天に召され今は亡き、前夫(元・お関取)。
私は、お関取の妻として、
「女が土俵に上がってはいけない。」
「女がマゲに触れてはいけない。」
そう言われてきた。駄目な物は駄目。
夫の髪に触れることさえ許されない。
大相撲。千秋楽の表彰の時、いつだったかある女性が、
「女が土俵にあがれないのは差別だ」と言った人が居た。
伝統に理屈は無用。駄目な物は駄目。それでいい。
私は都会で生まれ都会で育った。
そこに、伝統太鼓は無かった。
神戸から舞鶴に越してきて、
色んな村の太鼓と出合った。しかし・・・・。
創作太鼓と称して、伝統ある村太鼓のリズムに、
アーダコーダと色んなリズムを付け足して打ちたがる人が居た。
なぜ、伝統太鼓をそのまま大切にしないのか。
男だけじゃなく、女だって太鼓を打ちたい。
それならば、太鼓を打ちたければ、
伝統太鼓に要らぬ物を付けようなどとせず、
それはそれ、違う曲として取り組めば良い。
伝統太鼓を知れば知るほど、
それを守ろうとしない一部の人たちが嫌になった。
そんな気持ちの中で、前の職場で一緒だったお友達に声をかけてもらい
家族太鼓山本家のメンバー4人で高浜へ向かった。
太刀振り、太鼓、神輿、全てに感動した高浜七年祭だ。
太鼓好きの私にとって、ものすごく心に響く太鼓だった。
450年近くの歴史有るお祭。
やはり、その地の太鼓は、
地の人が、その地で打つからこその値打ち。
昔からの伝統の太鼓を、純粋に打つ。
そこに手は加えられない。加えてはいけない。
同じリズムを繰り返し繰り返し打つ。
それが、地の太鼓の良さである。

同じリズム。が、聞いていて飽きない。
男だけの伝統太鼓の世界。
素晴しい。美しい。芸術の世界だ。
「女だって太鼓を打ちたい。」その気持ちは解る。
人一倍太鼓好きな私なのだから。
でも、伝統太鼓に手を加えてはいけない。
太刀振りは、迫力があった。
綺麗だった。

溜め息が出るほど美しかった。
しかし、いったいこの若者達は、
どれほど稽古をしたのだろう。
足腰は安定し、迫力有る動きの中でも崩れない。
相当な努力が有ったはず。
素晴しい太刀振りだった。
神輿の練り歩きに私達も着いて行った。
止まったところで、太鼓と、太刀振りが繰り返される。
多くの人が、それに着いて行き、
太鼓と、太刀振りを何度も見ていた。
家族太鼓山本家のメンバーである子供達は、
私の友達に、前回の七年祭のアルバムを見せてもらい、
大満足。
「今度来る時は、高校生やなぁ」と言いながら、
帰路についた。

今回見れなかったメンバーに、
この感動を見せてあげたくて、
私達の稽古場に打ちに来てもらえるよう
頼んでみた。実現出来たら嬉しい事だ。
MTちゃんありがとう。
とても素敵なお祭でした。
次回も絶対見に行くから声かけてね。