けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

ニホンジン女性よ、嫌なことは "イヤダ " と主張しろ/アイシアウ(Make love)に「愛」は必要ですか

2019-09-11 14:07:35 | 小説

中世の貞操帯のごとき服装規定(ドレスコード)を強要する上司の顔をパンプス底でひっぱたいて辞めよう。毎日、毎日、嫌な思いをして出社し、精神安定剤をポケットに忍ばせて働いているアリの群よ。彼女・彼らの親戚や知り合いには高給取りと思われ、或いは、より良き稼ぎのある若い男が働く職場と羨ましがれ、或いは、潰れる可能性が低い大きな会社で働いているなどの世間体の理由が重荷になって言葉に表せない屈辱を背負いながら働いている人たちの精神は小物売り場に並べられているスカスカ穴になった乾燥スポンジのようになっているのか。

今からでも遅くはない。貯金通帳の残高を膨らませ、クソ上司の顔をぶったたくその日に向って面従腹背の技を身につけよう。同業他社でも通じる技術や能力があるなら、秘かに、よりストレスの少ない会社へのコンタクトをしよう。君たちはいつまで、古代ローマのガレー船を漕ぐ奴隷に鞭を振う横柄で理不尽な上司に心にもない上目遣いの猫なで声で応じ、屈辱を甘んじ、精神障害の一歩手前で踏みとどまり奴隷根性丸出しの現状肯定をしている日々を送っているのだ。憐れなジャップと外国人仲間で話されている生き物・人間(creature)たちよ!腕を組んで阻止するという団体交渉や連帯など望めない「どうせダメさ」という負け犬根性が蔓延している日本社会。この中で溺死しないために頭の切り替えが必要だ。

バカンスで人や車の激減したパリの街中を気持ち良さそうに平底靴で闊歩する女性。バレーや演劇などに従事している女性かと訝ったがそうでもなさそうだった。ひまつぶしに通りを行く彼女らの足元を観察してみた。そしたらかなりいた。同時期の高層ビルのひしめく東京では、ギラギラとうなる太陽の照りつける蒸し暑い真夏日にかかとの高いハイヒールを履き、細身にぴったり張り付いた会社の制服で身を包み、脚をカクカクさせて歩いている女性たち。外見を必要以上に気にする国民性なのだろうか。それとも、右向け右で誰も彼も同じ服装で選択肢がないのであろうか。ベルサイユ宮殿を闊歩していた貴族たちもこんな格好だったのだろうか。そうしたら、フランス国王ルイ14世(Louis XIV、在位1643-1715)がハイヒールを履いてポーズをとっている肖像画を思い出した。

天皇の命令で戦場に送られ、野に、山に、海に、ウジが這い回っている屍をさらした赤紙一枚で召集された一般兵士と同じ運命をたどっている現代の女性たち。それから半世紀以上たった現在でも、「産む機械」だ、「もっと産め、もっと産め」と言われ続け、黙々と忍従の日々を送っている。進歩があったのは、快適な生活環境が整った物質的な変化だけだったのか。モンスーン気候帯の日本の真夏の酷暑にもかかわらず、人間の作った宗教戒律に従い、両眼の部分だけを長方形に開けた全身を覆う黒色のブルカ、寛頭衣(カントウイ)、で全身を覆っている人たちとどこが違うのだろうか。太平洋戦争中は「産む機械」に堕して自由を圧迫され、雌犬のように子供を産んでいた。

「いっぱいやらないと子供できないよ」と母親の声
「でも、いやがるの」と答える娘
昼下がりの山手線の電車の中で聞こえた会話だった。

「隣に寝ている女の体が暖かくて気持ちいい」と
「隣に寝ている女の体が熱くて気持ち悪い」との微妙な違い。
人間の体温はそんなに変わらないのに、双方の気持ちの持ち方で、心の変化で、気持ちいいと気持ち悪いの感覚は極端に分かれる。一方は、手を伸ばし相手の熱を吸収しようとお互いに密着し、更に熱い吐息を掛けて熱い体に入りたいと熱望し、拍車をかけるように双方の器官に積極的に働きかける。他方は、シーツ一枚を通して伝わってくる相手の体温にも不快感をもようしてイライラし、「熱い、もっと離れてくれ」。「何でそんなに熱いんだ」と冷たく言い放ち、数センチも離れていない相手との間にシーツや毛布を防壁のように積み重ねて背を向ける。

「あーぁ、私ってダメなのね!」
冷たくなった足先で毛布を巻き、一人ごちる女。
「そうさ、裏切ったじゃないか」
「仕事が終っても、もう帰らないことにしよう」
「これが最後さ」と女の体臭の染み込んだ夜具に体を沈める男
寝返りした相手の骨盤がゴツンと冷たくぶつかった

「好きになる」、「嫌になる」の感覚は一瞬で決まる。それが霧のように消えて無くなれば、昔あった正月のスゴロク遊びのように出発点に戻り、それぞれの道をゆくのみ。電車内の吊り革につかまり、そんなものさ、と一人ごちっていた男のつぶやきは外には漏れなかった。

服装規定(ドレスコード、dress code)を記した社内規定という女性・男性拘束具が現代社会にはびこっている。中世にもこんな女性用胴着や貞操帯があった。中世のそれと違うのは、自分の家では拘束衣を脱ぎ捨てられるということだけだ。企業はこうあらねばならぬという号令の下、そこで働く社員(現在の大多数は労働者)は古色蒼然たる社内規定で括(クク)られ、まるで中国にあった纏足(テンソク)のごとき窮屈な洗脳服(靴)を着ている。それを当然のこととして受け入れている大多数の働く女子たち。涙ぐましいというより何と愚かでアホな集団なのだろうと思ってしまう。

「このバイトをどこで知ったのですか」
「働く必要なんかないんだけど、友達に頼まれたの」
成田国際空港に隣接するホテルで来日外国人への観光アンケート取りのバイト。そこで一緒になった少々太り気味の中年女性が言い訳気味に話す。
「夫は土木工事の会社を経営していて、市役所からの仕事は一回で200万円になるのよ」、と続ける。
「あなた、職人に払うお金も大変なのよ。7人もいるんだから」
そんなに裕福なのに、友達に頼まれたからと一日中ホテルのフロント前で突っ立ってアンケート取りのバイトに汗水流している。ご苦労さんなこった。友達との関係は彼女の夫の仕事と利害関係があるのだろうか。それにしても、そんなにお金があるのならもうちょっと魅力的な服装をしたら、と思ったが黙っていた。

外国人旅行者がいなくなった暇な時間に彼女に話しかけた。相手が男のせいか、それともダサイと思われていたのか、積極的に話しに乗ってこない。でも、フランス語の話になったら食いついてきた。学生時代にフランス文学を専攻したらしい。もう忘れたと言いながら、私がフランス語の日常会話ができると言ったので、こんな貧相な小男に出来るものかと闘争心に火が付いたのかもしれない。
「単純過去の用法を知らないから小説は読めないけど」、と答えたら鼻の頭に小じわを寄せてせせら笑っている。意地悪な中年女性の心が盛り上がってきたらしい。彼女は大学でフランス文学を専攻したというプライドがあるのだろう。こちらはフランス語など習ったことはない。でも、話せる。「信用されないのは、まぁ、仕方ないだろう。余り褒められた服装じゃないからなぁ~」。彼女の心の中ではこちらの話すことを全否定しているのが体の向きや決め付ける口調から感じられる。
「こんなヤツに外国にいた経験などない」、と呟いているのが声の抑揚で伝わってくる。普段はブルージーンズだし、急遽、ヨレヨレのズボンにアイロンを掛けてバイトをしているのだから。それに、頭もボサボサ。姿格好で全てを決め付けているわけじゃないだろうが、馬子にも衣装か。

スペインとフランスの国境を分けるピレネー山脈の北側にあるポー駅構内のガランとしたちっぽけなカフェで出くわした関西出身の女性が語った話をバイトで一緒になったこの中年女性にした。
「フランスに語学留学に来た日本の女子学生の大半はアラブ系フランス人と同棲しているらしい」
「知らないのは日本にいる両親だけだってさ」、と言ってやった。

ポーの駅舎内で会った関西出身の女性がやっかみ半分で語った話をアンケート用紙を手に持ちずっと立っている彼女にした。すると突然、困惑したような何かを考えているような顔付きになった。ピピピ~ンと来た。ははぁ! 娘さんがフランスに留学しているのだ。眉間にしわを寄せて遠くを見ている。

日本女性の性のおおらかなことを幕末期に来航した西洋人が驚き記している。当時の日本人は好奇心が旺盛だったのだろうか。或いは、肌色や外観で人間を区別する風潮が少なかったのかもしれない。

語学習得の有効な一手段として、手っ取り早く、かつ、生活を楽しんで画期的な語学向上が成就できる方法は、学者を目指すのでなかったら、現地人と一緒に住むのが一番いいと言われている。地元の地理も文化も歴史も習慣も、色々の事が短期間に習得できる。

日本では同棲が難しい環境にあるお嬢さん、フランスへ行って現地の男と一緒に住んでみたら。推奨します。同棲に白い目を見せる日本人の方がおかしいのだ。白色系欧米人の腕に止まって得意げになっている日本人女性は多いが、黒い直毛の日本男子の細腕につかまって歩いている白色系欧米人女性はほとんど見ない。両者とも、頑張ってくれたまえ

北風が肌を刺す3月の東京。土曜日午後4時。上野にあるアメ横。通りを行く女性が「きゃっ」と叫び声を上げて逃げている。周辺は週末に繰り出してきた人々でごった返していた。高校生や二十歳前後の女性の肩に手をかけたり、彼女らの長いマフラーを引っ張って北風に舞いあがらせたりしているケバブ店前のトルコ系の客引き男。それなのに彼女らは抗議一つ言わない。抗議するという教育を受けていないからどうしていいのか解からないのだろう。

「そういうことはできないぜ」
「日本では、やっちゃいけない」
と強く言っても平気面の腕っ節に自信のありそうなトルコ人客引き。ここ数年、アメ横・秋葉原周辺にはびこってきた中東由来のケバブの売り子/客引きだった。直ぐ隣に出店してきた数件の中華系の賑わいに嫉妬しているのか。老若男女見境なく親しそうに通行人の肩に手をかけ、袖を引っ張り、顔を近くに寄せ、「オイシイヨ」、「大盛りサービスするよ」などと叫んで買わせようとしている。トルコ国内でも同様の行為、他人の肩に手を掛けたり、通行人の袖を引っぱたりして客引きをやっているのだろうか。少ない知識だが、女性には決してやらないと思う。やったら殺傷沙汰になる可能性もある。(最近の観測では、このブログのお蔭か?おとなしくなったように見受けられる)

ベルリンの壁崩壊前の旧西ドイツのベルリン市内。地図も持たずにあっちこっちと健脚に任せて歩いていた。意図せずに、いかがわしいバーが展開している界隈に出てしまった。アメ横での客引きの行為はその時に経験したトルコ人の客引きと同じだった。太陽の出ている時刻だったが、店の中に引きずれ込まされそうになり危なかったことを思い出した。アジア系の顔だったので強引な行為に出てきたのだろう。ヨーロッパ系には違った対応をするのかもしれない。アメ横のケバブ店の前でも、ゆっくりと歩いて見ていると、どうもそのようだ。明らかにイスラム系と分る、頭巾(ヒジャブ)を被った女性や目の部分だけを出しただけで全身を黒色系の布で覆っているブルカを纏った女性やその同伴者には非常に丁寧な応対と話し方をしている。どんな言葉であれ、話し言葉の抑揚によって怒っているのか、戸惑っているのか、何か話しかけたいのかなどは万国共通なので分る。

イギリスで四年間勉強したという日本人女性がモロッコ旅行でのことを話してくれた。スペイン南部からフェリーで対岸のモロッコに着いた。モロッコの港町セウタに着いたとき、現地人に連れさられそうになった。旅の連れもいなく、ごったがえしている埠頭の周辺を見回しても日本人らしき人もいなかった。怖くなり、「誰か助けて!」と大声の日本語で叫んだ。混雑した船着場から一人の日本人が出て来て、「こんなところで何やってんだ!」と言い放ち助けてくれた。と、顔を紅潮させて体験談を語っていた。その後の動向を聞きたかったが、時間もなく、彼女も話したくなかったようだった。

パリ北駅に端を発し巨大なサン・ドニ門に至る大通り。門の周辺に観光客用のカフェが立ち並ぶ一角がある。そのカフェの前の交差点で、アルジェリア系フランス人に歩道で抱きつかれて顔を真っ赤にしている若い日本女性。どう見ても、声を掛けられてから一・二回の顔合わせ(デート?)なのであろう。フランス滞在が浅いとみられる彼女は「ハ」を喉の奥から発音する「kha」の人々を区別できず、フランス人の男友達だと喜んだのだろう。コトを急ぎたい不器用な白色アルジェリア系ナンパ男は、フランス人がアラブ系フランス人を軽蔑する時に使う「kha」の発音をする人・集団に属していた(注:人種差別ではなく、私は事実を話しているだけです)。フランス本土に初めてやってきた日本人には違いが分らない。同じようなフランス語を話す人と思ってしまう。で、まんまと抜き差しならぬ関係になり、有り金を巻き上げられ、挙げ句の果てに親元から受け取った銀行カードを使って大金を脅し取られ、最終的に日本にいる両親に悟られ、帰国となったなどの話は日本人の間で共有されている話題の一つらしい。

フランス女性はそう簡単にアラブ系フランス人のナンパ男には引っ掛からない。ずうずうしい奴には罵倒している。彼女らの多くは日常的に、(男からの)露骨な誘いの免疫は十二分にできているらしい、(という訳でもない)。でも、そんなアラブ系フランス人男に声を掛けられ、フランス語練習のお友達ができたと喜び、べッドで悦びを共にする日本人女子留学生は一杯いるわよ、と話す南仏(正確には南西部)モンペリエ市のフランス菓子店で働いていたという関西出身の日本人女性。本当のフランス人(?)は日本人などに声をかけないよ、と言っていた。それが事実かどうか知るよしもないが、男女間の微妙な駆け引きの経験の差なのだろう。ピレネー山脈の北側(仏側)にあるポーの駅で出会った彼女は、フランス菓子店ではタダ働き同然だったと話す。フランス人のマダムはズルイと非難している。まぁ、そうだろう。だったら文句を言えばいいのだ。自分の考えを言葉で表現できないお飾り人形のような「なでしこジャパン」はいいカモにされるだけ。当たり前じゃないか。日本で働く東南アジア系の技能実習生の人たちと同じだ。足元を見られているのだから。

彼女はモンペリエで拾った(有名になった)日本人女性留学生の話を続ける。体だけと思っていたナンパ男は、間もなく女性の裕福な家庭環境を知った。女性は銀行口座からカード一つで金を下ろし、アラブ系フランス人の男に貢ぐ。その金額がエスカレートしてゆく。性愛という生肉を噛まされた女性は男の言いなりになり、大金を下ろし続ける。半端ではない金額の連続。最終的に、その異常な乱費生活が口座から日本の両親に知れてしまった。その時には、口座は空っぽ。金目が縁の切れ目で、ポイ! 彼女の体も精神もズダズダ。その後どうなったかは、話してくれた女性も知らないらしい。でも、結末は見えている。帰国、そして見合い結婚させられたのであろう。

現在、社会問題の一つになっているドレスコードについてより深く知りたければ、英国版Equality Act 2010をネットで参照されたし。日本との違いに驚くだろうけど。



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