山 崎 泰(やまざき たい)のデイリーブログ
新宿区のTFS国際税理士法人理事長 山崎 泰が、「心に残る出来事」「忘れられない想い」をホンネで綴る、ズッコケ珍道中!
 



今日は、亡父の墓参り。。。

 

最近、少し思うこともあり、

亡父と語らい合いたく、

亡父からの声を聞きたく、

四谷の地で眠る、亡父のもとへ墓参。

 

菩提寺で、副住職から、こんな声をかけられた・・・

「東本願寺から発行されている小冊子『お盆』を

 ブログでも取り上げてもらって、拝見しました。」

「ブログも、ときどき見ていますよ。」

 

山﨑の先祖、亡父が眠る地を守ってくださっている

菩提寺のご住職に、こんなお声をかけていただけるなんて・・・

もったいなく、なんとも有難く、胸がいっぱい。

 

今日、頂戴した小冊子『お盆』には、

浄土真宗大谷派高山教区浄水寺・岩佐育代前住職が

「亡き人と朋に」という一文を寄稿されていた。

 

お盆は、仏教行事の一つですが、特に、亡き人を偲ぶ中で、

尼入りなどをとおして仏の教えに遇うことが大切です。

 

亡き人とは、その奇縁を結んでくださる大切な人なのです。

 

だから、私たちは「亡き人」を諸仏と仰ぎ、

亡き人、諸仏をとおして阿弥陀仏に手が合わさるのです。


(中略)

 

愛する人の死は、身を切られるような悲しみ・苦しみであり、

それは死す者も生きている者も、同じように味わわねばならない「苦」であると。

 

この苦を苦として終えていくのか、

それとも苦をとおして「亡き人と朋に」

私たちのはからいを超えた無量寿なるいのちに出遇っていくのかが問われています。

この無量寿なるいのちこそ、「阿弥陀仏の願い」です。

 

愛する人の死において、人は大きく育ちます。

前(さき)に生命をなくした者が「無量寿なるいのちに目覚めよ」と私たちを導くのです。

亡き人のためにと思っている私が、実は亡き人から願われている存在なのです。


父が他界して、来年3月で20年。。。

毎朝、仏壇の遺影で微笑む、亡き父を想いながら、

実は亡き父から、毎朝思われている。

 

そう思うと、毎朝、父に手を合わせている時間、

ときに出勤前で慌てふためいていることも多く、

もっと静かに、もっと心落ち着けるひとときとして

人生の大切な時間にしなければ。。。



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