矢嶋武弘の部屋

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過去の記事(8)

2019年12月15日 04時03分31秒 | 過去の記事

野蛮な国・アメリカ

つい最近、アメリカのアリゾナ州で、民主党の女性下院議員が集会を開いていたところ、22歳の男が銃を乱射し6人が死亡、14人が負傷するという衝撃的な事件が起きた。アメリカではこうした銃乱射事件がいつも起きており、不思議でも何でもないが、こういう悲劇が一向に無くならないのは何故なのか。
 よく言われることだが、アメリカの憲法に「権利章典」というのがあり、その中に「人民が武器を保有し、また携帯する権利を侵してはならない」という条文(修正第2条)があり、これが全ての“元凶”だとする説がある。
 私もこの説に賛成だが、この「権利章典」というのはアメリカ市民の“基本的人権”に関する最も重要なもので、そう簡単に廃止したり修正することができないようだ。
 アメリカの憲法は18世紀後半、イギリスとの独立戦争に勝利する中で生まれてきたから、建国の基礎となるいわば“神聖”なものである。したがって、銃の乱射事件が起きる度に、銃規制の強化が叫ばれても、保守派は「銃の所持は、憲法上の神聖な権利だ」と主張して譲らない。
 そうは言っても、悲惨な乱射事件が次々に起きるから、少しずつだが銃規制は進んでいる。しかし、銃の所持はアメリカ市民の基本的権利だとする考えは、建国以来二百数十年たっても変わっていないのだ。
 
どうも理屈っぽい話から入ってしまったが、具体的には、今回の事件の容疑者は、麻薬の使用歴があるというのに、2カ月前にスポーツ用品店で合法的に銃を購入している。また、4年前の4月に、ヴァージニア工科大学で32人を射殺して自殺した在米韓国人学生も、銃器ショップで運転免許証などを提示し、6万7000円ぐらいで銃を購入していた。また、この韓国人学生はもう1丁の拳銃を、インターネット上で3万円程度で買っていた。
 このように、アメリカでは実に簡単に容易に銃を手に入れることができるのだ。銃規制が厳しい日本では全く考えられないことである。こんなに銃規制の甘い国が他にあるだろうか。 世界各国のことはよく知らないが、アメリカでは年間、10万人以上が銃で撃たれ、殺人や事故、自殺を含め3万人以上が亡くなっていると聞く。
 また、少し古い統計でも、アメリカ国内には個人所有の銃が2億6000万丁もあるというから、その後、実数はもっと増えているのではないか。アメリカの人口が3億人余りとしても、赤ん坊や児童を含め、おおよそで国民1人当たり1丁の銃を持っていることになる。5人家族の家では、平均して4丁から5丁の銃を保有している計算になるから驚きだ。「刀狩」の歴史があるわれわれ日本人から見ると、何と“物騒な国”かと思ってしまう。
 
こういう国だから、アメリカには「全米ライフル協会」とか、もっと強硬な「米国銃所有者協会」などの大きな圧力団体(市民団体・利益団体)があって、銃の規制に猛反対している。銃器は莫大な利益の温床である。銃器メーカーや販売業者、マニアらが沢山いるのだ。 したがって、こうした圧力団体には潤沢な資金が提供され、その金がアメリカ政界にも流れていく。共和党保守派を中心に献金されるというが、こうして圧力団体は強い政治的発言力を持つことになる。
 調べたら、全米ライフル協会のスローガンは「人を殺すのは人であって、銃ではない」、また米国銃所有者協会のそれは「銃規制が人を殺すのだ。銃は人を救う」というものだそうだ。こういう団体がアメリカに幾つもある限り、銃規制はほとんど不可能ではないのか。
 
圧力団体や保守派が憲法の権利章典を楯に取り、「銃の所持は、憲法上の神聖な権利だ」と主張していることは先にも触れた。しかし、「人民が武器を保有し、また携帯する権利を侵してはならない」という条文の前段は、「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから」となっており、銃の所持はあくまでも国家の安全のためであって、個人的な護身用のものではないのだ。
 この憲法は二百数十年も前、1780年代のものである。日本で言えば、江戸時代後期のものだ。そんな古いものを楯に取り、銃の規制に反対するとは“時代錯誤”も甚だしいではないか。いかに国の憲法とはいえ、正すべき所は正していかなければならない。それが「文明国」の義務である。
 日本だって戦争に敗れた結果、明治憲法を廃止し今の憲法に改めた。これはアメリカの指導があったからだが、そのアメリカ自身がはるか昔の憲法を後生大事に守っている所に違和感を覚える。何の疑問も持たないのだろうか。
 
アメリカは建国以来、公式に対外戦争で負けたことがない。だから当時の憲法の精神を維持しているのだろうが、私に言わせれば、歴史的な“遺物”を守っているとしか思えない。そんなものは単なる遺物であって、学校の歴史教科書で学ぶものだ。
 日本でも、明治憲法を護持している“超保守派”が少数とはいえ存在する。それはその人たちの勝手だが、大多数の人は現行憲法を認めた上で生活しているのだ。もちろん、憲法改正は自由だ。改憲論があっても当然である。
 しかし、アメリカは、そのうち特に保守派は、人類の進歩や時代の流れを無視し、はるか昔の憲法の条文にしがみついている。これでは、銃乱射事件はこれからもずっと起きるだろう。
 つまり、アメリカはまだ「文明国」になっていないのだ。アメリカは“野蛮な国”のままだということである。
 映画の西部劇で、保安官やカウボーイ、騎兵隊が銃で“ドンパチ”やるのは良いが、あれだって100年以上も前の出来事だろう。現代のアメリカがそのままの姿で良いはずはない。話が長くなったが、アメリカは「銃社会」から脱却すべきである。 (2011年1月13日)

アメリカの「権利章典」・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%A9%E5%88%A9%E7%AB%A0%E5%85%B8_(%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB)#.E4.BF.AE.E6.AD.A3.E7.AC.AC2.E6.9D.A1

 

 政治家の失言・暴言

柳田法務大臣の国会を軽視した発言が問題になっている。柳田大臣は、国会では2つの答弁を覚えておけばいいと述べ、1つは「個別の事案についてはお答えできない」、もう1つは「法と証拠に基づいて、適切にやっている」ということを挙げた。
 テレビで見たら、柳田氏はやや得意気な感じで発言していたが、これは確かに国会を軽視、愚弄した言い方である。こんな答弁で大臣が務まるなら、誰だって法務大臣の職務を担うことができるだろう。明らかに失言である。
 柳田氏は陳謝したが、野党側は国会を侮辱した発言だとして柳田大臣の辞任・罷免を要求している。これも当然だろう。
 
ただ、私は昔の話をして申し訳ないが、これ以上の失言や暴言は数多くあった。 「中小企業の人間が自殺しても、お気の毒だが止むを得ない」 「日本国憲法は妾(めかけ)の憲法だ」 「国連は田舎の信用組合みたいだ。モルジブのような“土人国”が票を持っている」とか、自分の選挙区に急行列車の停車駅をつくり、「国鉄も俺の言うことを一つぐらい聞いてくれてもいいじゃないか」と述べた運輸大臣もいた。いずれも大臣を“クビ”になったが、柳田大臣の失言に比べると、唖然とするような酷さである。
 まあ、昔の自民党政権時代には、今では想像もできないような失言、暴言が飛び交った。それに比べれば、最近は閣僚の発言もずいぶん慎重になったものだと思う。
 
書いているうちに思い出したことがある。(今だからもう言ってもいいだろう。) あれは25年以上も前だったか、当時の労働大臣の発言にびっくり仰天したことがある。ただし、これは公けの席で言ったのではなく、政府・自民党の非公式な席での発言だから問題にはならなかった。
 その頃、たしか「男女雇用機会均等法」をめぐって、国会で大いに議論されていたと思う。当時のA労働大臣は、野党はもちろん自民党の女性議員らからも、この法案をめぐって厳しく追及されていた。相当に疲れやストレスが溜まったらしい。
 国会審議が終わって、A大臣は自民党の幹部らと顔を合わせた時に次のように吐き出した。「何が男女雇用法だ! 女は“立ち小便”ができるようになったら言ってこい!」
 これが、法案の最高責任者である労働大臣の言葉である。こんな暴言が知れたら、A氏は大臣どころか国会議員も“クビ”になっただろう。いかに身内の集まりでの発言とはいえ、酷すぎないか。
 
その頃、私は某テレビ局の政治記者として自民党を担当していたが、幹事長は実力者の金丸信(かねまる・しん)氏であった。金丸さんのオフ懇(オフレコ懇談会)というのがあって、記事にしないかわりに何でも話してもらおうというものだった。
 金丸氏は面白がってその話をしたのだろうが、聞いていた記者連中は初めは笑ったが唖然とした。労働大臣の発言にしては酷すぎる。そうすると、ある若手記者のB君が「うちの娘は立ち小便ができるんですよ!」と言ったから、今度は失笑が起きた。考えてみれば、あの頃は記者と言えばほとんどが男性であった。
 金丸番の記者も全員が男だったから、金丸氏も気を許してそんな話が出来たのである。今のように、女性記者が大勢いて番記者をやっていたら、いかに金丸さんといえどもこんな話は出来ないはずだ。どえらいことになる。(そういう意味で、女性記者が増えたのは、風紀面で好ましいことだろう。)
 
話がずいぶん飛んでしまったが、政治家も人間だから失言や暴言はよくある。過去の大臣や政治家の失言・暴言を集めたら、一冊の本になるだろう。
 しかし、時代が変わったので昔のようにおおらかに(?)、無神経に失言することはできない。政治家はこれまで以上に自分の発言に気を付けるべきだ。今は、昔のような“おおらかな”時代ではないのだ。(2010年11月19日)

 

 自分が認知症になったら・・・

テレビの情報番組で昨日「認知症一行詩」の話題が取り上げられていた。これは福井県の若狭町が募集したもので、認知症の老人を抱える人たちの感慨を一行の詩にしてもらったものである。詳しい内容は末尾にリンクしておくので、興味のある方はご覧いただきたい。
 例えば、「海で保護された爺ちゃん『風呂に行ってきた』とは スケールが違うね!」だとか、「おむつを当て始めた頃は Lサイズ 今はS 小さくなったね お母さん」  「会いに行く度にお酒をねだる母 コップの水をちびりちびり 『お酒はうめいな』と目を細める」 「それそれそれ あのーあれよ あのー あれ」 「僕のこと忘れてもいいから 長生きしてね」といった一行詩が選ばれている。
 こうした詩を書いた人をテレビは取材し、認知症の老人に優しく向き合う姿を伝えていたが、見ているうちに身につまされた。自分だっていつボケたり認知症になるかもしれない。そうなったら、家族ら周囲の人たちは優しくしてくれるだろうか・・・考えているうちに胸がジ~ンと熱くなってきたのである。
 
そのうちに、自分が認知症になったらどうなるか想像してみた。徘徊(はいかい)癖もあるだろうが、自分はたぶん大声や奇声を発するのではないか。昔から、私は声が大きい。またよく叫ぶ癖がある。
 また、若い頃、家族や友人らから「お前は“クルクルパー”だ」とよく言われた。クルクルパーとは、何かに気狂いのように夢中になることだろう。熱烈な恋に落ちたり、過激な学生運動に熱中したりと色々あった。そうなると、前後の見さかいもなく行動するのだ。
 さすがに年を取ってくるとクルクルパーは少なくなってきたが、今でも“われを忘れて”話したり、行動することも有り得ないわけではない。私は週に1回、○○テレビの職場へアルバイトに行って原稿などをチェックしているが、時たま熱中して大声を上げたり“混乱”することがある。
 そうすると、若手の社員らが「大丈夫ですか?」などと心配げに、なかば冷やかしげに聞いてくる。その時は「おお、またクルクルパーか・・・」と思うのだが、これも性質だから仕方がない。これまで、職場の人たちにかなり迷惑をかけたと思うが。
 
私が認知症などになれば、もちろん職場をクビになるが、今のところはまだ大丈夫のようだ。それよりも、そうなったら家族にいつも迷惑をかけることになる。認知症一行詩のような状態になるのか。
 幸いと言うか、わが家の家系ではこれまで、父母も兄弟も親戚も認知症になった例はない。多少ボケた人間はいるが、ボケぐらいならそれほど周囲に迷惑をかけることもないだろう。「お爺ちゃん、ボケたね」と孫に言われるくらいなら、まだ良い方ではないか。
 今日の報道では高齢者への虐待が増えているそうだが、認知症老人への優しく温かい心遣いも無限にあるのだ。 以下に「認知症一行詩」をリンクしておくので、興味のある方は読んでいただきたい。(2010年11月23日)
 
若狭町認知症一行詩全国コンクール・・・http://www.town.fukui-wakasa.lg.jp/town/kouza/?Cnt=2&Page=766(一般、中学生、小学生の部がそれぞれあります。)
 

三島由紀夫事件との“接点”

今月25日は三島由紀夫が割腹自殺してからちょうど40周年に当たるのだが、私は何も書く気になれなかった。ネットではいろいろ記事が出ていたが、無視していた。 ところが一昨日、ある人が寄せてくれたコメントの中に三島事件に関する記述があり、にわかに色々なことを思い出したのである。
 1970年11月25日午前、三島由紀夫は「楯の会」のメンバー4人を引き連れ、東京・市ヶ谷にある陸上自衛隊東部方面総監部に乗り込んだ。そして、M総監を人質に取って立てこもり、集まった自衛官らを前に“決起”を促す演説をした後、日本刀で割腹自殺した。これが世に言う「三島由紀夫事件」であり、当時は国内外に大きな反響を巻き起こしたのである。
 あれから40年。ここで三島事件の意義を述べるつもりはないが、私もあの時は大きな衝撃を受けた。以下は、全く個人的などうでもいい話なので、興味のない方とはここでお別れしたい。
 
ちょうどその頃、私はある女性(それが今の愚妻)と付き合っていて、三島事件が起きた時、喫茶店や料理店でかなり興奮して喋ったことを思い出す。何を話したかはよく覚えていないが、三島の“美学”について語ったことだけは間違いない。彼の主義・主張はともかく、三島美学について熱く語ったような記憶がある。
 それはともかく、私たちは約1カ月後に婚約した。それから結婚式の日取りや会場、その他諸々の事でやたらに忙しくなった。 式の日取りは翌年3月某日と早めに決めたと思うが、問題は式場である。手頃な所ならどこでも良いのだが、なかなか思い当たらない。
 たしかその頃、某週刊誌が三島由紀夫らが決起する前に、東京・半蔵門の「東條会館」で記念撮影した写真を掲載した。それを見た瞬間、私はここだっ! と決めた。東條会館の写真室は技術的に優れていたので、三島はそこで記念撮影したのだと記憶している。
 そこで直ぐに調べたら、東條会館の挙式は“リーズナブルな費用”でサラリーマンでも大丈夫だと分かった。私は直ぐに東條会館のアポを取った。
 
こうして、私たちは3月某日に無事結婚式を挙げたが、それは全て三島由紀夫の「記念撮影写真」を見たお陰である。まあ、どこで挙式をしようがどうでもいいことだが、そういう切っ掛けというのは忘れられない。
 三島由紀夫と「楯の会」メンバーの写真は凛々しく写っていたが、われわれの結婚写真はどうだったかすっかり忘れた。そんな写真はわが家のどこかに埋もれているはずだが、もう何十年も見たことがない。今さら見たいとも思わない。40年前の結婚写真を見たって白けるだけだ(笑)。
 さて、この記事を書くついでに、あの東條会館はどうなっているのかと思って調べたら、今や跡形もないそうだ。なんでも「半蔵門メディアセンター」とか言って、東京MXテレビの本社になっているとのこと。ただし、三島が記念撮影した写真室は「東條写真スタジオ」として残っているらしい。写真の技術が今でも優れているかどうかは分からないが。
 どうでもいい個人的な話をしたが、三島由紀夫と私の“接点”とはそんなものである。もちろん、私は三島の文学作品や評論を幾つか読んだことがあるが、それを論じるのは止めよう。また、三島事件の秘話やエピソードなどを少しは知っているが、それについて触れるのも止めよう。機会があれば書いてもいいが、今も生存中の関係者がいる。本日はあくまでも個人的な思い出にとどめたい。(2010年11月30日)

 

美人論

政治や経済、検察庁などの話をすると腹が立ってくるので、今日は「美人」について語ってみたい。その方が精神衛生上、良いのではないかと思う。
 ある方のブログを訪問したら、「キャメロン・ディアスは美人か・・・」という記事が載っていた。読んでみたら、キャメロン・ディアスやジュリア・ロバーツなどの話だったが、要するに彼女らは魅力的(チャーミング)だが美人ではないというのである。
 私は最近のハリウッド映画はあまり見ていないが、テレビの芸能ニュースなどで2人の女優のことは知っている。たしかに美人とは思えない。2人とも口がデカく(大きく)、とても美顔には見えない。(参考までに、末尾に画像を添付しておく。)
 その方の記事では、キャメロン・ディアスは昔で言えば“チンクシャ”、つまり狆(ちん)がくしゃみをしたような顔だと書いてあったので笑ってしまった。これは少し酷な言い方だと思うが・・・でも、なんとなく愛嬌のある可愛げな顔をしている。
 
それはともかく、美人か不美人かは、時代や国・地域などによって大きく変わってくるのだ。例えば日本では、江戸時代なら下膨(しもぶく)れの顔が美人の代表みたいだったが(浮世絵によく出てくる顔)、現代では下膨れの顔などほとんど美しいとは思われないだろう。逆に“小顔”が可愛いというので、小顔美人などと呼ばれている。
 また、これは極端な例かもしれないが、アフリカのある国や地域へ行けば、肥満の女性や唇がやたらに大きくて分厚いのが美しいと見られているらしい。このように、美人の基準というのは、時代や国・地域によって大きく変わるのだ。
 
その方の記事にもあったが、昔の美人と言えば、女優ではイングリッド・バーグマンやエリザベス・テーラー、グレース・ケリーなどが代表的だっただろう。日本ではさしずめ、原節子や山本富士子、香川京子といった女優だったと思う。
 私に言わせれば、これらの女性は正統派美人、あるいは典型的な美人だと思うが、21世紀の今日、正統派や典型的なだけでは飽き足らなくなってきたのだと考える。
 つまり、美しい上にそれぞれの個性や特徴、魅力といったものが花開かないと、現代の“美人”とは言えないのではないか。
 私はこれを「美」の個性化、多様化と呼びたい。どんなに美貌であっても、その人の個性やキャラクター、特徴が輝かないと、現代の美人には成りえないのではないか。これは現代の価値観の多様性にもつながるものだ。
 先述したジュリア・ロバーツもキャメロン・ディアスも、またぺネロぺ・クルスも、私から見ればやけに口が大きくて、決して美人には見えない。老ければただの“オバサン”になる顔だ。
 しかし、彼女らが欧米で美人と見られる(?)のは、その個性や魅力などが花開き輝いているからだろう。もちろん、私の知らないことだが、演技力や雰囲気なども良いのかもしれない。
 
先ほど、美の個性化、多様化に触れたが、最後に言いたいのは日本の女性美のことである。戦前は「大和撫子」(意味は少し違うが)、戦後はすぐに「八頭身美人」などと言われたが、今や「小顔美人」になっているのだろうか。
 小顔は可愛く見えるし“アラ”も目立ちにくい。それに、小顔だとより八頭身に近づく。最近の若い女性は背も伸び、スタイルも良くなったから余計にそうだ。
 しかし、言っておくが、単に小顔でも、その人の個性や魅力が輝かないと美しくは見えない。美とは、内面・心の美しさや魅力が表われないと決して実現しないのだ。小顔になればなるほど、童顔や幼な顔に見えてしまうことがある。また、皆が同じような顔付きになって、まるで“マネキン人形”を見ているような感じになるのだ。
 最後は小顔美人の話になってしまったが、内面的な美しさに輝く現代の“やまとなでしこ”が大勢現われることを期待して止まない。
 私も美人が大好きだからいくらでも論じたいが、本日はこれまでにしておく。(2010年10月28日)
キャメロン・ディアス画像・・・ http://image.search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B9&aq=-1&oq=&ei=UTF-8 
ジュリア・ロバーツ画像・・・ http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%84

 

革命と不倫 

ある方とブログで会話していたら、私が何かの拍子で「革命と不倫は似ている」と言ってしまった。革命と不倫の愛は全く別の次元のものだが、心理的な側面は非常によく似ているという意味である。 世界には理想に燃えて行動している革命家も少なからずいるだろう。その人たちに対して失礼な言い方をしたのであれば許してもらいたいが、それはそれとして、革命がなぜ不倫に似ているかを説明したい。

革命も不倫の愛も、既成の社会秩序から見れば「反社会的行動」なのである。それがどんなに純粋で崇高なものであろうとも、両方とも社会秩序に違反し背くものである。したがって、既存の権力や体制から厳しく糾弾されるだろう。 ところが、革命も不倫も弾圧されればされるほど、激しく燃え上がるものである。それは両方とも強い情念によって支えられているからである。
私も昔(学生の頃)、いっぱしの革命家を気取って過激な学生運動に身を投じたことがある。すると、心理的にハラハラドキドキの連続だった。自分では身を犠牲にしてまでも正義を貫くという強い決意がありながらも、官憲の弾圧や妨害は凄まじいものがあった。まだ“下っ端”だったから検挙・逮捕されることはなかったが、デモや抗議行動などでスリルに満ちた日々を送っていたのである。
一方、幸か不幸か不倫の愛というのはしたことがないが、関係者の話などを伝え聞くと、これもハラハラドキドキ、スリルの連続らしい。いつばれる(露見する)かどうか不安な気持を抱えながら日々を送っているのである。それはそうだろう。やってはならない人倫に背くことをやっているからだ。しかし、そうした中で人間の情念は妖しく燃え上がっていくようだ。
正義の戦いである革命と、男女の不倫の愛は余りにもかけ離れているが、人間の情念の観点から見ると非常に共通するものがある。どちらも“秘密裏”に事をなそうとしているのだ。革命運動には「秘密結社」というものが付き物である。 
私も若い頃、表向きは「○○文学研究会」とか「××運動発表会」と装った過激派の集まりに参加したが、機関紙に文章を載せる時は全て偽名で発表するのである。そうした行動がなんともスリルに満ちているのだ。今から見れば、何だ“革命ごっこ”かと思ってしまうが、その当時は真剣そのものであった。
同様に、不倫の愛もそうだろう。男女二人が逢瀬を重ねる時、ホテルなどに宿泊する場合は偽名を使うに決まっている。革命家と不倫の男女の「偽名」はまさに共通しているのだ。ご承知の人は当然いるが、ロシア革命で有名なレーニン、スターリン、トロツキーなどは全て本名ではなく偽名なのだ。余談だが、日本でも幕末の動乱期には、革命の志士・坂本龍馬は才谷梅太郎などの偽名を使っていた。日本共産党のかつての革命家たちも数多くが偽名を使っている。

このように、革命家と不倫の男女は共通する点が多く、世を忍びながら明日の栄光と勝利を目指しているのだ。しかし、世の中は厳しい。当たり前である。既存の社会秩序や体制を壊そうとする者は必ず弾圧され、命を落とすことがしばしばある。同様に、道ならぬ恋に逢瀬を重ねるようであれば、それは社会道徳に反するものであり厳しく糾弾されるだろう。
革命も不倫も要は“秘め事”である。露見すれば厳しく罰せられるからだ。しかし、秘め事のロマンというのはなんとも魅惑的なのだ。そこに人間の情念が渦巻く。危なければ危ないほどスリルに満ちたものになる。まさにハラハラドキドキの世界なのである。私はなにも不倫を賛美しているわけでは毛頭ないが、革命運動との心理的な共通性を述べたまでである。
年度初めにこういう記事を書くとは思わなかったが、最後に、ブログでもそうだと言いたい。大多数の人が本名を明らかにせず、ハンドルネームという「別名」を使って活躍している。それはたいへん結構なことだが、別名とは要するに偽名と同じである。革命家や不倫の男女と同様のものだ。だからロマンもありスリルもあるのだろう。大いに楽しんでもらいたい。(2009年4月1日)


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