山 崎 泰(やまざき たい)のデイリーブログ
新宿区のTFS国際税理士法人理事長 山崎 泰が、「心に残る出来事」「忘れられない想い」をホンネで綴る、ズッコケ珍道中!
 



北康利先生の講演、さらに紹介してみたい・・・

 

昭和54年4月7日、松下電器創立60周年にあたり、松下幸之助翁と稲森和夫氏との対談。

「京セラは先を読む会社、それに比べて松下電器は普通の会社」

そんな発言を、ボソッとした松下幸之助翁。

かなりホンネだったのだとも思う。。。

 

松下幸之助翁は、人の話を、あの大きな耳で聞いて、

インプットしたものを、左脳に蓄積して、

自らの力として、アウトプットする能力に長けていたのでは。

 

これは有名な話だが、ある講演会で

松下幸之助翁が、講演後こんな質問を受けた。

「ダム式経営と言われるが、ダムを経営の中に作るには、いったいどうすれば?」

それに答えて曰く。。。

「それは、一生懸命思うことですな」

 

聴衆の多くが、あまりまえの問答しか得られなかった質問者に同情し、

失笑も漏れるなかで、ただ一人だけ、

全身身震いをしながら聞いていた人物が!

その稀有な人物こそが、稲盛和夫氏!!

 

北康利先生は、あらためて、この有名なエピソードを紹介。

そこから、京セラのフィロソフィ経営が生まれ・・・

アメーバ経営も、松下電器事業部制から生まれ・・・

 

「松下幸之助を越えようと思わなければ、松下幸之助に近づくことができない」

図らずも、稲盛和夫氏の著書・第1刷は、平成元年5月だったという。

そこには、松下幸之助氏が推薦の言葉を書いていた。

松下幸之助翁が逝去されたのは、同年4月23日。

松下幸之助翁は、稲森和夫氏に、まさに遺言を遺したかのよう。。。

 

昭和54年の対談当時、稲盛和夫氏47歳。松下幸之助85歳。

その後、稲盛氏は松下電器80周年にて記念講演。

90周年では、ほかならぬ北康利氏が記念講演。

 

松下電器にとってのみならず、日本という国にとって、

松下幸之助氏という人物を抱いていることが、

何よりの『簿外資産』と言い切る、北康利先生。

松下幸之助が残した思想が、経営に対する姿勢・考え方が、

日本にとっての貴重な『簿外資産』になっている。

だからこそ、我々に今でも感動を残してくれている。

 

松下幸之助翁の人生の中には、我々が吸収すべき、たくさんの栄養がある。

門真での成人式にて、成人を迎える若い男女に、こう語った松下幸之助翁。

「成人となって、これかた自らの人生を経営していくことができる。

 会社経営と同じく・・・経営理念、経営する仲間、安定した資本が大切。

 会社経営と同じく・・・人生も経営や」

 

そして講演の最後に、松下政経塾に何を期待するか?

昨今、政経塾の入塾試験の面接官もしていて、気になること。

それは、松下政経塾を一つのキャリアと捉えている人がいるのでは。。。

さらに、松下幸之助の著書を読み込んでいない人も少なくないのでは。。。

 

松下政経塾が政治家への登竜門であるというのは、

いわば松下政経塾という「大きな氷山」の一角に過ぎない。

松下政経塾の一員になることの重さ、そして誇りが希薄であってはいけない。

 

私は、松下幸之助翁が松下政経塾を創られたのは、明らかに正解だったと思う。

松下幸之助翁にふれて、鳥肌が立つのは・・

履歴書を見たら、面接で接したら、その人の運がわかること。

 

松下幸之助翁は、素晴らしい政治の教科書を記したのではない。

素晴らしい経済の教科書を残したのもない。

松下幸之助翁が残したのは、優れた人間学者。

だから、政経塾出身者であれば、優れた人間学を突き詰めて生き抜くのが、生きる使命。

 

政治は二流でも、経済は一流。

その一流と言われる経済のなかで、なおかつ「経営の神様」とまで言われた松下幸之助翁。

この講演で、サムシングニューを、2つでも3つでも・・・

残すことができたなら、講演して嬉しいかぎり!!

 



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