矢嶋武弘の部屋

日一日の命 生への愛と崇敬 生の讃歌 命の火を燃やせ!
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「曽野綾子さんって、だれ?」

2020年02月03日 05時16分15秒 | フジテレビ関係
<だいぶ昔の話で長くなりますが、2002年3月に書いた記事を一部修正して復刻します>1) テレビ局には、実にさまざまな電話がかかってくる。 私は定年前の約3年間、フジテレビの「視聴者なんでもサービスセンター」という部署にいたので、いやと言うほど、視聴者からの電話を受けた経験がある。 電話の大半は、問い合わせである。 放送予定や番組内容、出演者、曲名、テレビ局のことなどが、問い合わせの主だったもので . . . 本文を読む
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日本の鉄道は大隈重信と伊藤博文が造った!

2020年02月03日 02時05分35秒 | 歴史
<youtubeで「汽笛一声・日本の産声(うぶごえ)」を見たので、以下の記事を復刻します。>日本の鉄道は、大隈重信と伊藤博文が造った。 私は昨年(2001年)12月のある日、たまたまNHKのテレビ番組「その時 歴史が動いた」を見た。 題名は「汽笛一声・日本の産声(うぶごえ)」であった。その番組を見て、最後の方で涙があふれにあふれて止まらなかった。これほど感動した番組はない。内容は、大隈と伊藤が、あ . . . 本文を読む
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文世光事件と日帰り海外出張

2020年02月03日 02時02分25秒 | フジテレビ関係
<2008年10月に書いた以下の記事を、一部修正して復刻します。>若い頃は出張が楽しみだった。もちろんキツイ仕事で大変なものもあるが、まだ行ったこともない所へ出張するのは、どんな所だろうかと胸がわくわくするものである。出張先では地元の人たちと一杯やることも楽しみだし、まだ見たことのない風景や土地柄を探訪することもできる。国内出張も良いが、これが海外出張になるともっと興味津々となる。外国を見たいとい . . . 本文を読む
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吉永小百合の可憐な少女時代

2020年02月03日 01時59分00秒 | 有名な俳優たち etc.
吉永小百合の可憐な少女時代。1959年~60年の作品まぼろし探偵の歌(岩瀬 寛&上高田少年合唱団) 歌:青春太郎 . . . 本文を読む
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<まとめ> 青春の苦しみ

2020年02月03日 01時55分38秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
過去の作品をまとめる必要が出てきたので、この場を借ります。ご了承ください。http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro/e/cb7cbb5f0cfe671b27fafb95ed9f5de5http://blog.goo.ne.jp/yajimatakehiro/e/e3f7dd4e546e21f8c1d84438730f995ahttp://blog.goo.ne.jp . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(16・完)

2020年02月03日 01時54分40秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
17)エピローグ 外気の寒さがまだ残る日々だったが、冬は一歩ずつ遠のき、すぐそこに春の訪れが近づいている。行雄は全ての学業から解放され、後は春の到来を待つだけという気分になった。 やがて試験の結果が発表され、彼はほとんどの課目で「優」を取ったが、そんなことより卒論の「優」の方が何よりも嬉しかった。 そして、卒業式を前にした3月中旬、大学近くのS蕎麦店で仏文科のお別れ会が開かれた。A、B両クラスの合 . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(15)

2020年02月03日 01時53分12秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
16)卒業論文 冬休みに入ると、彼は遅れがちだった卒業論文の作業を進めようとしたが、まだどうも気乗りがしなかった。 そこで、近所に住む向井弘道の家へ遊びに行ったり、彼の方が行雄を訪ねてきたりして雑談を交わしていたが、向井も某石油化学会社への就職を決めていたため、将来の仕事や生活ぶりが話題の中心になった。 彼は親元を離れ、会社の独身寮に入るということが相当に嬉しいようだった。日頃は温和で控え目な性格 . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(14)

2020年02月03日 01時52分03秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
15)百合子の指 Fテレビの研修が終って通常の大学生活に戻ると、また早稲田祭の季節になっていた。百合子は歌舞伎研究会の活動に熱心に参加していたが、行雄は蓼科での合宿に行けなかったことなどから歌舞研にはほとんど関心を失い、早稲田祭のサークル活動には加わらなかった。 そんなある日、徳田と雑談を交わしていると、エール・フランスの採用試験に失敗した百合子が、彼の助力でフランス大使館への就職を決めたことが分 . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(13)

2020年02月03日 01時50分53秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
 秋も深まり11月を迎えると、Fテレビで就職内定者の職場研修が始まった。一日目の午前中、まず総務局の河野人事部長から、23人の内定者に対して研修の目的や日程などの説明があり、そのあと研修生は7つの班に分けられ各職場へと配置された。 制作関係を希望していた行雄は、同じようにドラマのディレクターを志望する他の3人と一緒に、まず制作現場に回された。テレビ局のスタジオを見るのは初めてなので、興味津々覗いて . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(12)

2020年02月03日 01時49分34秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
14)研修 就職が決まって一安心していると、歌舞伎研究会が夏休み中に長野県の蓼科で合宿を行なうということが分かった。 行雄は以前ほど歌舞伎に関心は持っていなかったが、面倒臭い就職問題も片付いて気が楽になったせいか、気分転換も兼ねて合宿に参加しようと思った。 また、蓼科高原の自然の中で、百合子と一緒に合宿生活を送るのは、他に多くの学生が参加していようとも何か“淡い期待”を抱か . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(11)

2020年02月03日 01時48分28秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
13)就職戦線 大学4年の新学期が始まって一週間ほど経ったある日、高村宗男が声をかけてきた。「おい、就職説明会があさって開かれるというが、一緒に聞きに行かないか?」と言う。 新学年がスタートしたばかりだというのに、もう就職の話しが出てくるのかと行雄は“せっつかれる”思いがした。 彼が志望していた出版関係の就職試験は、秋口にならないと始まらないので“のんびり&rd . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(10)

2020年02月03日 01時46分08秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
12)1963年 新しい年・昭和38年を迎えた。 行雄は気持も改まる思いで、今年中に自分の進路を決めなければと考えているうちに、にわかに百合子を誘って歌舞伎を見に行こうと思い立った。各劇場の正月公演を調べてみると、歌舞伎座では「助六」などの出し物が予定されていた。 彼は以前、歌舞伎研究会の資料で「助六」のカラー写真を見たことがある。その中で、女形役の最高峰と言われる揚巻の打掛け衣装は豪華けんらんを . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(9)

2020年02月03日 01時44分50秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
11)艶・・・妄想 11月も半ばに差しかかると、歌舞伎研究会は早稲田祭の準備に追われていた。百合子は長唄の発表会があるのでその練習に余念がなかったようだが、行雄はまだ“新入り”なので大したことをやるわけでもなく、展示会場の手伝いをする程度だった。 そんなある日、徳田誠一郎が久しぶりに行雄に声をかけてきたので、二人は仏文科の講義が終ったあとS喫茶店に入った。「家庭教師の方は順 . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(8)

2020年02月03日 01時43分28秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
10) 1周年 行雄が歌舞伎研究会に入ってから半月ほど経った日曜日、浦和の自宅に森戸敦子の母である敏子が訪ねてきた。 埼玉県・川口市の知人に用があったついでに立ち寄ったものだが、彼女は村上家を久しぶりに訪れたこともあって、行雄の父や母と歓談していった。 敏子は最近の森戸家の写真も持ってきたが、特に娘の敦子のものを見せたかったらしい。同席した行雄が驚いたのは、敦子が大学の先輩とすでに婚約しており、そ . . . 本文を読む
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青春の苦しみ(7)

2020年02月03日 01時42分00秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』
8)屈辱 それから一週間ほど経っただろうか、春の陽光がまぶしく輝くある日の午後、行雄は文学部の生協食堂で軽食をとった後、たまには演劇博物館でも覗いてみようと本校舎の方へ歩いていった。 学生会館の前を通り過ぎてキャンパスに入ってすぐ、20メートルほど前方から歩いてくる男女3人の姿を見て、彼はハッとして立ちすくんだ。 徳田が中野百合子ともう一人の女子大生と連れ立って、こちらの方へ向ってくるところだった . . . 本文を読む
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