山 崎 泰(やまざき たい)のデイリーブログ
新宿区のTFS国際税理士法人理事長 山崎 泰が、「心に残る出来事」「忘れられない想い」をホンネで綴る、ズッコケ珍道中!
 



『エッ、もう東京オリンピック聖火ランナー?!決まったの?』

 

週末、新宿区東京オリンピック・パラリンピック開催等担当課長・浅野祐介氏からもらった新宿区広報。

この資料を見たときには、地元中学校の実名などが上がっていたため、一瞬、そう思った。。。

 

でも、よく見ると・・・昭和39年6月15日発行の新宿区広報。

1964年、55年前の東京オリンピック開催にともなう聖火ランナー決定の記事!

 

オリンピック開会式前日、1964年10月9日

中野区側から、成子天神あたりで聖火を引き継ぎ〜

新宿区内を東西に走り抜いた後~

四ツ谷駅付近で千代田区側に引き継がれた聖火リレー。

その後、かつては有楽町にあった東京都庁にゴールして、

翌日、10月10日の東京オリンピック開会を迎えたという。

 

聖火リレーは、のべ10万人にも及び、4コースに分かれて、

南から北上、北から南下して、全47都道府県を通って、最後は東京へ向かうルート。

わが新宿区へは、第1コースの聖火リレーとして引き継がれ、翌日の開会式に向かったという。

当時は、約2kmを、正走者1名&副走者2名&伴走車20名という一団で、聖火リレーを行った。

 

今回は、2008年以降に生まれた人には、聖火ランナーとして応募資格があり、

1人当たりの走る距離は、約200mだという。

陸上部出身の息子や、ゴルフ部で体力のある娘にも、

応募したら~~と、一生懸命LINEも送っているのだが、

果たしてどうなることやら。。。

55年前の東京オリンピックが残したもの・・・

新宿区のオリンピック担当課長の浅野氏からは、こんな資料が。

インフラ整備などのハード面とともに、

第2回・パラリンピックも開催したことで、障害者スポーツ支援という

意識面・ソフト面でも、大きな前進となった1964年東京大会。

 

「そもそもオリンピック・パラリンピックは、何のために開催すると思いますか?」

そんな問いかけも、浅野課長から。。。

オリンピックの究極の目的は、『平和の祭典』!

 

平昌オリンピックで、スピードスケートで優勝した小平奈緒選手。

レース後、長年競い合ってきた韓国人選手の肩を抱きながら・・・

お互いに祝福し合ったシーンは、記憶に新しい。

その小平奈緒選手が、翌日の記者会見で語った内容に、

まさにオリンピック・パラリンピックの開催意義が凝縮されているという。

 

スポーツは、言葉のいらないコミュニケーションだと思っています。

スポーツは、世界の人達の心を動かすものですし、

他国の選手と競い合って、高め合っていく中で、

スポーツの究極の姿が、たくさんの人達の心を動かすと思います。

競い合うことも大事なんですけれど、

やはりお互いの国の文化を知ったり、お互いの国の言葉を知ることで、

さらにスポーツの楽しさが増すといいますか、

 

他の国の選手は、このスポーツに対して、

どういう思いを持っているのかとか、

どういった文化を持っているのかを知ることは、

競技を高めるうえで、すごく必要なのではないかと思っています。

【2018年2月19日 記者会見】

 

 

1948年のロンドン大会までは、

「スポーツ競技」のみならず、

文化についての「芸術競技」も行われていたことも、初めて知った。

それゆえ、オリンピック開催都市には、「芸術競技」に代わる意味もあるのだろう・・・

 

さて、いよいよ2020年は、第32回・東京大会!

これまで、31回大会のうち、3回中止になっていので、実質的には28回開催。

3回の中止は、すべて第一次・第二次世界大戦の影響。

 

1938年(昭和13年)、支那事変を抱え

「国家総動員法」を成立させてまで、中国との戦争に備える、当時の日本。

1940年に東京で開催予定だった「オリンピック」開催を返上。

「平和の祭典」を返上し、世界の国との平和・協調していく意思や余裕を

持ち合わせていないことを、内外に宣言したともいえる年。。。

 

それから80年!

開催都市の都民として、開催国の国民として

オリンピックが、決してスポーツを通じて競うだけの場ではなく、

開催意義が、「平和の祭典」にあること!!

80年前に返上した、国の歴史も刻みながら、来年を迎えることができたら、

私たちにとっても、次世代にとっても、さらに意義が深まるに違いない。



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