けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

そんなに無理して盛り上げなくてもいいのだが

2018-09-27 10:44:09 | 日記
特売りんごを棚から取ろうとした。その瞬間、目の前に女性の胸元が目に入った。乳房を両脇からグイッと押し出して真ん中に線が入る工夫をしている。乳房のある胸の両側は凹んで真ん中が出っぱっている非常に不自然な体型になっている。

彼女は流行の胸元を大きく開けたシャツを着ていた。それ自体はいいのだが、乳房を両側から締め付け、中央で盛り上がるように工夫しているが、なんと窮屈な格好をしているのだろう。彼女は何をして、そんな窮屈な、不自然な格好をして我慢しているのだろう。涙ぐましい努力だという人もいようが、それよりもアホじゃないかと言った方が適切な感じだ。そんなにまでして、乳房が大きい女である印を示そうとしている。というよりも、欧米の巨乳の人々の真似をしているだけだ。まるで風船玉のような巨大な乳房、牝牛の乳房に憧れているのだろう。

夏のパリに行って地下鉄に乗れば、混雑した車内で北ヨーロッパから来た観光客が大きな赤い風船玉のような乳房をTシャツの下からムニュッと突き出しているのを直ぐ目の前でみるだろう。それを見て、これはきれいだ、素晴らしい、と感じる人がいるだろうか。フランス人でさえ、こんな人たちを牝牛(乳牛)と吐き捨てる人もいる。

パリの夏期講座でデッサンしているとき、隣で描いていた高校生のような女子が昔風の胴着を着けていた。鎧のように胴をすっぽりと隙間なく包み、硬い胴着の上部で乳房をさらに上に押し上げている。だから、鎖骨の下あたりまで盛り上がった乳房がでてくる。映画などでよく見る姿だ。写真映りがよくなり、胸の膨らみが大きく形よく見える。でも、夏のことでもあり窮屈で不快だったのだろうか、次の日には風通しのいい楽な服装で来ていた。

日本では見られないこんな珍しい服装の彼女を見ていたが、着物で拘束される女性と同じく着ている本人にとっては動きやすくもないし、動作の制約も大きいだろう。やりたい人はやればいいが、濡れた粘土のような肌色を持つ日本人が黒色の髪を明るい色に染めてお化け顔にしているのと同じだ。自分の顔は鏡を使ってしか見られないので分らないが、こ汚い顔になって町を歩いている。濡れ粘土の肌色と黒髪に似合う色は藍色系だということを忘れてしまったのだろう。
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玄関前の生垣に彫刻する人

2018-09-13 10:23:18 | 日記
真夜中に侵入し、その彫刻に力ずくでセックスする人がいる。それを報じたBBCの動画を見ると、女神の両脚の間に繁っていた枝葉が人の重さで沈み醜く荒らされていた。

古代ギリシャ彫刻の女神を真似、彫刻した生垣の大きさは通常の人間より少々大きい。それでも、眼窩など細かい部分もうまく作ってある。剪定の腕前だけでなく、美的感覚もあるのだろう。高齢の作者は、凌辱された女神の生垣を直しながら、ここでセックスしたのがいる、とカメラの前で話していた。直ぐ後ろには、レンガ作りの家の玄関が見えていた。

生垣を彫刻してしまえ、という考え方は非常に面白い。正に、盆栽の反対を行く考え方で、生垣の植物は細かい枝葉が繁茂し、かつ、その生育も早いので、鋏を手にしてチョキチョキと楽しいだろう。それに、盆栽よりも効果が早く見えてくる。植栽の種類によっては生育が非常に早いものもあるし、ひと夏ぐらいで輪郭ができるのではないか。問題は、そんな生垣彫刻を見て、何だかんだとくだらぬ難癖を吹っかけてくる輩だろう。ハサミを持って夜中に切られてしまう可能性も、個人の自由を尊重しない日本では大いに考えられる。

田んぼアートのようだ、と評する人もいようが、田んぼアートは乱暴に言ってしまえば、二次元のアートだ。生垣アートは三次元だ。これは非常に大きな違いだ。前者は、色の違う植物を植えてゆくだけなので机上でデザインできる。が、後者の生垣彫刻はそうすることは非常に難しい。

昔ながらのやり方で剪定する植木職人に庭木や生垣を任せるのではなく、自らの手と頭で生垣彫刻をやってみたら盆栽の手入れ以上にのめり込んでしまうのではないだろうか。その上、繫茂が著しい生垣の植物の生育状態に合わせながら手を入れてゆくので、結果が見え、毎日が面白くなるのではないか。興味のある人は、是非、やってみたら。

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