けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

「爆買」が終った後は、「質」を求める

2017-12-13 10:06:06 | 日記
景観も快適さも不十分だ、不快だ。もっときれいな場所に行きたい。暮らしていても面白くない。目も、口も、心も楽しませてくれる場所に行きたい。それを叶えてくれる旅行社のポスターが揺れている。そして、不確かな情報のまま外国へと旅立ってゆく。

オーストリアの画家、ゾーネンシュタイン(故人)が興味ある文章を書いている。自分の住む場所が魅力に富んでいない所の住民 (国民) は、競って海外旅行に出て行く、と。そう、まるで鯔 (ボラ) の大群が海から狭い入り江に向かって押し寄せてくるような感じで (魚の上に魚が折り重なって泳いでくる)。

ウンカのごとく世界中に出て行く中国人観光客。文化の違う国・地域に津波のようなツアーを組む。勿論、海外旅行に出かけること自体は非難されることではない。様々な国を自分自身の感覚で経験してくることは大変にいいことだ。そして、これらは、近年の爆買に象徴された中国人の観光客は、ゾーネンシュタインが主張しているいい例かもしれない。

日本でも、1960年代の農協団体海外旅行(英文記事は「ノーキョー」)があった。異国の町に放り出された猿のようなジジババが、旗を立てた添乗員の後を金魚のうんこのように列をなしてゾロゾロと付いて行く。羽田国際空港(当時)には、巨大なお土産の袋を担いだ人々。こんな一般人の海外旅行の「事始め」を、日本の恥さらしだ、と高級国家公務員や国会議員に叩かれた。でも、そのことで、日本社会に海外への目が見開かされたのだ。高度成長期に稲作用地だった田畑をマンション等の開発会社に売って小金が手に入った水飲み百姓が海に囲まれた土地から広い広い文化の違う国へ行く。添乗員にだまされて買った高額なお土産を手に帰国し、「町中を添乗員の持つ旗を見ながら歩いていただけ」という感想だったかもしれないが、多くの若者の目を海外に向けた役割はあった。青いヌルのような藻だけが漂っていた溜め池の日本社会にさざ波が立ち始め、人々はまだまだ社会の隅々に残っていた封建社会の残滓が色濃くのさばっている自分たちの社会を新たな視線で見始めるきっかけを作っていった。




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