山紀建設な日々

その日の作業の内容からプライベートに至まですべてお見せします

長野県北部地震災害救援について

2014年12月03日 22時44分01秒 | 仕事

ども。

いよいよお正月が近づいて参りましたね。ヤマキも年末の大忙しに入っております。

 

さて、タイトルの通りですが、先日長野県白馬村・小谷村周辺で発生しました長野県北部地震において
甚大なる被害が発生いたしました。被災された皆様方には改めまして心からお見舞いを申し上げます。

ヤマキのブログを長年見ていただいている方ならご存じかと思いますが、山本家は長野の山で毎年遊ばせていただいてます。
白馬を初めとする北アルプス連邦はは山本家が最も愛する山です。

そんな白馬村ですが、広島水害救援の時にもお世話になった日本財団の黒澤さんが現地に入り災害救援活動を開始されまして、
そこでユニックニーズ・重機ニーズが出てきたこともあり、ヤマキも現地入りさせていただくことになり行って参りました。

まずは重機・各種機材の段取り。

 

そして今回の出張には香川の相棒、萱原板金工業所の代表も合流してくれることに。頼もしいことです。
御在所SAで合流しました。

こんな人です。

ね、頼りになりそうでしょ?この出てるマスクを「パーン!」って叩きたくなったでしょ?(笑)

 

さて、現地では、自治体・住民・工事受注業者・社協・NPO/NGOの5者が合同で打ち合わせを行い
僕らが入ったテクニカルボランティアチームは、その一員として、本来は立ち入りが禁止されている危険度判定が行われた
建物へ入って住民の方々の家財の保護をメインワークとして活動してます。その様な危険作業のために
テクニカルチームには各方面のプロが参加し、各々が専門知識を出し合って安全を確保しながら今回の作業を行って居るんですが、
このような活動方式を公式に行ったのは今回が日本で初めてという取り組みです。

その作業の様子をご紹介します。

倒壊家屋からの家財の運び出し(写真のように重機で押さえたり、内部にサポートを配置したりしながら
安全の確保を行いながら)(ここからの画像は、助さん撮影)

倒壊は免れた物の、これからの降雪等に耐えられそうになく、さらに被害が増加すると判断された建物。

重機で押したりチェーンレバー等で傾きを補正、その後筋交い等を設置して補強。

同じく、傾いた建物を押して修復。

(↑ここまで、画像は助さんでした。ありがとうございます)

解体途中の建物から更に家財を探し出す作業。
この段階では専門作業はテクニカルチームが行いますが、安全な作業は一般ボランティアさんにも
大いにお手伝いいただいてます。(画像は黒さん)


うちの18MRで軽快に作業する黒さんの語る後ろ姿。
この後、お互い目で会話することになりますが(笑)

ダンプを持ち込んだ萱原さんは廃棄物処理場までの搬出作業を担当してました。
あと、屋根の専門家としていろんなアドバイスを求められ、的確な指示をしてくださってました。

現地の活断層の切れ目。

作業の様子。

白馬の山々。

あとはおなじみ、重機の運搬作業。

当然、ユンボのオペ(黒さん、知らん間に撮ってくれてありがとうございます)

黒さんの弟子、レノンちゃん。
かわいらしい女性の方ですが、ご覧の通りノズルも付けず男顔負けの燃料補給です(笑)

横浜の男前大工、MAYAくん。

二日目は僕の班で助けてくれた、キヨさん(左) そしてオペは黒さん、MAYAくん。

カナダから来た、HANAちゃん。

乾燥機に入ったお米の救出。

ケンさんも二日目にいっぱい助けてもらいました。

背中だけじゃない、黒さん!

わたし。。。

作業が終わると、センターに戻り当日の報告翌日の段取りのミーティングが始まります。

横には嬉しい差し入れが。リンゴが旨いんですわ。

この日は終了。

白馬駅前の信号。毎年この信号に止まります。こんな形で止まるのは何か複雑な気分です。

いつもならこんな感じで白馬の山とふれあっているわけですから。



今年は悪天候で断念しましたが、去年は会長夫妻を送り届けたり。。。(栂池登山口)

 

 

宿泊は、「白馬五竜ぺんしょん あうる」さんでお世話になりました。
とても家族的なお宿で良い感じでした。

ちなみに、地震被害ですが、国道よりも東側で被害が発生しており、西側にあるスキー場や宿泊地は
殆ど影響が出ていません。白馬のスキー場は問題ないそうです。

さ、いよいよ僕はお別れの時です。レノンちゃん、黒さんと一緒に。

買いだめして。

何より、いつも僕を支えてくれてるユニックにもご飯を食べさせて。

今回も地震災害に対する復旧作業について、沢山のことを学びました。
そして仲間の絆を強く感じて帰ってきました。

なお、今回の出張についてご心配いただき、また支援いただいた皆様ありがとうございました。
これからも応援よろしくお願いいたします。

 

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6 コメント

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Unknown (たかぼう)
2014-12-05 23:25:37
ニュースで今回の被害の状況を知ったのは翌日になってからだったと思いますが、一瞬「やまきさんの力が!」と思ったものの、距離を考えても遠すぎるので、他のヒトが助けてくれれば… とばかり思っておりました。

…それが、まさか現場に行ってたとは!
記事のアップで始めて知りました。
恐れ入りますm(_ _ )m

やはりレスキューのプロの目にもやまきさんのピカイチな腕はいち早く止まったようで、こういった災害に迅速にスペシャリストが送られる体勢が整っている事を知って、頼もしい限りです!

今回は公式の出動なので実費くらいは出たのでしょうか?
(とても足りない活躍ぶりだったとは思いますが…)

お仕事との両立の中でお疲れの事と察しますが、私たちが安心して暮らせることに感謝いたします。

ありがとうございました♪
Unknown (やまき)
2014-12-06 15:05:30
ども!

地震発生の3日後にはもう現地入り等々の情報交換は始まってまして、
最終的にはその翌日に正式に決定してました。

距離に関してですが、広島や東京へ行くよりも遙かに楽ですわ。
まして毎年、日数にしたら30日は長野県にいる山本家です。庭みたいなもんです。


今回の復旧作業のチームワークは素晴らしいですよ。2日目は一つの班を任されまして、知らない人を預かりながら大事な財産を
保護する重大任務で正直不安でしたが、お昼ご飯はお陰様でおいしいし、任された6件以外に
飛び込みの仕事もこなし、さらに他の班に合流する余裕すら出来ていましたから。
これはひとえに現地メンバーの力です。あと最も重要なのが地元の人たちの配慮というか対応ですかね。

その辺はこれからも黒澤さんのページや「オープンジャパン」さんのページ(助さんのブログ)を
見ていただくとよくおわかり頂けると思います。

あと費用に関してですが、基本的に怪我と弁当自分持ちです。
ちなみに現地の温泉入浴券を頂きました。これは嬉しかったです。何せ寒いしドロドロだし、お風呂は良いですよねぇ。
苦労を共にした仲間と晩飯食べて大きなお風呂で語り明かす、、、良い時間でした。

あとは地元でも支援を頂いた方もおりましてそういうのは本当に感謝してます。


何より、土砂災害、地震災害の現場を見まして、そして復旧作業を通じて分かったことや課題・教訓って言うのが
結構ありまして。そういうのは、この志摩にも反映していけるようにしないといけないなぁと
じっかんしております。

Unknown (やまき)
2014-12-06 15:16:04
白馬のことを知っていただきたいので
黒澤さんのブログと
助さんのブログを
ブックマークに追加しました。右側のリンクからジャンプしてください。
ありがとうございました(^-^) (掛川涼)
2014-12-06 22:36:38
私も長野住みなので地震の時はすごく揺れました!
支援に来ていただきありがとうございます。

毎回ブログを楽しく拝見させていただいてます。
最近Facebookを始めたので良かったら友達申請させていただいてもよろしいですか?
Unknown (やまき)
2014-12-07 10:11:57
掛川さま>>
コメントありがとうございます。
いつも見ていただいてるそうで、重ねてありがとうございます。

最近(この10年スパンで)、長野県の地震回数ってちょっと多いですよね。
それに加えて白馬の場合は、地盤の状態もよろしくなく、また建物の構造もいろいろと影響している感じが
見える被害の大きさでした。これを機に、また災害に強い町へと変わって行かれることを望んでます。

facebookは「山本俊太」で検索してみてください。
よろしくお願いします。


お初に成ると思います (おにぎり大好き)
2014-12-08 20:05:58
ヤマキさん始め皆様お初に成ると思います……
あっ、たかぼうさんはお初じゃなかった。
福山のフェスの時はヤマキさんが到着されたのと入れ違いに帰りましたから……
災害救援ボランティア、ありがとうございます。僕は車屋⇒電工⇒機械屋と土木と隣り合わせの仕事してきてますから大変なのが良くわかります。30数年前に島根県西部の大雨水害の時に復旧の手伝いをした事が有ります。
現場の状態は直接立ち合わなければ理解不能ですよね、あの頃の益田市は一面泥だらけで消毒液の臭いに悩まされながら、水分を吸って数倍に重く成った車達を回収して、応急措置にて一台でも多く動かす手伝いをしてました、メーカーさんから応急措置のノウハウを貰ったのが一生涯の宝です。30数年経った今でもあの日あの場所に行く事が出来て良かったと思います。広島の災害現場には仕事の都合で行く事が出来ませんでした。募金活動が精一杯でした。糸目ブログやヤマキさんちのブログ見てて感謝の気持ちしか出せず残念です。色々な意味での“非日常”は経験しておくべきですね、今後の活躍を陰ながら応援させてもらいます。

ご苦労様と同時にありがとうございます。

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