けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

これが、我々火星人の物語の始めだった

2018-07-26 14:18:31 | 日記
生殖能力が失われた火星在住の生化学者達がボロボロになった彼らの細胞からDNAを取り出し、2000年当時の幼稚な復元化技術ではなく、より精密で高度なDNA操作・編集技術を駆使して、火星の薄い大気の中でも生存可能な能力を備えた原生火星人と呼ばれる新人類を出現させた。胎児の生育過程では、これら原生火星人も地球人であった特徴を示していた。地球上で生まれた新生児が母体から脱出して地球の大気に触れると同時に肺呼吸に移行するように、原生火星人も生まれると同時に肺呼吸を始めるが、薄い火星の大気の中でも生きてゆける適合性を獲得していた。人類進化史の文脈からみると、彼らは地球人とは異なった生物となっていたし、さらなら進化をして大気のない宇宙領域に出てゆける特殊な殻を皮膚組織の上に纏い、宇宙空間を漂いながら生きてゆける機能を獲得する進化の過程にあった。遥かな昔、チンパンジーから分かれたホモサピエンスが毛皮の拘束から抜け出し、生活環境の異なる気候帯にまで生活空間を広げ、高度な進化の道を進んだように。

世代交代が進み、火星人としての意識や団結心が醸成されてくるにつれ、人類がチンパンジーをより劣った猿人と区別したように、火星人の祖先であった地球人を進化の道を踏み外した猿人とみなし、破壊された地球上の劣悪環境から隔離された地域で生き残っていた人類を火星に運び、火星の表面から深く掘った場所に、かって、地球上にあった自然動物園に似た広大な施設を作り宇宙での絶滅危惧種となった地球人観察の場とし、火星人の親子が遥かな昔に共存していた地球人を見学に来ていた。そこで暮らす地球人は、国会と称する場所で仲間同士で取っ組み合いをし、罵り合っていた。火星人たちは、その様子を地球上に存在した動物園のマントヒヒの集団を観察するように冷めた眼つきで見やり、彼らがお互いに噛み付く様子を見て楽しんでいた。

地球上にいた動物の歴史と同じように、火星に移住し何世紀も経ち、薄い大気の中で生活する機能を獲得したけれども、強い宇宙線に曝される日常は困難を極めていた。それでも、高山地帯に住んでいた地球人たちの肺機能が環境に順化し肺胞の数が爆発的に増えていったように、薄い大気の中でも生活を可能にしていた。この状態は負の面ばかりではなかった。驚くべきことに、薄い大気の中に強力な宇宙線が降り注ぐ状態に曝されたプラスチックは分解され火星の土に異変を齎していることが目撃された。ウランが崩壊して鉛となったような変化をしたのだ。地球では、地球人が自然界に存在しないプラスチックを作り出し、そのプラスチックで地球の大洋や土壌をプラスチックのスープとしてしまい、地球上にいた人類は絶滅寸前に追い込まれたがいくつかの集団が火星に移住させられ生きていた。地球は、はるか昔の緑に輝く海と呼ばれていた水の星ではなく、人間が自ら作り出した物質で地上や海洋を汚し、これまた、火星とは違う意味での外気と隔離されたドームの中での生活となったのだが、その試みもうまくいかずに絶滅の淵に追いやられたのだ。

火星に移住を始めた初期地球人は、火星の大気から隔離されていた強固な強化プラスチックのドームの中で生活していた。地球の環境を経験したことのない世代交代がなされたが、地球上でなされていた生殖過程は火星上ではうまく機能しなくなっていった。そのために、地球から義勇兵が送られてきたが、火星生まれの人間も、次第次第に火星環境に生きる機能を獲得していった。地球を知らない火星人となった元地球人はオスの腹からも生まれるように工夫された遺伝子編集によって赤子の生存率を上げて地球人に対抗してゆく勢力となっていった。元地球人の雄と雌も出産可能な機能を獲得したが、生まれた全てが火星の大気の中で生き残れるわけでもなかった。こんなことからも、火星に住む地球人と火星人となった元地球人は進化の分かれ道を歩んでいった。

タツノオトシゴはオスが出産し、その数は、一度に二千匹ぐらいを海水中に放出するらしいけれども、その生存率は十匹ぐらいだという。タツノオトシゴの子供は放出した途端に他の魚の餌になってしまうが、火星人となった元地球人から生まれた星人は、青く青く光り輝く地球を見てその脳髄回路が狂ってしまうというDNA編集の欠陥が解消されていなかった。精神の破壊を齎す率が非常に高かったが、それを克服した火星人となった元地球人の知能や身体能力は宇宙空間で生存してゆける各種の特別な機能を付与されていた。遺伝子編集過程での何らかの失敗がこんぐらがってしまったのだが、地球上に生存した人類も同じような致命的な編集欠陥が数多くあった。これは、自然界に任せていた進化の過程でも同様にあったし、自然の手から人工的に編集されても、洪水のように巣から這い出たカマキリの子がカエルなどの小動物に飲み込みられてゆく運命のように。

2085年、国連は火星への移住募集を始めた。地球は、もう正に、生物の生存が危険にさらされるアップアップの状態になっている。新興国のエネルギー消費量の増加、それに追い討ちを掛けるように、アフリカ諸国の発展に伴って伐採された熱帯雨林の減少と砂漠化。地球最後の緑の大陸、南米大陸とアフリカ大陸が炭酸ガスの異常放出地帯となったのだ。

その頃、火星に数十年間住んでいる男子の体に異変が起こっていた。全く奇妙なことに、生物学の常識を覆す現象が散見された。それは、胎児を宿らせる機能が男子の腹部に現れたのだ。最初は、赤ちゃん工場で卵子を扱っていた技術者の多くに見られ始めた為に、何らかの新型の病気かと疑われた。赤ちゃん工場では、薄い火星の大気中でも生存できる人間の胎児の研究をしていた。多くは死に絶えてしまった。それでも、次第に、火星の大気に順応する機能が芽生え、発達し、酸素ボンベを背負って生活することが必要なくなった赤子が誕生していった。地球生まれの地球人の女性から生まれた子供たちには、そんな能力は付与されていなかった。腹部に胎児を宿らせる機能を獲得した地球人のオス(男子)から生まれた赤子は火星の大気に順応する機能が備わっていた。

火星人の出現の瞬間だった。元地球人の祖先を持つ火星人は、地球人の卵子を腹部の袋に取り入れ、火星人の特性を持つ子供が育っていった。彼らの食べ物、地球から持ってきたサツマイモを火星の大気と土壌に順応させたものを主食としていたのが影響しているのだろうか。火星の大気を吸収して生きる火星人。火星の大地に生活する火星人となった集団が赤土の火星表面を開拓し、まるでかってのアメリカ西部開拓者のように火星の土地を蚕食し始めた。

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こんなにも恥しがり屋だったとは

2018-07-10 12:58:15 | 日記
今日は寒いからとか、暑いとか言って引っ込んで出てこない
春の日差しが山すその霜柱を溶かす寸前にひょいと顔を出すときがある
でも、直ぐに引っ込んでしまう
なんという恥しがり屋なのだろう

今日はどうかなと思っても
流れる雲や川面から反射している光りがもう散ってしまったからと
ああ、疲れたというような顔をして引っ込んでしまう

ネコヤナギに銀色の芽が出てきたと喜び小石を洗う小川に沿って歩いていたのに
雲の陰りがゆっくりと通り過ぎて行ったら
今日は疲れたからと屁理屈を言って部屋に閉じこもってしまった

太陽が大きく天空を駆け上がってきたと外に出てきたのに
裏山にへばりつく藪から追い出された風が出てきたと言って
溜め息をつき壁に囲まれた中には入ってしまう

何ということか、私の才能よ
ご主人様のご意向など一顧だにしないのだ
そんな所だけが強力に自己主張して自分自身を大きく見せている
ああ、何たる身勝手で恥かしがり屋の私の才能よ

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私が夢の中で経験したこと

2018-07-06 08:24:55 | 日記

二時間だけ見えるようにして欲しい。
大地震の煙と共に出てきた悪魔の尾を捉まえて交渉した。

(何を?と言う事なかれ。自分でも分っていないのだから。
それでも、チャンスだと感じた。こんなことはピカソでさえ経験したことがないのだから。(ピカソは地獄というものがあるならそれを見てみたいといっていたけど。))

(2017-09-03 14:09:26掲載)
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世にも恐ろしきもの、その名は、禁忌(タブー)

2018-07-02 13:07:10 | 日記

「早く捨てろ」
「それは採っちゃいけない」
「触っちゃいけない」
「見たら祟りがあるぞ」
「早く捨てろ」と、恐怖におののき引きつった声と顔。まるで、安全装置を外した爆弾や手榴弾を振り上げている狂人に向かって叫んでいるようだった
 
淡い紫色の花が咲いているキキョウを数本手に立っていた。遠くを流れる川や小指の先ぐらいに小さい富士山が見える裏山で咲いていたのを採ってきたのだ。それを見た銘仙織機工場の息子が恐怖に目を吊り上げている。聞くと、キキョウの花にまつわる悲惨な伝説があるのだということを知った。彼は集落に住む新参者の子供ではなく、町内の中心部にある神社の境内に続く石畳の道に沿って建っている朝から晩までガシャンガシャンと動き続けている工場の息子だった。
 
イスラム教と同様「豚肉を食べてはいけない」というユダヤ教の禁忌 (タブー)を破ってみる決心(実験)をしたアメリカ合理主義の教育を受けたユダヤ教徒の若者。恐る恐る口に入れた。幼少の頃から、家庭・地域で教えられていたトーラー(律法、Torah)の教えが稲妻のように浮かび、恐怖にひきつって味もわからない。口に入れた瞬間に天地が裂け、足元に地獄の門が開き奈落の底に落ちてゆく恐怖に震えた。豚肉料理を飲み込んでから数秒たった。何も起こらない。一分経った、周囲はいつものまま。待てど暮らせど何も起こらない。
 
敬虔なるユダヤ教徒の家庭に育った米国の一青年の勇気ある(愚かな?)挑戦。禁忌を犯す・破ったらどうなるかと考え実行した青年の記事が米国のニューズウィーク誌に載っていた。1980年代だったろうか。
 
タブーは人間の心を、地域社会を支配し、生活も支配し、しいては、国家、政府の形態までも支配する。IS戦闘員も、殻を割って生まれ出てきた鳥の雛が最初に見たものを母親と信じるように、死んだら天国にいけるという刷り込みにどっぷりと浸かっているのだろう。考える動物の人間にも、己の中に治癒不可能な不可解な要素を抱えているのだろうか。
 
一神教は多神教よりも上だとか優れていると宣伝された教育を受けたが、その負の面もあることを理解する絶好の機会だなどと言っていられない世界になってきた。

(初投稿、2017-09-22 14:04:38)

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宗教はその教義を個人/団体の社会活動まで強制すべきではない

2018-07-02 13:03:59 | 日記

フランスで起こったテロ事件、シャルリー・エブド新聞社襲撃事件を恐れるあまり、掲載される画の写真にモザイクをかけて出版するという記事があった。事実は事実として伝えるのが出版界をも含めたメディアの使命であり、それを避けてしまうのは自殺行為ではないか。太平洋戦争中の新聞記事黒塗りに重なるものがある。

己の属する宗教上の教義に反することが表現されることに対して宗教教義を盾にして反対表明することは自由だが、その宗教規範を社会全般に当てはめようとするのは間違いであり慎むべき行為だろう。

世界には様々な宗教形態があり、様々な教義と禁忌(タブー)がある。それらを宗教集団内で遵守することにはなんら問題はない。ただ、それらを宗教団体の枠外にまで敷衍解釈し、声を大にして禁止せよと叫び実力行使に至る行為には大きな疑問が湧く。また、そうすることを教理の御旗の元に日常生活や社会活動の領域にまでに及ばせようとする行為は非常に危険なことではないだろうか。

見たり、聴いたり、読んだりすることで嫌悪感をもようするものがあっても一国の法の下で保証されている限りそれは許されるのであり、意見を異にする個人や集団を許せないという狭い不寛容の心ではなく、反対表現をも尊重するという心がなければそれは単なる物理的圧力集団になってしまう。

(初投稿日、2017-08-31 12:48:04)
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