けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

モザイク掛けに専念するより文章を書けよ、と言いたい

2019-05-03 09:39:41 | 日記


写真にモザイクをかけることが流行している。個人情報保護という名の下に、写真に写っている人たちにモザイクをかけたり、顔を特定できないようにスリガラス状のものをかけたり、ハートマークを顔の上に置いたりして不鮮明にし、個人名を特定できないようにしている。報道写真にしてもしかり。写真撮影に同意した本人以外の存在を不鮮明にし、その他の彼・彼女の人権を保護するというような趣旨のものであろう。が、そんな新聞写真を見ていると胸糞悪くなってくる。個人情報を尊重するということは分かる。そうならば写真を撮っても新聞紙上に載せなければいいではないか。それほどにまでに写真の公開を恐れ、危害や誘拐などの可能性を排除したいというのならば人間の顔が写っている写真など掲載しなけれいいではないか。

写真に写っている一部の人間の顔にモザイクをかけて隠す。写真に撮らないで欲しいなどの要望や、不同意だったのになどと指摘されない為の措置だろうが、そんなことをするのならば写真など載せないで記事だけにすればいい。フォトショップなどの修正機能を持ったパソコンなどなかった半世紀前ならば、写真が載ると記事の裏づけのようになったであろうが、現在では写真による真偽は果てしなく判定し難くなっている。

米ソ冷戦時代のスパイ映画には二重スパイが撮ってきた映像、秘かに撮影したと主張する写真や証拠写真を体育館に貼り付けるぐらいに引き伸ばして鑑定し、この部分は別の写真を貼付け偽造したものだなどとCIAが解明する映画場面などもあった。が、現在では、そんな幼稚な手法ではなく、実際のものなのか加工したものなのか判別が非常に難しくなっている。

シュピッツ犬を連れて田舎道を散歩していた夫人に出会った。よく手入れされている犬だった。寒い中を数分間雑談したが、彼女はスピッツ犬を飼う人々で集う仲間と交歓しておりその様子をブログに載せていると話していた。で、家に帰りそのような記事を探した。田舎道で出会ったご夫人やその他の飼い主と共に多くのスピッツ犬が写っている。が、それら全部に写っている飼い主の写真には白いお面がかぶされている。まるでリードを手に持った白狐がスピッツ犬集会に集まっているようだった。集まった同好の人たちの顔を白いお面模様の被せものをして隠している。それらが全ページに亘っている。見ているうちに気持ち悪くなりそれらのページを閉じた。二度と見る気はしなかった。

犬の写真を見てどうのこうのと話す趣味もないし、そこに写っている人たちの写真にも興味があるわけでもない。犬は犬だ、それらの飼い主もしかりという感情しか持っていない。このブログの主、田舎道で出会ったご夫人は、一部の参加者から受けるであろうクレームを考慮したのであろう。まるで、今日、日本の上空を覆っている、民間部門をも含めた不正の様々な暗雲、蔓延し常習化している国家公務員の組織的公文書改ざん、隠蔽、破棄、不正統計作成資料を堂々と公表する欺瞞や腐り切った心などを象徴しているようだった。頂点に立つ者がこれらを見逃し、一族郎党(安倍官邸)に有利な情報を提供させるように組織を捻じ曲げる圧力感覚がこの社会の隅々にまで染み渡ってしまっている片鱗を見せられたようで非常に後味が悪かった。

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