あっという間に、こんな時間。

49歳で始めたブログから早や10年、もうじき還暦とは…。
思えば遠く来たもんだ。

イガラシ(墨谷二中・キャプテン)

2018年10月27日 | 思い出の品&宝物
ドラフトも終わり秋田では吉田君が日ハムに入る話題で盛り上がってますが、私のお気に入りは何と言っても大阪桐蔭の根尾君です。

とにかくあの顔が好き。

なぜなら、私の好きなマンガ、ちばあきお先生の「キャプテン」に出てくるイガラシにそっくりだから(笑)
根尾君を初めて見た時はあまりに似ていてビックリしました。
野球だけでなく他のスポーツにも秀でていて、さらには学業もトップレベル。
そして顔がイガラシ似。
なんて素晴らしい!

根尾君が中日に入るようなので「あ~、根尾君、2軍の試合で秋田に来ないかな~」と呟いていたら、夫に「ウェスタンリーグは来ないと思う、多分」と冷たく言われてしまいました(笑)
イースタンじゃないから、らしいです。

それなら早く1軍に上がって秋田にも来てほしいなぁ、根尾君。


ちなみに、上の画像は10年くらい前に二男に作ってあげた「イガラシ」のフェルトマスコット。
思い立ってから30分くらいで適当に作ったので目が粗い粗い(^^;)
二男が寒河江まで持って行ってるので、この記事のために写真を送ってもらいました。
深く理由を聞くこともなく、黙って画像を送信してくれた二男。
また母がろくでもないことを考えていると思っていることでしょう


↓本物のイガラシはこちら。
根尾君に似ていると思いませんか?似てないですか?
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サーファーだったあの夏(笑)

2017年07月13日 | 思い出の品&宝物
いまから24年も前のこと。

長男が小学生になるのを機にアパートから貸家に引っ越したのですが、そこのトイレが昔ながらの和式のボットン。
少しでも明るい雰囲気にしようと、写真を飾ってみたのでした。

友人からもらった写真入れに、サーフボードを持って砂浜を歩くカップルの写真。
そう、若かったあの頃、サーフィンをする夫に誘われて出戸浜の海辺で初めて二人きりに…

な~んて嘘、嘘。

分かる人が見ればすぐ分かるこの写真は、好きだった映画『あの夏、一番静かな海。』のワンシーンを雑誌から切り抜いたものです。
主役は真木蔵人と覚えているけれど、相手役の女の子は誰だっけ…。
この映画一本でフェイドアウトしちゃったのかも。

ブタの写真入れと、この切り抜きの組み合わせが妙に気に入って、それ以来引っ越すたびに我が家のトイレの壁にはこれが飾られています。

小学生だった長男も今年で三十歳。
結構大きくなってから「トイレの写真って、お父さんとお母さんだよね」と言われてビックリしたことを思い出します。
「いや、実は…」とすぐに誤解を解いたのですが、「な~んだ…」と妙にガッカリされました。

切り抜きもすっかり色褪せてしまったけれど、これも我が家の歴史のひとつ。
なくなったら寂しい、大切な一品。

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コーヒーミル

2013年03月30日 | 思い出の品&宝物
20年以上にわたり、ほぼ毎日使用している我が家のコーヒーミル。
カリタ製です。
秋田市に住んでいたころ、コーヒー専門店の「美豆木(みずき)」というお店で購入しました。

豆を投入して粉砕する部分にちょっとだけ欠けてる箇所がありますが、そこが欠けていても全く問題は無く現役バリバリ。
型番(C-90)が同じ製品が今でも売られているので、超ロングセラーの商品なのでしょう。

このミルと、大曲の「じゅがーる」で買ったコーヒー豆さえあれば、美味しいコーヒーがいつでも飲めます。
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今年もドンジャラ

2012年12月31日 | 思い出の品&宝物
長男も帰ってきたので、久々に家族四人でドンジャラをしました。

我が家のドンジャラは新婚当時の約25年前にに買ったもの。
友人たちと遊ぼうと、お店に買いに行ったら「ゲゲゲの鬼太郎」のものしかなくて、しょうがなく買ったソレがいまだに我が家で活躍中。
もう十分元は取ってます。


麻雀もやらず、外へ飲みに行くわけでもなく、五十代の夫婦といい若いモンの息子二人、地味に一家四人でこたつでドンジャラする年末。
まったくもってインドア派の一家です。


久しぶりのドンジャラは、二男の一人勝ち。
幼い頃には負けて泣いてばかりだった二男。
古い点数メモには、自分が負けた回だったので「おもしろくない!!!!」と殴り書きしたのもあります。

いつまでこうやってドンジャラできるのでしょうか。
…って、70歳くらいのジジババと40代後半の中年男兄弟がドンジャラしてる姿を想像すると、ある意味非常に怖いものが…

とりあえず、今年の年末も顔ぶれが増えることもなし。
いつも通りの正月になりそうです。



ちなみに、我が家独自の10点鬼太郎パイの呼び方。
  リモコンゲタ → リモゲー
  呼び笛 → ヨッピー
  ちゃんちゃんこ → ちゃんちー

どうでもいい話でした
こんなことを、大晦日の料理の合い間に書いてる私って…







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私の(元)王子様

2012年06月23日 | 思い出の品&宝物
そりゃもう大江千里が好きな時代がありまして、十人十色つながりで千扇飴ばかり舐めてた頃も今は昔。

ネットのニュースで久々に大江千里の名前が目に入りました。
なんでもアメリカでジャズピアニストとして全米デビューするのだとか。
知らなかった、全然。

大昔に一度だけ、秋田市でのコンサートを観に行ったことがあります。
就職して間もない頃だったから、今から30年近くも前でしょうか。
一人で行くのもなんだから、乗り気でない友達を無理矢理誘い、彼女の分までチケットを買い一緒に行ってもらいました。

そして始まった千里のステージ。
お洒落な帽子にレインコートを着て登場した彼は、バックに女性ダンサーを従えて、まるで「雨に唄えば」のような感じで踊りながら歌い始めました…
これがまた、踊りも歌も(ムムム…)な感じ。
決して下手ではないんですが、何と言ったらいいか微妙な感じ。

まさか大江千里がそのようなスタイルでコンサートをするとは思ってもみなくて、さすがファンの私もとっても気恥しく、いたたまれない気分になってしまいました。
隣にいた友人は言わずもがなの表情で、それもまた申し訳なく、二重三重に苦しい気分のコンサートになってしまいました。
あれから私はどんなコンサートも基本一人参戦(笑)

というわけで、最初のあの「ミュージカルもどき」シーンしか記憶にない大江千里のコンサートの、この画像は入場チケットです。
裏がポストカードになっている「お得仕様(?)」ですが、当然この葉書を出して喜んでもらえるような相手もおらず、今もこうして私の手元にあるわけです。

ちなみに、一番好きな曲は『GLORY DAYS 』。
毎朝毎晩、こればかり聴いて仕事に行ってた時期がありました。
悪いかっ!(と何故か照れてしまう)
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花降る日

2010年10月07日 | 思い出の品&宝物

新潮社から1991年に発行された、38歳で亡くなった夭折の天才画家・有元利夫の全作品集です。
宮本輝の小説の表紙でこの人の絵を見て、一目でファンになりました。

たまたま昭和62年には秋田市で展覧会が開催されており、当時長男を妊娠中で、大きなお腹を抱えて観に行きました。
展覧会場ではチェンバロの演奏会も催され、密やかに鳴り響く音楽の中で有元作品をじっくり鑑賞できるという、とっても胎教にいい時間を過ごすことができました。

で、何故急にこの画集を本棚から取り出してきたかと言うと、先日の横手クラフトフェアで、ある焼き物のブースに、この『花降る日』にそっくりの、螺旋の塔みたいな作品が販売されていたからです。

色合いといい、ちょっと歪んだ螺旋の具合といい、どう見てもこの絵から発想を得たんだろうなぁ…という感じでした。

良く言えば「インスパイアされた」ってことなんでしょうかね。
私はちょっと好きになれませんが。
ちなみに、その焼き物の螺旋の塔には何も名前はつけられておらず、ただ「3,800円」の値札が付いているだけでした。




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ともぞう

2010年04月10日 | 思い出の品&宝物
子供たちが幼い頃、道端で拾った石に私が何気なく描いてみた、まる子のおじいちゃん「さくら ともぞう」の顔。
思いのほか良く出来て、子供たちにも大ウケでした。

この石を見るたびに、子供たちがまだ「たわいなかった」当時の事を思い出します。


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31。

2010年01月14日 | 思い出の品&宝物
最近、夫と私のプチブームになっているのが「サーティワン」。
昨夜のお風呂上がりに、「マスクメロン味」を食べていた夫が
「これ、この味、昔よく食べたバナナアイスの味だっ!」と興奮していました。
メロンのアイスを食べてバナナと言い張る男…。
大丈夫だろうか。

試しに私も一口食べさせてもらったら、
あっ!
これはまさに、子供の頃よく食べたバナナ味の棒アイスの味ではありませんか!
2本くっついてて、真中でパキンと割って、姉と二人で食べたあのバナナアイスの味。
懐かしい~。
でもなんで、同じ味がするんでしょうか。
私たちの年代(というか、私と夫)は、チクロやサッカリンや合成化合物で舌がバカになってるんですかね、もしかして。

画像は25、6年ほど前に秋田駅前に初めて「サーティワン」のお店ができたときに、仕事をさぼって行列に並んでアイスを買って、記念に貰った缶ペンです。(下のチラシは現在の物)
アイス型の消しゴムも貰ったのですが、ものすごい匂いで頭が痛くなって捨ててしまいました(笑)。


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『花椿』

2009年10月19日 | 思い出の品&宝物
ずっと昔、資生堂のマッサージクリームのCM曲に、
オクラホマミキサーの替え歌でこんなのがあったと思います。

水の都のベニスをまわり
 愛のローマ 花のパリ
 すいすい滑ってしっとりロンドン 
 つやつやお肌になりました

かなりうろ覚えですが、私は今も鼻歌で口ずさんでしまうときがあります。
今朝も布団を上げながらその歌を歌っていて、ハッと気づいたのが

愛→eye(目)
花→鼻

つまりは、マッサージの部位を示す替え歌だったのでは…??
という事は、もしかして「水の都」は水だけに、口元のことだった??
映像の記憶はないので、今となっては真相(というのも大げさですが)は謎のままです…。

というわけで、中学から高校時代にかけてちょこちょこ集めていた
資生堂のPR誌『花椿』のコレクションです。

お洒落で都会的、豪華執筆陣によるエッセイも掲載されており、
読み応えもある素敵な雑誌でした。

画像の下の真ん中ほどに見えるのは、唯一の男性の表紙。
モデルはご存知、草刈正雄さんです。
カッコ良かったですよね~
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えほん

2009年06月28日 | 思い出の品&宝物
『6人のガールフレンズ』
萩原朔美・文
石田光於・絵

1980年に発行された絵本です。

安野光雅さんの『旅の絵本』を思わせるような仕掛けに溢れた緻密な画と、出会いを待つ「彼女」と「彼」のリリカルでセンチメンタルな呟き。
秋田市にあった加賀谷書店で買った一冊です。

この絵本に共感してくれるような、私のことを理解してくれる誰かと、こういう都会的な暮らし&都会的な恋がしたいものだと、この絵本を眺めながらしみじみあこがれたものでした。

そんな私も田舎で暮らす五十のオバサンになり、絵本には紙魚の跡がついて古びた匂いがしています。
この絵本を読むと懐かしい気分にはなりますが、もう昔のように胸を掻き毟られるような思いにはかられません。

今が幸せな証拠なのでしょう。
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どうじ。

2009年06月19日 | 思い出の品&宝物
でもって、これが弘前で観た森田童子のライブのチケットです。
私が二十歳そこそこの頃だったですかねぇ・・・。
もう三十年は前のチケットになります。

「タカムラ」というのは、当時弘前市にあったレコード屋さんです(今もあるのかな?)
ライブ会場が「駅前リンゴ商協連 3F大ホール」というのがまた弘前らしい。

高校生の頃からファンだったので、かなりドキドキしながらライブを観た記憶がありますが、ご本人がもう無口な方で。
ポツポツと語るMCの内容も、歌のイメージ通りで、どんな顔をして聞いていいのか、どう反応したらいいものか、なんだかもう「生きててすみません、ごめんなさい…」と頭を下げてしまいたいようなライブでした。

「友達が彼女と別れたあとで、ベッドに彼女の長い髪の毛があった…」という話だけが、今もずっと頭の片隅に残っています。
肝心の歌う場面の印象は、もうとっくの昔に薄れていると言うのに。

ずーんと心が重くなったライブで、帰り道、一緒に行った男友達と二人、うつむいて長い道をトボトボ歩いたことを思い出します。

若かったです。
私も、友達も、森田童子も。
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すかんぴん→信長

2009年04月17日 | 思い出の品&宝物
すかんぴんウォーク(1984) - goo 映画

貧乏人から天下統一の武将まで大出世しました(笑)。
吉川晃司です。

サンクス×4回の「モニカ」でデビューした時は本当にビックリしました。
あんなタイプの男性アイドル歌手はそれまでいなかった。

たちまちファンになって、レコードを買い、当時付き合ってた彼(=夫)を無理矢理連れて映画まで観に行ってしまいました。
それがこの『すかんぴんウォーク』です。
併映が『うる星やつら2』というのが何ともはや(笑)。

この映画は私にとっては
「蟹江敬三という俳優を知った映画」として記憶に残っています。
テニスの横の動きを良くするために、いつも蟹を食べていた蟹江敬三。
妙にあのシーンが印象に残ってるんですよねぇ・・・。
まさかこれを観た25年後に、蟹江敬三似のフェデラーのファンになるとはねぇ・・・。
私の好みも変遷しています。

それはさておき。
この映画は「単なるアイドル映画ではないものを」という意欲の現れが著しく、ちょっと青春ドロドロ系のストーリーで、別にそういうものが観たくて映画館へ行ったわけでない私の中で、あっという間に吉川晃司ブームは過ぎ去ってしまいました。
そんなに慌ててアイドルから脱皮させんでも、もうちょっとの間だけでも、吉川晃司に「きゃ~っ」ってドキドキさせて欲しかったなぁ。
急ぎすきたナベプロ、って感じでした。

そして吉川晃司は紅白でギターを燃やし、その消火剤で河合奈保子は足を滑らせ、あれから時は流れに流れ・・・・でもいまだに私の中で吉川晃司ブームは再来せず(笑)。
信長になろうが天下統一しようが、もう吉川晃司を好きになることは無いでしょう。

余談ですが、「すかんぴん」って「素寒貧」と書くんですね。
知らなかった・・・。
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こうじ&まりこ

2009年02月25日 | 思い出の品&宝物
久々に心をワシ掴みにされた芸能ニュースでした。
「玉置浩二と石原真理子、23年ぶりに復縁」て・・・!

しかもそのニュース、
夕方には
「入籍、結婚!」になってたと言う・・・。

男女の仲って、分からないものですねぇ・・・本当に。
石原真理子があの本を出したときは、これで本当に過去と決別できたのかな、なんて思ってたのに、よもやこんな形になろうとは。

私が石原真理子だったら、また別れることにでもなったら今度こそ立ち直れないだろうから、なかなか一歩を踏み出す気にはなれないと思います。
年を取ると、男女関係の痛手は若い頃より堪えるからなあ・・・うんうん(遠い目)。

それはさておき、この二人と言えば思い出すのが、若い頃(多分1983年?)に秋田県民会館で観た「安全地帯」のコンサートです。

当時私は安全地帯(というより玉置浩二)の大ファンで、このコンサートも前から4列目で観ていたのですが、玉置浩二が歌いながら何度もこちらをチラチラ見るんですよ。
(えっ、もしや私・・・?)
と思ったのは、横にいた友人も同じ気持ちだったらしいのですが(笑)、なんとこの時、私たちの数人横に石原真理子が座っていたのだそうです。
もうすでに二人は付き合っていて、ツアーにも同行していたんですね。
打ち上げのあとで、二人は秋田市内のディスコに出向いたとか。
いろんな人から目撃情報を聞きました。

二人のことはまだ全然噂にもなっていない頃だったので、秋田県内ではかなり話題になっていたのにも関わらず、交際が週刊誌で取り沙汰されたのはしばらく後になってからでした。

あれから色々あって、私もテレビで見聞きする玉置浩二の言動がイヤになって、彼の歌を耳にする機会も減り、あの「サバカレー」までしばらく忘れたままでした。

石原真理子もあんな風になってしまい、「ちょっと壊れた人」みたいなキャラとして定着するんだなあ・・・と思っていた頃のこのニュース。
長く生きてみるもんですねえ。
一体どんな過程を経て、二人は一緒に生きることを選んだんでしょうか。
今頃「婦人公論」あたりが手記掲載の依頼に走ってるかも。

この二人、というか石原真理子には、「どうぞお幸せに」というよりも、「もう不幸にならないでね」と声を掛けたい気持ちになります。
くどいようですが、よもや結婚までしてしまうとはねぇ・・・・、本当に。


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もりお

2009年02月21日 | 思い出の品&宝物
あがた森魚の『日本少年』(と書いて「ヂパング・ボーイ」)。

これは1994年に購入した復刻版のCDですが、このアルバムを初めて聴いたのは、今を去ること34年前、私が高校2年生の時です。

当時の下宿先の先輩が、ある日の午後に私を部屋に招き入れ
「こういう歌、好きでしょ」と言ってプレーヤーに掛けてくれたのが、この中の1曲『函館ハーバーセンチメント』でした。

先輩の予言(?)どおり、曲がスタートしてすぐに心がザワザワしました。
その日は二人で、無言で何度もこの曲を聴いて過ごしました。

あの初冬の曇った日の夕暮れ、家具も少ない寒々しい下宿の一室で、レコードプレーヤーを挟んで先輩と座っていた日の事を、今でも昨日のことのように思い出します。

どこにも属することのできない、寂しくて心もとない気持ちが、今もまだ続いているような気がします。
不良にもなれず。




・・・なんて、おセンチな気分になりたくて、今日また久々に聴いてみたのですが、

「辻潤の謳う ユウモレスクに」のところが
「辻ちゃんの歌う」に聞こえてしまい、時の流れ(笑)を感じてしまいました。

最近毎日のようにアメブロの「辻ちゃんブログ(のんピース)」を楽しんでる、五十歳の私・・・(汗)。
あがた森魚は今もまったくブレてないというのに・・・。
申し訳ないっ・・・。
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タモリのサングラス(笑)

2009年01月16日 | 思い出の品&宝物
1982年の6月6日(日)、秋田県民会館で行われたタモリのコンサートのチケットです。
今ではお目にかかれない、凝った造りのチケットですよね~。

裏には「中洲産業大学事務局」の住所と電話番号が書かれてあります。
中州産業大、六本木にあったんですね(笑)。
今電話しても繋がるんだろうか・・・(電話しないけど)。

肝心のコンサートの内容は、殆ど記憶にありません
ただ、博士の格好をしたタモリが、ステージに置いた黒板にあれこれ書いて漫談(?)のような事をして笑いをとってた場面だけを覚えています。
何故かと言うと、私の隣に座ってた女性が指名されてステージに上がり、タモリと堂々と渡り合ってたから、その場面の印象が強かったんですね。

今ではもう絶対に行われないだろうコンサートですね。

そういえば昔は「タモリ」と呼び捨てだったのに、いつの間にか「タモさん」になってる私の中のタモリのポジション。
いつの間に「出世」させたんだろ、私。

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