けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

一日の最後の壮大な光の乱費を「費用対効果」で量る人たち

2019-06-02 09:51:53 | 日記
冬至が近づく光の中に埋もれようとしている東京都西部。ヴァン・ゴッホならば、急いで三脚にキャンバスを立て掛け一気に仕事にかかるような夕日と雲のたなびき。富士山頂に最後の太陽がかぶさって光り輝いている。

あと数分で終わってしまう太陽光の乱舞とも消耗とも見える壮大な光を受けて宅配便のトラックが止まっている。届け物を済まして出てきた宅配の運転手に「あれを見ろ!」 と声をかけたら、こんなところに停車するなと聞き間違えたらしく、すみませんとか何とか言いながら急いで運転席に戻ろうとしている。 「あれを見ろ!」と再び言ったら振り返って後方の富士山を見た。次の配達先ばかりが頭にこびりついているだろう配達員兼運転手が 「すごいですね!!」を連発している。人の言うことは先入観なしに聞くもんだぜ。

あと数秒で光の芸術は消えてしまう。そのとき、反対方向から若い女性が歩いて来た。最後の太陽が富士山頂で光り輝くさまを手で指し示して、「あれを見ろ!」と叫んだ。 が、おかしな危ない中高年男と勘違いされてしまったのか後ろを振り返ることなく両脚に全身の神経を集中させて飛ぶようにさっさと歩き去ろうとしている。へっ、夕日の中に立つ男がそんなにも怖いか。

これからは、通勤電車の中で気持ち悪くなり青い顔でしゃがんでいる女性を見ても、街中で接触事故を起こして苦しんでいる男に遭遇しても、血を流して倒れ瀕死状態にある中高年を遠くに見つけても、両足に全身の力を注ぎさっさと通り過ぎよう。電車の中なら寝たふりをしているだけだ。お互い様さ。細胞の隅々まで警戒心で漲らせている小学生から猜疑心で満ちた枯れ木のような老人まで。もう声は掛けないことにしよう。競争馬のように両目に衝立を置いて見えない見えないと喘ぎ苦しんでいる “ お・も・て・な・し” という名の偽善者がまかり通る社会。
(2017-12-05)


コメント   この記事についてブログを書く
« 地球が怒り狂い 咳き込んでいる | トップ | 日付けの入った走り書きだけ... »

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事