者が直接的に「虚構を組織化する。」

 時間が変われば、見え方が変わる。

 1979年、梅川事件はマスコミ報道で「演劇」として見えたのである。いわゆる、劇場型犯罪の典型だ。報道では犯人=梅川を役者として事件を扱っているようにも見えた。この事件以降、犯人の生い立ちから家庭環境までコメントを入れるようになっていた。あたかも、犯人の物語が見えそうになってくる。事実、彼は脚本家・演出家・出演者としてひとり芝居を打ったようにも思える。他の登場人物たちを監禁することによって巻き込む。そこには脚本家・演出家としての意思が見えてしまう。だから、報道は密室(銀行)を劇場のようにルポしたのだろう。この場合、彼を独裁者としてその他の登場人物たちを「恐怖」の力によって支配することでドラマを生み出そうとしたのだろう。まるで、今の「通り魔殺人」の如くに、無関係な人々を巻き込みながら殺人がおこなわれてしまうように帰結する。無関係を関係付けることによって事件として勃発してしまう。ある意味ではテロリズムである。この犯罪は目標を無差別に定めることによっておこなわれる。
 何故、大阪の三菱銀行北畠支店でなければならないのか。ここに無差別があった。銀行が日常空間にある限り、その日常性の中から舞台を作ったところに銀行の密室化=非日常と化す。

 もう一つの『梅川事件』とは、この密室に対する想像力である。
 それは、「虚構としての現実」を演劇で表現する作業だと考えている。

 演劇のことしか考えていない狭い視野の私からすれば・・・ここに梅川の劇作家・演出家としての独裁があった。マルキド サドの「ソドムの市」を再現しようとしたのである。つまり、「ソドムの市」がテキストとして使われた。よく言われる、悪書?原因(動機)のようにも思われた。ところが・・・。とんでもない因果だと思っていた。犯罪心理学者やワイドショーなどに出てくる善意の評論家さんたちが分析するのを見ていて腹立たしいことがある。今でも言われるが、悪書や人殺しファミコン(ゲーム)、つまり退廃した文化や風俗が犯罪者を作り出す。そうだろうか・・・?疑問符はハテナである。そんな単純なことだとは思わない。「臭い匂いは元かた絶たなきゃダメ。」という歌を思い出す。何処から臭い匂いが発せられているか?である。退廃文化と評されるモノも現象だと思う。それが作家、あるいは商品の生産者だ。想像の世界では人間を支配するが、現実的には根本的な原因にはならない。「破滅の形」を犯罪から学ぶことはできる。

 梅川事件は『破滅』と『恐怖』の幕開けである。
 熊本名物「いきなり団子」ならぬ「いきなり弾丸」である。
 
 ひたすら独裁者としての欲望と「この世の破滅」を夢見たペシミズム、悲観だけが見えてしまう。
 非力や弱さのある人間が独裁者への願望が強い、と言われる。死をもって幕が閉ざされる。

 □

 死の直前に見たであろう梅川の世界とは・・・。それを彼の母が物語る。
 今回の犯罪劇は母と愚かな息子の物語。
 30年目にして犯罪を家庭劇=ホームドラマのように転がしたくなった。
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【犯罪劇3】

2008年08月22日 | 企画制作:05-08
 劇団創立30周年公演 
 「夢の下張り~梅川事件」

 【事件の解説】
~フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2007/06/06 18:24 UTC 版)

 事件発生から42時間後に立てこもっていた梅川昭美(うめかわ あきよし)が警察の特殊部隊に撃たれ死亡。梅川は警官と行員計4人を射殺、女性行員を裸にして盾代わりに並ばせる事もした。
 この時に梅川の狙撃を担当したのが、特殊急襲部隊(SAT)の前身である大阪府警察第二機動隊零(ゼロ)中隊であった。日本の人質事件が犯人射殺という形で解決したのは1970年の瀬戸内シージャック事件、1977年の長崎バスジャック事件とこの事件の3つだけである。
 瀬戸内シージャック事件時は数人いた狙撃手のうち隙を見つけた者が単独で撃つというやり方を取ったが、事件後ある弁護士が狙撃手を殺人罪で告訴した経緯があった。そのためこの三菱銀行人質事件では、数人の狙撃手が一斉射撃することで狙撃手のうち誰の撃った弾が当たったのかわからないようにした。これにより罪状告発に必要な「犯罪者の単独特定」を不可能にし、また狙撃手一人が人を殺めたことで精神的苦痛に捉われることを少しでもなくそうとする配慮がなされていた。
■犯人が人質をとって立てこもった後大阪府警は北畠支店のシャッターに穴をあけて写真を撮影していたがこの写真を解決後毎日新聞が入手しスクープ記事として全国に配信している。

 演劇公演では事件を説明・解説することはしない。限られた空間と時間でもう一つの『梅川事件』を描き出そうとする。
 その作業を虚構の組織化と名付ける。
 ある意味では事件のことは知らなくても舞台として完結、あるいは謎を残して終わる形をとる。
 つまり、でっち上げることに責任を持つことが演劇の宿命を背負っている。
 フィクションであるために町の名前や登場人物を仮名にすることもしない。現実に存在する名前でありながら、舞台は虚構である。

 もう一つの『梅川事件』とは!・・・【犯罪劇4】へつづく。
 ■会場期日は近日中(8月末日まで)に発表します。
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【犯罪劇2】

2008年08月21日 | 企画制作:05-08
 犯罪には「貧困」や「怨念」の根拠があった。が、今はどうだろうか?
 そんな図式的なことでは理解できないところにきてしまった。一筋縄ではない。
 その走りに「梅川事件」を見る。
 
 その後の事件として、・・・
 1980年8月19日に起きた「新宿西口バス放火事件」。翌1981年6月には「深川通り魔殺人事件」が発生している。
 この頃より「犯罪」が「理由なき」と思われるようにもなる。又、「心の闇」とも呼ばれるようになる。
 いわゆる「通り魔殺人」と変化していく。
 
 しかし、注意しておかなければならないことは、一見わかりやすい「理由なき」や「心の闇」などという概念は文学として通用しても演劇にはならない。
 演劇は解釈するところでは満足できないからだ。 
 
 《自分を取り囲んでいる現実を、この世界を破滅させてしまいたいという願望がある。》

 オウムの「地下鉄サリン事件」(1995年3月)・・2001年6月8日の「附属池田小襲撃事件」。・・今年の6月8日、秋葉原無差別殺傷事件、、、

 身体の在り処がなくなってきているのではないだろうか。私は精神の問題としては考えていない。 

 30年経って、母親の目から、あの時の事件を見るとどのような世界が転がってくるか。これが、演劇として組み立てていく作業で、どのような<非日常世界>を現すことができるのか。
 
 ここに役者の身体を立たせてみることが「夢の下張り」である。
 
 日常回帰の演劇の現在、犯罪は「この世界の破滅」を舞台に転がすことになるのだろう。
 それが「私的」である限り、演劇では「喜劇」になってしまうことがある。人の悲しみを「お笑い」にできるか。
 
 「不幸を劇にする」ことで袋叩きになることを劇中でやってのけること。そのシンボルを母性に表そうか、と思っている。
 梅川の母は強かった。
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【犯罪劇1】

2008年08月18日 | 企画制作:05-08
 読み返すと「恐ろしいことをやったもんだ。」と震えた。
 それは、30年前に私が書いた「四畳半夢の下張り~梅川の死のような微笑み」脚本である。
 上演は1979年11月(東京)/12月(熊本)。私と夢現のふたり芝居。
 脚本の体を成していない。全面的にアジテーションだ。
 1979年1月。三菱銀行大阪北畠支店、銀行員を監禁して警察に撃ち殺された梅川事件を題材にした犯罪劇である。
 密室で何がおこなわれていたのだろうか?を妄想したのだった。
 あれから30年目。
 今、台本を書いています。
 妄想へ挑戦する。妄想は過激さへ傾く。・・・上演したあの時と違うのは「梅川からみた妄想」ではなく、梅川の「母親からみた妄想」へすりかわっている点。
 
 <妄想>と<現実>のボーダレスとは!
 劇場型犯罪の現在にも通じる秘密の通路がある。


 演劇で犯罪に取り組みたい!と思ったのは、山崎哲さん(現、新転位21)の「犯罪フィールド ノート」の影響が直接的だった。
 流山児祥さん(演出)と山崎さん(作)のタッグで「勝手にしあがれ」(克美しげる、トルコ嬢殺人事件:1979年春上演/演劇団)を見てからだ。
 テレビや映画で見る「事件モノ」や「サスペンス劇場」ではない、演劇でしかできない表現=「犯罪」があるものだ、と直感した。
 その表現方法の根底には「犯罪を時代の鏡」としてある。

 その鏡は拡大鏡だ。演劇は時代を写す拡大鏡だと思っている。 
 
 その年(1979)、私たちは劇団を旗揚げする。
 旗揚げの台本が「四畳半夢の下張り」。はじめての犯罪劇であった。
 
 実はその数年前から平岡正明「あらゆる犯罪は革命的である」に関心を持っており、一歩間違えば、学生時代に彼たちと「犯罪=革命」映画を作りにトラック諸島に飛び立っていたのだ。友人K君たちは数年ポナペ島で暮らした。
 映画制作は未完に終わったが、「第二次太平洋戦争草稿」。マボロシになった。

 薄っぺらな情報の演劇作りに心を動かされることはない。
 只のタレント志向では取り組めない世界がある。それがナマの舞台だ。ナマの怖さは面白さにも通じる。
 30年前の若い、熱い気持ちを台本から読み取りながら、今、組み立てています。
 梅川事件に、現代にも通じる密室性=独裁を感じている。
 今、独裁は社会からかけ離れ、演劇的に私小説化されている。凡百の「私」という「ことば」の独裁がある。
 それにひ弱さを感じているのは少数だろうか。

 ■
 「夢の下張り~梅川事件」
 30年目の実験劇に取り組みます。
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お盆の日々

2008年08月16日 | 旅日記
 熊本市ではお盆の墓参りは7月におこなわれる。でも、全国的には8月13日~15日。この期間は民族の大移動となる。・・・熊本にいて移動する場合は逆走するパターンになるため交通ラッシュに会うことがない。
 
【8月13日】
 香西佳耶(旧劇団員)と初デートをした。年齢差は36。場所は公演後に劇団員たちと行った菊池渓谷。猛暑日はここに限る。若ければ水をかけあったりして遊ぶのであろうが、心臓麻痺を起こしそうな為、辞めた。その日は腹上死を妄想ていた。危険なことは実行できないものだ。夜は田中幸太などを呼びつけ自宅で飲む。その時に気付いたのだが、狭いキッチンに家族全員が揃っていた。冬馬も東京から帰っており、この盆が明けたら大阪勤務だと言う。結局、初デートは劇団活動の延長となる。

【8月14日】
 北九州市から大ちゃん(劇団の旗揚げメンバー)が来た。座長が山都町(旧、矢部町)に帰ることになっているため、彼女が出たところで飲み始める。人の目を盗んで飲む酒は最高である。大ちゃんとは近未来について語り合う。一年後は彼との連携が強くなるであろう。それにしても大ちゃんとはこのまま腐れ縁になりそうな予感。東京時代で地獄を見た同士であるため、腹を割って話せる数少ない存在を実感する。

【8月15日】
 座長の姉の初盆。久留米市へ行く。仏壇の写真を見て驚いた。義兄の弟は若い頃に亡くなっているが、その顔に見覚えがある。大学の後輩だと気付く。狭い。狭過ぎる。・・・山都町で一泊する。

【8月16日】
 昼過ぎに熊本着。・・・仕事が山積みされている。気が遠くなり倒れそう!
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うちあげ!!

2008年08月08日 | 稽古の日

石崎優香■■本田隆浩■■坂本咲希・向キミ子■■山南純平

田中幸太■■村上精一■■夢 現■■工藤慎平■■過眞嶋憲法
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癒しの二日間

2008年08月07日 | 旅日記
 遅れて日記を追いかけています。つまり、昨日(8月6日付)書いた「疫病流行記 御礼報告」は8月3日に書いたつもり。公演終了後の数日間は、いつものことながら無気力状態になっていてハイテンション男も沈没する。こういう時はぐうたらに限る。本能のまま・・・。しかし、やるべきことはやらねばならず、ポンコツの体に鞭打って後片付けや今後の計画を立てるも、どうもいかん。「明日があるさ!」で先送りすることばかり。
 以下の二日間はドライブを楽しむ。名古屋のトモ君、大阪の橋本さんを連れ立って熊本の観光地巡りである。

 8月4日(月) 阿蘇アーデンホテル

 舞台道具を西原村(卓さんの乗馬クラブ)に収めて阿蘇に到着したのが夕方の6時になった。昨日(3日)の打ち上げでみんな睡眠不足のため行動が昼からになって遅れる。まぁ、いいではないでしょうか。赤塚不二夫さんだって「これでいいのだ。」を流行語にした時代があった。私もそう言って死にたいものだ。
 アーデンホテルには今回、8月2日に出演してもらった本田浩隆君(第二次の頃の劇団員)がフロントで働いている。只今、花嫁募集中!彼は本気である。私も最近、結婚披露宴に呼ばれることがないので是非、呼んで欲しいと思う。今、石崎優香ちゃんをオススメしているが、これはお節介か。彼女は大牟田市から熊本まで劇団に通っているため、彼と結婚すると距離の問題も生活面も全てがメデタシメデタシであるが、二十歳くらいの年の差が気になる。・・・お節介か。
 アーデンホテルには「どんどこ湯」温泉があって、ここはくつろげる。特に露天風呂が広い。クドシン、咲希、優香ちゃんも同行した。橋本さん、トモ君たちと熊本名物「馬刺し」をちょろっと舐める程度に食べたが、運転手であるためにビールが飲めない。風呂上りのビール!橋本さん一人飲む。彼は大阪から50ccのカブで熊本まで来た。美味そうに飲んでいる。「これでいいのだ。」
 夜10時頃から自宅事務所で飲む。時計の針が12時を回ると倒れる。橋本さんは北九州からフェリーで発つために、早朝より熊本を出る。お見送りは座長のみ。気付かなかった。

 8月5日(火) 菊池渓谷

 名古屋のトモ君(てんぷくプロ所属)、咲希、クドシンと私の4人で菊池渓谷に行く。熊本市内はうだるような暑さであるが、ここはヒンヤリする。平日だが駐車場は満杯である。しまった!弁当とブルーシートを持って来れば良かった。缶ビールだけは持ってきていた。川に入ると刺すように痛い。缶ビールもすぐに冷えた。夏の暑い日はここが一番。天草に行く案もあったが、ここで正解だった。今度はお忍びデートで来たい!と思う。残念、私はお忍びができないタイプだ。熊本中の演劇界に知れ渡ってしまう。若い女性と歩いていると「お孫さんですか。」とよく言われる。「孫」の演歌を歌いたくなる。
 渓谷の近くに「水の駅」があって、皆は流しそうめんを食べる。私はあの細さと白さがどうも苦手。蕎麦は好きなのだが、そうめんはどうもいかん。いつからか、想い出した、・・・最近である。食欲がなくそーめんばかりを食べてから嫌いになった。
 その日の夜、トモ君は夜行バスに乗って名古屋に帰った。

 □

 スイッチを入れ替えなければ!この二日間はOFFになったまま動いていた。
 癒された二日間であった。
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「疫病流行記」御礼報告

2008年08月06日 | 企画制作:05-08
 寺山修司 没後25年追悼!
 劇団夢桟敷 第49回公演「疫病流行記」
 ご声援に感謝と満員御礼申し上げます。 
 

 遅くなりましたが、公演のご報告致します。
 ご来場頂いたお客様からは「来てみてびっくり!」・・・一体、何処に座れば良いものか!戸惑われた方々がいた。つまり、スタジオは通常の<舞台><観客席>の仕切りを曖昧(複数に分断した。)に作った。5つのステージを中央の十字路で花道区切っていたのである。「客席はステージに取り囲まれる。」の図面を作っていた。円形ステージのように観客席がステージを取り囲むことはあるが、舞台が観客席を取り囲んだ。つまり、劇場は軟禁状態となった。見方によれば観客も舞台に参加しているようにも見える。眺められる観客。観客も観客から見られていたのである。

 今回のご来場者は県外(東京/名古屋/大阪/福岡・・・)からも来られた。高い交通費を払って見に来てくれることに感謝である。ここ熊本まで来る間に、どのような思いを巡らせて来たのだろう。旅の途中にもドラマがあったに違いない。いつもお世話になりっぱなしの大阪の小島さんも一泊二日で駆けつけてくれる。橋本さん(尼崎ロマンポルノの主宰者)は50ccのカブで大阪から陸走!!大ちゃん(30年前の旗揚げメンバー)は「鬼嫁」なる焼酎を北九州から運んでくれた。名古屋からはてんぷくプロの滝野君が!彼は出演者になる。東京からは著作権に関係する人が来られた。反応は上々。近頃の小劇場のこじんまりした「伝える芝居」にストレスが溜まっていたから、一発ぶちかましてやる!クオリティーの高低に関係なく舞台は偏差値や審査を度外視する。いつものように自由奔放なやり方である。これが夢桟敷の劇だ。源流に帰ったような寺山劇となった。 

 

 劇は始まる前から始まっている。終わっても新しい劇が始まるのである。

 寺山修司の職業は「寺山修司」だと言っていた。どうやら職業の種別に当てはまらなかったのだろう。今で言う、マルチ人間。趣味も仕事も、言い換えれば<日常>も<非日常>も壁が無かったのだろう。壁抜け男である。
 私たち夢桟敷が寺山修司に取り組んだ理由の一つに「寺山修司が亡くなって生まれた若い世代にとって寺山修司とは何か。」を問いかけることでもあった。不安と戸惑いの中、演出は三人の若い劇団員で担当した。だが、彼らは寺山修司を解釈していたのではないだろうか。演出は戯曲を交通整理しているだけでは面白くならない。寺山のテキストにはそれがある。つまり、既成概念を疑う行動が演出なのである。・・・私の言う「真面目な演劇はつまらない」理由は<真面目さの中に表情が死んでいる。>からである。演劇にとって危険なことは表情が死ぬことである。言い換えれば言葉も体も死ぬ。だが、稽古では死ぬ練習が必要不可欠であることがわかった。死を意識しないと生きてこないのである。それが俳優のオーラとなって寺山劇では見えてくる。・・・死を意識する。大切なことだと確信する。
 ラストの場面でお客様の手を引いて舞台に上がってもらった。仕掛けられた者に止まらず、一般の方まで上がってもらうこととなった。倒れる。転がる。ここが死に場所なのだ。時間に余裕があったら観客全員に死んでもらおう!とも思っていた。ある意味、迷惑な劇である。だが、タイトルは「疫病」である。その限り、迷惑な体験型演劇には必然がある。観客席だからと言って安全な場所ではないからだ。舞台と観客席が曖昧だった理由がここにあった。

 チラシに明記していた「乞う、五寸釘」の意味とは!・・・この劇には終わりがないのである。受付で要求した「包帯を巻いてご入場ください。」の意味とは!・・・観客すら虚構である。
 外で宣伝する際から劇的な様相であった。宣伝チラシのデザインは「怖い」と「美しい」の二つに分かれた。私はエロチズムを美だと感じている。だが、またしても、私が裸で登場したのには閉口したお客さんがいた。私の名前は病気です。

 ご来場頂いた全てのお客様に感謝申し上げます。いつものように熊本大学演劇部のご協力、又、物心両面からの支援を頂いた方々へお礼申し上げます。
 劇団夢桟敷、次回公演は11月。会場が決まり次第、発表致します。
 「夢の下張り~梅川事件」
 これは30年前に旗揚げした台本を改訂して公演することとしました。
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寺山修司「疫病流行記」

2008年08月02日 | EVENT


8月2日(土)・3日(日)



絶賛公演中


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ねじゅみ(宣伝4)

2008年07月31日 | 稽古の日
 友、遠方より来る。・・・名古屋てんぷくプロの滝野トモ君がやって来た。・・・今日は道具のトラック積み込み作業。彼は汗だくになって運んでくれる。ありがとう!!!麦藁帽子が似合う青年です。・・・彼の初稽古は「ねじゅみ」・・・さてはて何でしょうか!・・・ネズミの物語です。(滝野トモ君に興味のある方は必見です。)
 ところで今日も
 
 に心を奪われる。
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胸の谷間に想いを寄せる(宣伝3)

2008年07月30日 | 稽古の日
 
 この歳になって、若い女性の胸の谷間に目が眩んでいます。若返ります。元気になります。
   
 衣装のキミ子さんから、男の裸にも注文がある。様々な角度から性的な熱気が稽古場で流れる。 
 クドシンが頭と眉毛を剃って来た。人相は悪いが、とてもよい表情になった。これが劇的というヤツか。本番が終わるまでお仕事はお休み。

 明日は早朝から劇団笠戸丸の企画で走り回らなければならない。午後からは公演のための道具の運搬。とにかく走るのである。
 
 胸の谷間を想い出すたびに、頑張ろう!とエネルギーが漲ってくるのです。分かち合いたい。
 たくさんのご来場を期待しています。

 ■

 「この人は誰シリーズ」の正体
 
 熊本の演劇界では劇団の稽古見学やワークショップなどでも積極的に参加している若手ホープのABE君でありました。
 今回の公演では客席の側から何やら面白そうなことが起こりそうです。そういう劇に彼は関わってきます。 
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疫病~エキササイズ(宣伝2)

2008年07月29日 | 稽古の日
 田中幸太が突然、「ららららい、ららららい」と打合せもなく踊り始めた。死んだ筈の疫病患者たちが起き上がり、笑いながらついていく。
 みんな!大丈夫か?・・・お笑いのパクリが自家発電するとは!
 稽古場が細菌研究所となって発狂したのではないだろうか。心配ご無用です。たかが演劇。なんて明るい闇なんだろう。
 いよいよ、寺山修司の<ことば>が独り歩きし始めた。

 一味も二味も新しい演劇になります。「小劇場」「アングラ劇」の原点は若い世代に流行しております。
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包帯の人(宣伝1)

2008年07月28日 | 稽古の日
 三名様、来られました。誰か、分かりますか?
 
 稽古場に来られたら、見境無く包帯を巻いてしまうこの頃です。迷惑だとか聞いておられません。既に巻き込み作業展開中です。巻き込んでこめんね。

 緊急報告:
 名古屋のてんぷくプロさん所属の滝野トモ君が出演します。彼は昨年夏の「アリスの証言」名古屋公演で客演された俳優です。
 他にも驚きの飛び入り出演あり!当日、公開されます。
 賑やかな公演になります。この夏の“涼”をお楽しみに。

 尚、チケット予約はメール又は電話にて受付ています。
 メール yumesajiki@ybb.ne.jp
 電話  096-343-0334 090-4581-5190
 ※予約された方は優先的に良い席を用意しております。まだ、空き席は御座います。
 今回の観客席は変わっていますので係りの者のご案内に従って頂く事になっています。
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