山川草一郎ブログ

保守系無党派・山川草一郎の時事評論です。主に日本外交論、二大政党制論、メディア論などを扱ってます。

テレビ朝日の記者クラブ批判

2005年08月27日 | メディア論
「朝まで生テレビ」を朝まで見ていたら、テレビの政治報道と記者クラブの問題について批判的に取り上げられていた。この手の話になると現役の報道関係者は口をつぐむから、そもそも批判的な意見しか聞こえてこないのだが、「まったく同感だ」と思うものもあれば、中には「ちょっと待ってよ」と言いたくなるものもある。

「同感だな」と思うのは、テレビカメラの前で行われる首相インタビューでの記者の突っ込みの甘さだ。何より「お願いします」と深々と頭を下げるのは、みっともないからやめた方がいいと思うのだが、そんなのは小さなことだから敢えてここでは問わない。問題は、マイクを手にした質問者が予め用意していたと思われる質問項目を読み上げるだけで、首相の答弁への再質問もなく、次の質問に移ることだ。

マイクを持って代表質問している記者が何者なのか知る術はないが、想像するに新聞社ではなく、テレビ局の若手記者なのではないだろうか。在京キー局の報道局に勤務する記者は、全国紙と異なり地方勤務の経験もなく、年齢も若い。政治記者を志して入社した人よりも、テレビ局に入社したら報道に配属されたという人が多いという。

特に政治部に回されるのは、政治家の縁故で採用された記者であるケースも多いと聞く。もともと政治に関心をもって勉強してきたという人材は少数派だろう。営業部門から転属になった人や、ドラマやバラエティの制作を志望している人が、「政治記者」として首相官邸で国家のトップにインタビューしている、というのが実情かもしれない。

よく知られているように、カメラの前での即席会見を導入したのは小泉純一郎首相である。それまでは、忙しい首相の移動中に番記者が寄り添うように歩いて短いコメントを取るというのが、数少ない首相への取材機会だった。ところが、マスコミに叩かれることの多かった森喜朗首相はこの慣習を嫌がり、記者の問いを無視することも多かった。

後を継いだ小泉氏は首相就任早々、「歩きながらは答えないけど、ときどき立ち止まって話すよ」と宣言。誇り高い官邸記者クラブは、従来の慣習にこだわり拒否したが、首相の懐刀である飯島勲秘書官が知恵を絞った。「新聞記者が歩きながら問いかけても、答えるかどうかは首相の自由だ。その代わり、毎日1回カメラの前でテレビ局のインタビューをやらせてほしい」

当時、高い支持率を誇った小泉首相の映像は、高い視聴率にもつながった。渋る新聞記者を押し切って、民放各社は飯島氏の打診に跳び付いた。こうして、テレビ記者を対象とした即席会見は、首相側の要望で始まり、今に続いている。

テレビを見ていると、最近はマイクを持った記者の後方から、不意に質問を飛ばす記者がいる。その記者の所属が新聞社か、テレビ局かは判別できない。中には「重要なことですから、ちゃんと説明してください」などと罵声を飛ばす輩もいるにはいるが、予定調和のやりとりの中に、シビアな二の矢、三の矢が増えているのは、いい兆候だと思う。

ついでに言うと、首相官邸に出勤してきた小泉首相に取材陣から「総理~おはようございま~す」と声がかかり、首相が顔を上げて手をかざす、という光景を最近テレビでよく見かけるが、あれもみっともないからやめてほしい。夏季休暇中とか、外国訪問中とかなら分かるが、毎朝やる意味が分からない。

ひょっとすると、声をかけているのは記者ではなく、良い絵を撮りたいカメラクルーだったりするのかもしれないが、そんな事情は視聴者には伝わらない。もちろん記者と政治家が日常会話として挨拶を交わすことを否定はしないが、日々権力と対峙しているはずの記者団が、緊張感のかけらもなく首相に「おはようございま~す」と話しかける風景を、頼むから茶の間に流さないでもらいたい。

次に「ちょっと待ってよ」と思う部分。それは、田原総一朗氏がたびたび話題に持ち出す「首相への単独取材」の問題である。故小渕首相は電話魔として知られ、「もしもし小渕恵三です。内閣総理大臣の小渕です」で始まる突然の電話は、周囲から「ブッチホン」と呼ばれ、親しまれた。

そこに目を付けた田原氏は、司会を務めるテレビ朝日系「サンデープロジェクト」の生放送中、カメラに向かって「小渕さん、言いたいことがあったら電話をください」と誘った。小渕氏がこれに応じて「もしもし小渕です」とかけてきたから、騒ぎは起きた。

首相官邸の記者クラブ「内閣記者会」の当時の取り決めでは、権力のトップにある内閣総理大臣への取材に関して「一社の抜け駆け」が禁じられていた。「首相がメディアを選んで取材に応じるようになると、権力にメディアが操作されてしまう」というのが建て前だが、早い話が「みんなで仲良くやりましょうや」という一種の談合協定だった。

この取り決めは首相官邸と記者会との間の紳士協定であり、本来は記者会所属社だけを拘束するものだった。しかし、いつしか「内閣総理大臣は単独取材を受け付けないもの」という慣例が定着し、首相側が雑誌社や海外メディアの取材を受けたいと思っても記者会が、慣例を根拠に反対するという弊害が生じた。

妥協案として「首相が一社の取材に応じる場合は、記者会加盟の全社に取材内容を公開する」という異様な特例が成立し、つい最近まで機能していたのだが、小渕首相の「生電話」はまったくの想定外だった。

生放送中の電話取材は、視聴者に公開しているのだから、協定違反ではないと思うのだが、この件でテレビ朝日は記者クラブから厳重注意を受けたらしい。こうした馬鹿げた慣例も、やはり小泉首相になってから有名無実化し、今では首相側が望めば、雑誌社でも海外メディアでも自由に単独取材ができるようになっている。

いまだに田原氏が「ブッチホン事件」を持ち出して記者クラブを批判しているところから見て、当時は相当に腹を立てたのだろう。その気持ちは分かる。私も官邸の記者クラブが、電話でのテレビ出演ぐらいで目くじらを立てたのは、協定の趣旨から言ってあまりに教条主義的だったと思う。

それでも、記者会がそれを協定違反だと判断した以上、テレビ朝日がペナルティを受け、陳謝したのはごく当然のことだと思うのだ。それは「業界の掟」なのであって、おかしいと思えば、テレビ朝日は協定破棄を申し入れるか、内閣記者会から脱退すればいいだけの話だ。

ジャーナリストとしての田原氏個人の取材を、内閣記者会が妨害したのなら問題だが、小渕首相はテレビ朝日という全国メディアの、しかも影響力の大きい番組だったからこそ、突然の電話取材に応じたのだろう。それにテレビ朝日というメディア企業は、記者クラブに所属していることで、さまざまなメリットを享受し、既得権を守られているのだ。

「ニュースステーション」などの報道番組の取材では、記者クラブ制度を有効活用しておきながら、他の番組ではフリーの立場を取るというのは、いささかご都合主義ではあるまいか。仲間内の掟を破れば、制裁を受けるのは当然である。不服があるなら、電波で記者クラブ批判を垂れ流す前に、自ら記者クラブを脱退して範を垂れるべきではないだろうか。(了)




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