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天草の豪商・石本家の「亥(い)の子餅」復活

2018-05-18 23:31:19 | 日記
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天草の豪商・石本家の「亥(い)の子餅」復活
2018.05.18 19:21
かつて豪商といわれた天草市の石本家で2000年に見つかった江戸時代の和菓子が蘇りました。江戸時代、天草市五和町御領に石本家という資産家の一族が暮らしていました。石本家は塩田経営や琉球(りゅうきゅう)貿易などで富を築き、5代目の平兵衛は1834年(天保5年)に優れた経営手腕が認められ、幕府の御用商人になりました。文化・天保の大飢饉(ききん)では巨額の私財を投じて、天草をはじめ、長崎や江戸などに米を送り、多くの人々を助けたといわれています。そんな豪商といわれた石本家の蔵から2000年にひとつの桐の箱が見つかり、江戸時代の餅菓子が入っていました。この餅は、1834年10月の亥の日に江戸幕府の11代将軍徳川家斉から拝領した「亥の子餅」だったのです。石本家の繁栄の象徴ともいえる、亥の子餅は現在、本渡歴史民俗資料館に保管されています。平安時代に誕生したという亥の子餅は子だくさんのイノシシにあやかって旧暦の10月に子孫繁栄を願い食べられる縁起物です。今回、御領まちづくり振興会がおよそ1年をかけ、現代風にアレンジして復活させました。材料はできるだけ当時と同じものを使います。もち米と白玉粉、砂糖を混ぜて蒸した求肥で、白あんには干し柿を、粒あんには栗を入れて包みます。うりぼうに似せて焼き印でつけた3本の模様は現代版のオリジナルです。18日のお披露目会には、現在の石本家の当主も参加しまし、おいしさに大満足の様子でした。この『亥の子餅』は石本家の屋敷跡で営業している『ふれあい処わだち』で19日から、ランチのデザートとして食べることができます。天草市五和町御領の歴史を感じる名物になってほしいと期待が寄せられています。

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