けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

復讐への一歩がなされた

2018-12-14 12:46:34 | 日記


動物連盟が採択し、密かに実行に移していた復讐、人間への復讐が成就された
遠く黒海の彼方のチェルノビイリで成功した

その昔、俺たち動物は大平原を全速力で駆けまわっていた
誰にも邪魔されずに、各々の生存区域を決めて生きてきた

それがどうだ、奇妙な格好の人間という集団がやって来た
フラフラとおぼつかない二足歩行の生き物だ

活火山から火を奪い取り、森を切り倒し、火を点けていった
大空を飛ぶ鳥を叩き殺し、魚の腹を裂き、日干しにした

草原のバイソンは体中を切り刻まれ、塩を揉み込まれ、草でいぶされ吊るされた
甘い汁が口中に広がる春の草ではなく、遠くまで異臭を放つ肉片を喜ぶ人間の子供ら

いつか、そんな二足歩行の人間と呼ばれる侵入者に復讐してやると誓った
何世紀もの時を費やして、やっと復讐への入り口に辿りついた

ああ、永遠なれ、チェルノビイリ、そして、フクシマよ
人間の巣が崩壊している、我らの楽園が息を吹き返している

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カタカナ語では真意や感覚が伝わらない

2018-12-13 14:58:32 | 日記


官民共々レイプという単語を使う日本。「強姦」ではないか。なぜ、わかりづらいカタカナ語をあえて使うのだろうか。その理由を心理学的に解明する知識はないが、「恥ずかしい」というアジア人特有の感情があり、カタカナ語で表記するとその単語が意味する内容が日本人の神経に触ることなく薄まるからだろう。皮膚感覚に直接訴えるのとは違って、まるで英文解読のように無機質な音の連なりになってしまい日本人の感情に響かないからだろう。翻って、英語国民は、rape (レイプ)という単語に対してどんな内的反応、拒否反応を示すだろうか。想像だが、日本人が「強姦」という単語を口にしたり直接聴いたりしたときに反応する感覚と同じものが生じるのではないだろうか。

米軍基地が所狭しと林立している沖縄では、軍人や軍属などによる強姦(レイプ)事件が頻発している。事件が起こったとき、全国紙の記事に載るのは 「性的暴行」 という幅広い概念の四文字になってしまう。こんな熟語が全国紙に載るたびに、何時も、これはどんなこと(意味)だろうかと思っていた。事件が明らかに強姦の場合は「レイプ」という単語が使われるようだが、これでは音の連接であるカタカナ語となってしまいその単語が持つ重みが伝わってこない。

だから、沖縄で強姦事件が起きたときに取る安倍内閣の態度は単なる殺傷事件と同類の扱いの重みや意味になってしまう。これが、若し、自衛隊員がハワイで同様の事件を起こしたなら米国人はどのように反応するだろうか。自衛隊員や日本政府を非難する市民とマスコミを巻き込んだうねりが起きるだろうし、日本政府は奴隷のように這いつくばって米国政府や被害者に謝罪するだろう。

沖縄で起こった強姦事件と同様な事件が東京都内や神奈川県内にある米軍基地周辺で起きたとき、都県民や日本政府はどんな反応をするだろうか。また、日本政府はどんな風に米国政府に抗議するだろか。「何で、そんな場所に行くのか」とか、「何で、そんな時間帯にそんな所をウロウロするんだ」という被害者を責め立てる。封建時代のお上意識がこびり付き、染み付いていて取れない。憐れみの情などマスコミに批判されたときにポケットから取り出すだけで、終れば町中で配っているティッシュのように捨ててしまう。


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我慢の限界だ、と呻く地球

2018-12-08 13:10:05 | 日記


今年の秋は何処へいってしまったのだ。うやむやにあっけなく消えて去ってしまった。秋の天空を背景に高木の細い枝にとまり甲高い声で鳴いているはずのモズは何処へ行ってしまったのやら。その木々の下には天候不順で出荷できないキュウリ畑があった。正確に言うと、規格外の捻じ曲がりキュウリになっていて出荷不可なのだ。茎の近くは太いが先端は細く小さくなっているのがチラリホラリとストライキでもしているかのようにぶら下がっていた。安く売ればいいと思うのは部外者の感想だ。今や農産物も工業製品並の規格を要求される。

病気になり黄色くなった葉がだらり。大根や葉物野菜の高騰でスーパーの野菜売り場ではキャベツを半分に切って売ったり、白菜を四分の一や六分の一に切って売っていた。それでも、一つあたりの価格は去年の値段と同じだった。単純計算で一つあたりの価格が4倍や6倍になっていた。消費者は見て溜め息を吐くだけで、隣の棚に並ぶモヤシ袋に大勢の手が伸びていた。野菜栽培農家にとっては踏んだり蹴ったりの散々であったろうが、それを波乗りサーフィンのようにうまく出荷調節して高額な紙幣束を手にした者もいた。彼曰く、「出荷時期を考えてやっているからね」と彼の畑を背にして話してくれた。

春になって寒い日々を迎えるのであろうか、それともエルニーニョの影響で冬から一気に初夏の気候へと移動してしまうのだろうか。でも、冷夏という単語もある。1950年代のように大雨で河川の堤防が決壊し稲田に泥水が押し寄せるということもある。関東地方では何十年も台風による大水や堤防決壊が見られなかったけれども近年はどこが被災地になるかわからない。予測できないゲリラ豪雨や地域限定の強風、山崩れ、液状化や家屋浸水が年中行事化するかもしれない。田畑のみならずハウス栽培棟などが倒壊浸水する台風災害の多発する始まりの年になりそうな気がする。今年のネギは上出来になってきたし、キャベツや白菜、大根やカブなどが豊作状態になっている。これが一時の安堵でなければいいのだが。

湿地で湧水地であった場所や区域を掘り起こし大規模家屋を建てたり、地下の関係で大水が出る一帯を埋め立てて住宅地にしている。土地の表面は乾いて平静を保っているが、建物のずっと下の方である地下内部では暴発寸前の変化や歪みの衝突が生じているだろう。都会の人々はビルの谷間に見える青い空を大空と呼んで満員電車から眺めている。正確に言うと、スマホでそんな写真を見て秋だ、冬が来たと感じているだけなのだ。温室栽培のナスを食する彼らには季節などどうでもよくなり、そんなものには関心を持たなくなっている。ああ、そこに付け入る地殻変動のスイッチを押すゴジラがナマズと共謀してその機会を窺っている。地下の生態系を無視し、巨大建築物で地下水の流れを阻止し、コンクリートで地表を蔽い地下の温度や空気を遮断している。

自然からの復讐。この言葉がいやな連中には、捻じ曲げられた自然の揺れ戻し、均衡状態への自然界の自律希求が始まったと形容してもいい。そんな変動が、原始地殻変動のような地球環境が練り返される(初期化のようなものが)起こるような気がする。科学者は別のことばや理論で説明するだろうが、原因・結果は同じことだ。人間の飽くなき横暴の連鎖で自然を踏みにじり過ぎ、地表ばかりではなく、その地下や大気中で起こっていることに気付かないからだ。 


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