けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

地球が怒り狂い 咳き込んでいる

2019-05-21 09:09:47 | 日記


家々が根こそぎ巻き上げられ土台だけの航空写真。2007年5月4日の夜に米中西部カンザス州のグリーンスバーグを襲った竜巻だ。

深刻な旱魃被害や極端な乾燥が原因とされる宇宙人襲来のような竜巻。ただただ、呆然と立ち尽くすことしか出来ない山火事や猛烈なハリケーン、大洪水。

エビ漁業で有名なメキシコ湾にぶち撒かれた原油事故汚染。数年前までは、広大なアメリカ大陸の出来事の一部として新聞報道されていただけだった米国発の災害報道。今や、これらの眼を奪われる自然災害というよりは地球のはらわたや気管支のねじれに苦しみ咳き込みして喘ぎのたうっている姿だ。地球環境に詳しい研究者は異変に気付き警鐘を鳴らしていたが、一般にはピンとこない遠い出来事であった。

竜巻などは、アメリカ大陸に上陸したヨーロッパ人がネイティブのインディアンを追い出し、原生林や草原を単一栽培の畑に変えていったツケがきたのだろう。自然の怒りを生じさせる分岐点を越えてしまったのだ。

この島国の日本でも同様で、毎年の台風やその他の定期的自然災害を除けばたいした被害も受けていなかった。1950年代前後には台風の甚大な被害を受けたが、それらは自然災害というよりも人工災害という面も大きかった。ところが近年、毎年のように、過去に経験のないような自然の脅威に晒されている。

日本に竜巻などあるのかいなと思っていたが、NHKでも警戒情報を発信し、実際に被害も発生し、信じられないような集中豪雨も頻発している。長期的に見たらどういう状況になっているのかは専門家ではないのでわからないが、どうもおかしいのではないかという感じは誰でも持っているし、なんだか変だな~と感じているのではないだろうか。

南半球でも北半球でも前代未聞の大干ばつや旧約聖書の中のノアが触れ回ったような大洪水の連波が世界各地で発生している。自然の復讐、グシャグシャと地球粘土を大気を掻き回す運動、地球の大気を大地を元の正常な状態に揺り戻す胎動(捏ね直し)が始まっているのだ。あたかも陶芸で、粘土を十分に捏ね均一にしてから作陶するように、人類の存在の可否をも含めた人知では制御できない地球の修正期への扉を開けてしまい、大地・大気・その中に生育する生物を飲み込む地球の地球自身による練り直しが始まっている。


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牛の干し肉と人間のそれとはどう違うのだろうか

2019-05-03 12:40:34 | 日記

ヴァン・ゴッホと弟テオが住んでいたモンマルトルの家は、シャンソンにも歌われているルピック通りをサクレ・クール寺院の方向に上って行く坂の途中にある。メトロBlanche駅を降りて5・6分だ。
 
その通りにある肉屋の店頭で干し肉の試食販売をやっていた。秋頃だったろうか。脚には牛の剛毛が残されているのでそれと解かる。まるで、半獣神(パーン)の脚みたいだった。食べてみると、スーパーで売っているものより貧弱だった。
 
これなら、人間の干し肉だって出来るはずだ。実際に、食用目的ではないが、世界各地にミイラとなって残っている。
 
パリに行った時は、朝、スーパーでハムの厚切りを一枚か二枚、大きなカマンベール(チーズ)、バゲット半分(長いバゲットを半分に切って売ってくれる)を買って挟み、周りの景色を見ながら歩き食べたものだ。水は必需品であるが、2リットル50円もしない。日本では、同じメーカーのものが数百円で売られている。クレープやガレット、冬の焼き栗などを除いて、フランス人が歩きながら食べているのは見かけないけれども。彼らは、カフェ、タバッ(Tabac)、ビストロなどで食するのだ。
 
人間の太腿ぐらいの大きなハムを、店員が1枚でも器械で切ってくれる。厚切りで、と言って分厚いものを一枚買う。安いハムは屑肉を中に入れて捲いてあるので高いのを買う。食べてみれば、その違いはすぐに解かる。
 
生肉の状態では相当に厚かった干し肉。胃の中でかなり膨張するだろう。牛の干し肉は、噛んでいるとクチャクチャしてきて生に解凍される感じだ。これなら、人間の干し肉を同じように食べさせられても解からないだろう。それに、干し肉単独ではなく、バゲットに挟み、最後に小さなカップのエスプレッソで流し込むのだから。

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モザイク掛けに専念するより文章を書けよ、と言いたい

2019-05-03 09:39:41 | 日記


写真にモザイクをかけることが流行している。個人情報保護という名の下に、写真に写っている人たちにモザイクをかけたり、顔を特定できないようにスリガラス状のものをかけたり、ハートマークを顔の上に置いたりして不鮮明にし、個人名を特定できないようにしている。報道写真にしてもしかり。写真撮影に同意した本人以外の存在を不鮮明にし、その他の彼・彼女の人権を保護するというような趣旨のものであろう。が、そんな新聞写真を見ていると胸糞悪くなってくる。個人情報を尊重するということは分かる。そうならば写真を撮っても新聞紙上に載せなければいいではないか。それほどにまでに写真の公開を恐れ、危害や誘拐などの可能性を排除したいというのならば人間の顔が写っている写真など掲載しなけれいいではないか。

写真に写っている一部の人間の顔にモザイクをかけて隠す。写真に撮らないで欲しいなどの要望や、不同意だったのになどと指摘されない為の措置だろうが、そんなことをするのならば写真など載せないで記事だけにすればいい。フォトショップなどの修正機能を持ったパソコンなどなかった半世紀前ならば、写真が載ると記事の裏づけのようになったであろうが、現在では写真による真偽は果てしなく判定し難くなっている。

米ソ冷戦時代のスパイ映画には二重スパイが撮ってきた映像、秘かに撮影したと主張する写真や証拠写真を体育館に貼り付けるぐらいに引き伸ばして鑑定し、この部分は別の写真を貼付け偽造したものだなどとCIAが解明する映画場面などもあった。が、現在では、そんな幼稚な手法ではなく、実際のものなのか加工したものなのか判別が非常に難しくなっている。

シュピッツ犬を連れて田舎道を散歩していた夫人に出会った。よく手入れされている犬だった。寒い中を数分間雑談したが、彼女はスピッツ犬を飼う人々で集う仲間と交歓しておりその様子をブログに載せていると話していた。で、家に帰りそのような記事を探した。田舎道で出会ったご夫人やその他の飼い主と共に多くのスピッツ犬が写っている。が、それら全部に写っている飼い主の写真には白いお面がかぶされている。まるでリードを手に持った白狐がスピッツ犬集会に集まっているようだった。集まった同好の人たちの顔を白いお面模様の被せものをして隠している。それらが全ページに亘っている。見ているうちに気持ち悪くなりそれらのページを閉じた。二度と見る気はしなかった。

犬の写真を見てどうのこうのと話す趣味もないし、そこに写っている人たちの写真にも興味があるわけでもない。犬は犬だ、それらの飼い主もしかりという感情しか持っていない。このブログの主、田舎道で出会ったご夫人は、一部の参加者から受けるであろうクレームを考慮したのであろう。まるで、今日、日本の上空を覆っている、民間部門をも含めた不正の様々な暗雲、蔓延し常習化している国家公務員の組織的公文書改ざん、隠蔽、破棄、不正統計作成資料を堂々と公表する欺瞞や腐り切った心などを象徴しているようだった。頂点に立つ者がこれらを見逃し、一族郎党(安倍官邸)に有利な情報を提供させるように組織を捻じ曲げる圧力感覚がこの社会の隅々にまで染み渡ってしまっている片鱗を見せられたようで非常に後味が悪かった。
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ああ、オレは今何処にいるのだろうか、とつぶやく杜子春がいた

2019-05-02 08:58:58 | 日記


高所得富裕層に属する竹田は通勤専用ジェット機にゆったりと座り流れゆく雲海を眺めてコーヒーカップを傾けている。彼の仕事場は、何処でも、何時でも、だ。といっても、西暦2000年代の過酷な労働環境の中で仕事をしている訳ではない。富裕層の両親が彼に用意した高度な教育を問題なく修め、その後に獲得した的確に訓練された技術を駆使した結果が今の竹田だ。

AIが収集している膨大な情報結果をA4用紙数枚に纏めたものに機内で目を通している。音もなく竹田の座席横に来たロボットが折り畳み式のテーブルを彼の前に引き出した。このAI乗務員は各個人好みのコーヒーの温度、濃度、香り、更にカップのデンザインまで熟知しており、迅速にその場で注いでくれる。これまた各個人好みの朝食まで容易されている。竹田のコーヒーカップから立ち昇っている湯気が楕円形の機内窓から射してくる光に白く反射している。窓に顔を近づけると竹田が属する富裕層に奉仕する隷属的環境に置かれた二級市民と呼称される集団の居住する区域が見える。彼らは混雑する相乗りドローンに乗って通勤している。

「エッ!これはるか昔に存在した旧南アフリカ連邦のアパルトヘイトではないか」と錯覚したが、時は20X2年だった。Abe(エイビー)と呼称された専制君主が極東にあったジパング国の市民を巧妙にだまくらかし、Abeに奴隷のようにかしずき、あらゆる統計や政府文書を改ざんする優秀な官僚を動員して作り上げてしまった階級社会というよりも身分制社会になっていた。彼の政権下で富裕層となった者たちや彼の個人的お友達や高額な政治資金献金者が脳科学者とメディアを抱きこみ極東の島々ジパングに住む人々に覆すことのできない強固で閉鎖的な身分制ともいえる階級社会を構築してしまっていた。その島々に居住する者たちは階層別に区分けされ、間抜けどもを押しのけてAbeの時代に富裕層となった者たちは温暖化によって住環境が厳しくなった沿岸地帯からより快適に生活できる高原地帯に移り住んでいた。その他の、いわゆる富裕層に奉仕する、洗脳教育で白痴化された肉体労働者や社会の落ちこぼれになった人間集団ははるか昔の穴居人のように耐えがたい気候からの防御策として地中に穴を掘って住む集団となっていた。地球環境は、多くの生物にとって生存しずらい気候変動に曝されてしまっているのだった。

はるか昔の江戸という時代にあった犯罪人に処置した刺青と同じように、このAbeが作り上げてしまった強固な管理社会では、政府がごろつきテロリストと断定した富裕層に反発する人間には彼の全情報が入ったチップが強制的に体内に埋め込まれ、何処でも、何時でも、彼の全行動はピンポイントで監視され必要とあれば埋め込まれたチップから発する電磁波で身体拘束が容易になっていた。

富裕層が居住する地域の住民はその富と特権を維持防護する傭兵とロボット軍隊の強固な壁で守られている。一般市民には太刀打ちできない強力な火器と監視ロボットが張り巡らされている区域だ。正に、旧南アフリカ連邦のアパルトヘイトによる悪しき統治システムをAIで構築してしまっていた。高所得者や高度な知識を駆使する技術者等の集団に動物のように飼われている人間集団となっている疎外された集団は距離的に離れた区域に住んでいた。旧南アフリカ連邦のアパルトヘイトと違うのは、不満が鬱積し爆発しない予防策を施したそれなりに快適に過ごせる衣食住の最低限の保障がなされていることだけだ。これは住民反乱防止策の一つだった。殺さぬよう生かさぬようにが徹底されている社会だ。個々人のセックス状況まで管理され、2級市民には、最早、個人とか人権などという言葉は辞書から消えていた。あるのはマイナンバーという数字が張り付けられて管理されているモノが、デジタル化された存在があるだけだった。

それでも、独自の方法でこっそりと防諜網から逃れる術を獲得した者がいた。個人情報が絶対的中央政権に集まり管理される社会に反発し、個人情報体内埋め込みチップ条例を逃れて住んでいる人々がいた。これらの人々は町中に入る時点でコンピュータが認識して直ちに拘束される。だから、その裏をかく様々な工夫で町中に入り買物をしていた。最早、物理的な貨幣などは存在していないので闇の個人情報カードを入手して決済し衣類等を調達している。何時の時代にも技術の網をかいくぐって侵入する技術を編み出しそれによって対価を得る者はいる。絶対に侵入できないシステム技術だと云われているものに挑戦し、それを成功させることに精神の快を感じる人間もいるのだ。

20X2年の地球は従来の生物にとって非常に過酷な住環境となり、各国の国境には物理的デジタル的な壁が作られていた。地球人口を養うことは不可能になりつつあり、政府は多くの余剰国民を月や火星への棄民的移住政策を推進していた。危険を伴う宇宙大航海時代に突入し、人々は争うように宇宙に進出し、そこから齎される富に投機し、一攫千金を狙う富裕層もいた。AI技術の応用は人間の脳に影響を与え、人々の心を操る技術を有するまでになっていった。勿論のこと、その技術を占有しているのは富裕層に奉仕するAbe政権だ。その一方で、個人の自由を無視する強権的な政権を拒否し、政府の防諜網から逃れる術を獲得して生活する集団もいた。獲得した膨大な富の分配を嫌う富裕層集団とそんな社会を嫌う隠れキリシタン的な集団に分かれてしまっている社会になっていた。そんな人々に属する人たちは必用なものだけをはるか昔の貿易や物々交換のように必用物質を交換していた。人間社会は、もう、戻れない不可解な社会になってしまっているのだ。その中にたたずみ、暗黒の大空に光り輝き、きらめき移動している巨大な人工物を眺めるやる杜子春がいた。

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神器の由来は

2019-05-02 08:49:10 | 日記


刀剣は鞘も刃もボロボロに錆び、金属部分がグズグズになっていた。多量の勾玉(マガタマ)、裏に絵図が刻まれている(青銅製の)鏡と共に陳列ケースの中にドサッと積み上げられていた。さながら、貝塚か王墓の発掘現場でだった。場所は、パリにあるギメ美術館(東洋美術館)の南アジアやインド・イランの展示室からずっと離れ、奥まったガラスケースの中だった。朝鮮半島周辺からの収集物だ。ははぁ、これらが三種の神器の系統なのかと。

パリにあるギメ美術館。1980年代中頃の平日に行ったが入場者などいなかった。入口からして陰気臭く、ここが美術館などとは思わなかった。膨大な陳列品の数々は世界史授業の仏教伝播をおさらいするかのごとくに、おびただしい仏像や関連美術品でいっぱいだった。

美術館の奥の、さらに奥の方にあった極東の国々から集めた収集品の数々。朝鮮半島や中国などの周辺国からの古代国家の収蔵品。円い形をした青銅製の鏡、小学校の頃雑誌で見た伝説の日本武尊が腰に下げていたものに似た太刀が修復不可能なほどに劣化し、朽ち崩れ、まるで古代の埋蔵発掘現場みたいな様相を呈していた。勾玉は石なので、くすんでいたが古代の輝きを保っていた。遥かいにしえの時代にはさぞかしピカピカと輝き、宮廷人の自慢の種だったのだろう。その姿を映し出していた彩色を施された鏡は腐食し、絵図が刻まれている裏や磨き上げられていた表も無残な姿になったものがバナナの叩き売りのバナナのようにガラスのケース内に雑然と積み上げられていた。

衝撃だったのは、太刀だ。刃の部分はボロボロになり、触れば粉々になってしまう状態だった、鞘も、そこに付いていたと思われる紐も色褪せ腐っている感じ。そんなものが、まるで貝塚の発掘現場かと思うような状態で無造作に積まれていた。これらが、日本の皇室に保存されて拝まれているという品々かと。緑青がふいている鏡は、腐食防止処置を施せば救える状態にあった。太刀は金属の刃全体が触ればボロボロと粉になって落ちてしまう状態だった。

神器を収めた箱を天皇の前で頭上高く奉げ持っている写真。その中に納められているという太刀や鏡はどんな状態なのか、どんな形をしているのだろうか。何処を経由してきた輸入物なのだろうか。その内容や状態を口外しないと誓約文書に署名して保存修復を施した技術者は知っているのだろう。絶対秘密とされているのかもしれないが、ギメ美術館に展示されていた見るも無残な太刀、朝鮮半島由来の太刀や鏡、勾玉の類なのだろう。興味ある人は、是非、ギメ美術館へ行き見てくることだ。

ネットで見ると美術館はきれいに改修されているようだ。陳列も照明もすっきりとし、明るく見やすくなっている中に多くの入場者が写っているのを見てびっくりした。で、現在でも、今回の記事のような状態が続いているのかどうかは知りえない。


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