けぶる稜線

ひいらぎのとげが語る

神器の由来は

2019-10-21 10:47:11 | 日記

刀剣は鞘も刃もボロボロに錆び、金属部分がグズグズになっていた。多量の勾玉(マガタマ)、裏に絵図が刻まれている(青銅製の)鏡と共に陳列ケースの中にドサッと積み上げられていた。さながら、貝塚か王墓の発掘現場でだった。場所は、パリにあるギメ美術館(東洋美術館)の南アジアやインド・イランの展示室からずっと離れ、奥まったガラスケースの中だった。朝鮮半島周辺からの収集物だ。ははぁ、これらが三種の神器の系統なのかと。

パリにあるギメ美術館。1980年代中頃の平日に行ったが入場者などいなかった。入口からして陰気臭く、ここが美術館などとは思わなかった。膨大な陳列品の数々は世界史授業の仏教伝播をおさらいするかのごとくに、おびただしい仏像や関連美術品でいっぱいだった。

美術館の奥の、さらに奥の方にあった極東の国々から集めた収集品の数々。朝鮮半島や中国などの周辺国からの古代国家の収蔵品。円い形をした青銅製の鏡、小学校の頃雑誌で見た伝説の日本武尊が腰に下げていたものに似た太刀が修復不可能なほどに劣化し、朽ち崩れ、まるで古代の埋蔵発掘現場みたいな様相を呈していた。勾玉は石なので、くすんでいたが古代の輝きを保っていた。遥かいにしえの時代にはさぞかしピカピカと輝き、宮廷人の自慢の種だったのだろう。その姿を映し出していた彩色を施された鏡は腐食し、絵図が刻まれている裏や磨き上げられていた表も無残な姿になったものがバナナの叩き売りのバナナのようにガラスのケース内に雑然と積み上げられていた。

衝撃だったのは、太刀だ。刃の部分はボロボロになり、触れば粉々になってしまう状態だった、鞘も、そこに付いていたと思われる紐も色褪せ腐っている感じ。そんなものが、まるで貝塚の発掘現場かと思うような状態で無造作に積まれていた。これらが、日本の皇室に保存されて拝まれているという品々かと。緑青がふいている鏡は、腐食防止処置を施せば救える状態にあった。太刀は金属の刃全体が触ればボロボロと粉になって落ちてしまう状態だった。

神器を収めた箱を天皇の前で頭上高く奉げ持っている写真。その中に納められているという太刀や鏡はどんな状態なのか、どんな形をしているのだろうか。何処を経由してきた輸入物なのだろうか。その内容や状態を口外しないと誓約文書に署名して保存修復を施した技術者は知っているのだろう。絶対秘密とされているのかもしれないが、ギメ美術館に展示されていた見るも無残な太刀、朝鮮半島由来の太刀や鏡、勾玉の類なのだろう。興味ある人は、是非、ギメ美術館へ行き見てくることだ。

ネットで見ると美術館はきれいに改修されているようだ。陳列も照明もすっきりとし、明るく見やすくなっている中に多くの入場者が写っているのを見てびっくりした。で、現在でも、今回の記事のような状態が続いているのかどうかは知りえない。



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